第22話 神力

「ミカゲ、これを」

「は、はい」


 過去世の記憶とは別に「あ、そうだ」と思い出した物がある。


 布団から這いずり出ようとしたらミカゲに物凄い形相で止められたので、仕方なく取ってきてもらい物を受け取るとそのままミカゲへ返した。

 だって元々ミカゲに渡すものだったんだもの。


 このやり取りいる?

 自分で取って渡した方が恰好が付くのに。


 ミカゲは困惑した様子で自分の手に収まった何かと僕の顔の間を視線でいったりきたりする。


「これから説明します」


 作ったはいいもののどうやって説明したもんか。

 そう悩んでいてお蔵入りしていた物を解放する。

 口が軽くなったおかげだ。

 この言い方だと軽薄に聞こえるな。


 やはりよく喋る僕が不自然なのだろう。

 ミカゲはより一層混乱した複雑な表情を作っていたが、あきらめたように真顔になった。

 百面相していて面白い。


 きちんとした試運用をできなかったので効果に不安は残るが、まあ、たぶん大丈夫だろう。たぶん。


 そう信じて僕はミカゲに渡した物について語り始めた。




 △▼△




「ミナヅキが目を覚ましたと聞いた! 入るぞ! いいか!? いいな!?」


 一頻り解説を終えてちょうどひと段落した時だった。

 僕が起きた事を聞きつけたらしい姫様が障子の向こう側から声をかけてくる。


 名乗る事すら忘れている慌てっぷりにも関わらず、きちんと男子の部屋に入る許可を得ようとしていた。

 いつも思うが、妙なところで健気だ。

 本当に言っては不忠になりそうなので言わないが。

 ……口の変化に自分でもまだ慣れていないので、しばらくは本当に気を付けておいたほうが良さそうである。


「どうぞ」


 僕が入室を促すと障子越しの影が大げさに揺れる。

 次いでスパーンとこれまた豪快に開け放たれた。


 不安そうな姫様の奥。

 そこには月が見えた。

 煌々と空高くに浮かぶ満月。

 知らない内に結構寝込んでいたらしい。


「姫様、落ち着きなはれ」


 姫様の後ろから現れた井伊も苦笑気味である。

 いつもの光景にホッとする自分がいた。

 しかし、彼女たちの腰には普段は存在しないモノがある。

 それだけが非日常の産物であり、視界に占める割合がそこまでないにも関わらず異様な存在感を放っていた。


「ど、どうだ、ミナヅキ。体調は問題ないか?」

「はい」


 僕が頷きだけでなく音を持って返すと二人が僕を二度見した。

 そんな反応しなくても。


「な、なんか雰囲気が変わったか?」

「なんやえらい柔らかくなりましたな、酒井はん」


 最近になって見る機会の多くなった井伊のレア顔。

 それは最早レアではないとも思うが折角の機会だ。

 これまではそんな余裕などなかったので今の内に見ておこう。


 内心の動揺とは裏腹に、少しでも気を紛らわそうと井伊の驚いた顔をじっと見つめる。

 すると、彼女はなんだか微妙な顔つきになった。


「酒井はん。そないにじっと見つめられると、なんや責められてる言うか、ありもしない罪の意識を植え付けられてんよぉで少し怖いさかい、堪忍してや」


 珍しい!

 何故か井伊に勝った気になった。


「井伊がそんな事言うなんて珍しいな」

「姫様かて酒井はんに何秒も見つめられてみたら分かります。あの目は、その、なんて言うたらええんやろ。心の奥を見透かされとるみたいで空恐ろしいわ」

「何だそれお前、自慢か、え? 自慢なのか!?」

「如何に井伊様とてご主人様への誹謗中傷は許しません」

「そうナ。ご主人の目はとっても綺麗だしナ!」


 なんか厄介なのが湧いて出てきた。

 君ら忘れてるかもしれないけど、井伊って結構なお嬢様だからね?

 その距離感は危ないのよ?

 それと姫様、井伊は本気で嫌そうですから。


 話せるようになったのは良かったが、無表情なのは変わらない。

 井伊が言う事もまあ分かる。

 僕も鏡で見る自分の顔はなんだか作り物みたいに感じるしね。


 それでも、侍従三人組にとっては僕の意図を表情から読み取る事など多々ある。

 何故かとんでもない勘違いをして勝手にヨイショされている時もあるけれど、まあそこに悪意がないのは分かっている。

 自分の首を絞めているかもしれないが、彼らの期待を裏切らないように今後は努力しよう。


 ああ、そうだ。


「これを皆にも」


 先ほどミカゲにも渡した物をこの場にいる他のメンバーにも配っておく。

 不思議そうな顔をしながらも皆は素直に受け取った。

 何やらミカゲは神妙な顔をしているが、別にそこまで大した物ではないからね?


 ミカゲにしたのと似たような解説をしている間。

 やはり全員が全員、奇妙な表情をしていた。


 喋ってる僕ってそんなに変?

 ちょっとショックなんですけれど。


「以上です。何か質問は?」

「はい」

「どうぞ、アシリカ」

「神……ご主人様、何があったのですか?」


 うぉい。

 何で一瞬、僕のこと神様呼びに戻ったの?

 あと、僕は渡した物に関する質問があるかを聞いたんだ。

 僕のプライベートに関する質問は募っていない。


「ウルナも気になるナ! ご主人、すげー強くなってるの。なんでかナ?」

「はい。私も気になります。ご主人様の神性が更に向上されるなんて」

「え?」


 これには僕だけでなく姫様と井伊もキョトンとした。

 ミカゲ一人だけが不味いと引き攣った顔を晒している。


「どういう事だ?」


 怪訝な顔の姫様に問われるが僕も分からない。

 恐らく記憶が蘇った、でいいのだろうか。とにかく、過去世のミカゲに関する記憶を手に入れたせいだと考えられる。

 しかし、僕自身では口調と記憶以外の変化に関して自覚はない。


 注意して自分の体内に眠る力を探ってみる。

 うん、全く分からないね。


 僕が現状で認識できるエネルギーと言えば魔素くらいだ。

 とは言えっても、視認もできないのだから本当になんとなく感じる程度だ。

 それでも魔術は使えていたし、体内にも似ている感覚があるのは知っていた。


 対して、神力は感じ取れないものと皇国では考えられている。


 例えば、食べた物を体内で吸収する感覚が分かるか、と聞かれても困ると思う。

 確かに存在はしているし使う事もできるのだが、だからといってそれを形として認識する事はできない。

 神力とはそういう存在である。正に体の一部と化しているのだ。


 また、妖怪であるアシリカやウルナ、それにシュトラさんは僕の神力は膨大だと言っていた。

 だからこそ僕の事を神だと勘違いしていると思うのだが、僕自身、体内に感じる魔素を膨大だと感じた事はない。


 そのため、僕は魔素と神力は別物であると考えている。


 しかし、気になるのは二年前。

 アシリカとウルナの二人が僕の侍従となった日。


 僕の「魔術」を「言祝ことほぎ」だとシュトラさんは言っていた。

 僕の聞き間違いかと思っていたけど、気になったから覚えている。

 知的好奇心の強さはやはり”僕らしさ”かも。


 剣術において身体を極限まで効率化し、神通力に指向性を与える「言祝ぎ」。

 この指向性を肉体ではなく、体外に向けたら「魔術」になる……という事だろうか?


 そうだとしたら「魔素」=「神力」だ。


 では、シュトラさんが使っていた「妖術」。

 あれも言祝ぎの一種だとすれば、妖怪も神力を持っていると考えられる。

 けれども、僕のように大気中の魔素をコントロールしていたのなら……。


 先ほど記憶を獲得したばかりという事もあり、色々と情報が増えて頭がパンクしそうだ。


 アシリカとウルナに妖術について聞いた事はもちろんある。

 しかし、彼女たちは感覚派なのか、僕の聞きたい事を良く理解できていなかった。

 まあ、僕の殆ど開かない口では上手く聞き出せる訳もなく、その他の実験を進めていたのだ。


 まさかこんな事になるなんて、当時は予想もしていなかったのだから仕方ないと言えば仕方ない。

 そもそも、他人の体内にある神力なぞ普通の人には感じ取れない……。


 ここでハッとした。

 ミカゲの反応にも納得である。


 こ、この子たち。最近ナチュラルに人に混じっているからか、人の常識を忘れておられる!?

 そうだ。姫様たちはアシリカとウルナが妖怪だなんて知っている訳がない!


 どうにかして誤魔化そうとする。


 その時だった。



「へー。坊ちゃん、強いんだ。見た目の印象とは全然違うのにね。面白ーい」



 随分と軽い調子の女性の声が鼓膜を撫でる。


 唐突に表れた存在に、脳の処理回路は一瞬だけショートした。


「あーあ。勿体ないけど、これもお仕事だからなー。しょうがないかあ。――じゃ、死んで?」

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