第17話 解説者

「若様、お見逸れいたしました」


 ミカゲの言葉が嫌味にしか聞こえない……。


 果し合いを強制終了させた後。

 僕は逃げるようにその場を離れ、城に戻るとさっさと自室に引きこもっていた。


「まさかあのような事になるとは……。これも若様の人徳の成せる業ですね!」


 フォローをしようとしているのだろうが、全くフォローになっていないよ。

 人徳と言えば人徳なのだろうが、あれは僕の望んでいた人徳ではない。


 皆が皆、手を合わせて拝んでくるなんて想像もしていなかった。

 中には涙を流していた人もいた。

 平民の人に限らず、その場にいた選民の人とかも雰囲気に流されてか頭を下げたりしていた。


「ありがたやー」とか言われても、僕は全くもってありがたくないよ。

 だって人間だもの。

 僕は普通の人として皆と触れ合いたいの。

 友達らしい友達が姫様(と井伊)しかいないなんて悲しすぎる。


 一体僕はどこへ向かっているんだ。


 まあ、神子になった時点で無理だったろうけどさ。

 でも、わざわざ自分から投げ捨てるような行為はしなければよかった。

 でもでも、あそこでストップしなかったらどうなっていたか分からないしなあ。


「神子となったご自身の立場をこれほどまでに上手く利用されるとは思ってもみませんでした。これで幕府の方にも皇族の方にも適度な牽制を与えられたでしょうね」


 ……ん?

 どういう事?


 内心でめそめそと悩んでいた愚痴がピタリと止まる。


「先輩、どういう事ナん?」


 僕の代わりにウルナが聞いてくれた。

 ありがとう。


「元服したばかりとはいえ、名を頂戴した方々が人の目のある所で騒動を起こせば懲罰は免れない。だけど、果し合いで若様が仲裁をすれば両者の顔を立てながら場を収める事ができるんだ。何せ若様を神子を拝命した身。すなわち司法を担う神社としての立場だからね」


 ミカゲが言い聞かせるようにウルナへと語る。

 指をピンと上に向けているのがなんだか可愛い。

 ウルナは黙ってコクコクと頷いていた。


「つまり、果し合いを何かしらの理由で若様が止めれば、両者は矛を収める他にないという事」

「何かしらの理由? 理由などなくとも、ご主人様の威光に皆がひれ伏すのは当たり前では?」


 アシリカがナチュラルに凄い事をおっしゃる。

 当然のように頷いているウルナに対してミカゲは苦笑だ。


 これは絶対に妖怪関係ない。

 彼女たちの認識の方向性が誤っている。

 頼むよ教育係ミカゲくん


「言いたい事は分かるけど、それだけじゃ納得しない人も出てくる。でも、若様はその問題も解決できる一手を打ったんだ」


 いや、君まで何を言っているんだ、ミカゲ。

 納得しない人だらけだよ。


 そもそも、今回の事を何故ツッコまれていないのか。

 僕的には結構無理矢理終わらせたから、誰かしらからバッシングを受けると思っていたんだけど。


 アシリカが眉間に皺を刻む。

 その”一手”が思い浮かばないのだろう。

 ウルナはふんふんと頷いている。

 ウルナちゃん。君、分かってないだろう。

 僕ら三人は仲良く頭上に?を浮かべた。


 教えて、ミカゲ先生。


「まず、アシリカとウルナは神子についてどれだけ知ってる?」

「全く知らない」

「知らないナ」

「そう。神子はどういう存在か、一般的にはあまり知られていないんだ」


 ミカゲはさも重要な事であるかのように真剣な顔で二人を見る。

 僕は横で耳をダンボだ。


 神子はその名に対して役割は殆ど知られてない。


「神子」という役職を知っていても、具体的な仕事の内容などは謎に包まれているのだ。

 その一番の理由として、民衆の前に出るような存在ではない点を挙げられる。

 だからこそ、あやふやなイメージしかないとも言える。


「これは幕府派の方にとって都合がいい。分かる?」


 アシリカとウルナの考えを促すように質問をするミカゲ。

 まるで本当の教師みたいだ。

 僕の見ていないところで彼女たちにしていた指導はこんな感じだったのかもしれない。


 この三人もすっかり仲良くなったものだ。

 最初はどうなる事かと思っていたけど、まあ結果オーライ。


 しかし、神子となった僕が幕府派にとって都合がいいからなんなのか。


 神子になった僕だからこそ、誰かしらが接触してくるだろう。

 もしくは、このまま姫様の側へと取り計らわれるのかな。

 どちらにしろ、上層部に利用される未来は確定だ。


「神社は皇国の司法を任されていますから、何かあった際、幕府派が便宜を図れる人物が神社にいた方が良い。それが普段何をしているか良く分からない役職ならば世論からの隠れ蓑にもぴったり、という事ですね」

「うん、その通り」

「人間らしい小賢しい考え方ですね」


 辛辣!?

 ミカゲとは仲良くなれてるみたいだけど、人間に対してはやっぱり敵愾心MAXらしい。


 そして、ウルナはやっぱり頷いている。

 恐らく頷いているだけだ。詳しくは理解していまい。


 眉尻をさげて困った笑いを返すミカゲは、随分と彼女たちの扱いに慣れてきたように見受けられる。

 五年間の成果かな。なんだか疎外感を感じてしまう。

 いつも一緒にいるのは僕も同じなんだけれども。


 相も変わらずどうでもいい事を考える僕を置いて、ミカゲは話を続けていく。


「でも、それが分かっていながら皇族派も黙って指を咥えている訳がない。どうにかして若様を皇族派へ取り込むか、それができないにしても幕府派からできるだけ切り離そうとしてくる事が考えられる」

「ご主人どっか行っちゃうのかナ!?」


 まだ話の途中だったが、ウルナは慌てたように僕へと顔を向ける。

 泣きそうだ。

 初めて出会った時も泣いていたなあと、何とはなしに思い出す。

 あの時は確か魔術にビビッてお漏――彼女の尊厳のためにも最後までは言うまい。


 大丈夫だよ。

 僕はどこにも行ったりしない……と思うから。

 うん。出来るだけ側にいる。頑張る。


 側にまで寄ってきたウルナの黒髪に手を乗せた。

 角も消しているため何の抵抗もなくサラリと癖のない髪を撫でれる。

 途端、にぱっと花が咲いた。

 ああ、癒される。


 ふふ、冷静なフリをしてるつもりかい、アシリカくん。

 チラチラと目線を感じるよ。

 ほら、撫でられたいのなら素直においで。

 僕はいつでもウェルカムさ。


「コホン」


 ミカゲのワザとらしい咳。

 皆は姿勢を正した。


「皇族派は幕府派に対して牽制、もとい若様という存在を独占できないようにしてくる。ここまでは理解したかな?」


 コクコクと頷く二人。

 僕も心の中で頷く。


 そこまでは僕も分かる。

 しかし、先ほど僕が果し合いに割って入った事とどう繋がるのか。

 自分のやった事ながら全く理解できていない。


「そこで若様の行動さ。若様は大観衆の前で注目を集めるように動いた。これによって、平民の人にとっての神子とは若様を指す事になる。何をやっているか良く分からない偉い人ではない。これがどういった意味を持つか考えてごらん」


 アシリカは右手を顎に当てて、ウルナは腕を組んで首を傾げながら考え込む。


「……これからもご主人が目立つナ?」


 暫くして、意外にも先に答えたのはウルナだった。


「そうすると?」

「ご主人に会いたいって人が増えるナ」

「うんうん。そこまで分かれば十分だね」


 嬉しそうなミカゲに反して、僕の頭上の?は増えただけだ。

 つまり、えっと、どういう事?


「戦技館で若様を一目見た人は見ていない人に若様の事を話すだろう。そうしてどんどん若様の噂が広がると、神社は必ず若様を表舞台に立たせる」

「ああ」


 ここでアシリカがポンと手を打った。


「神社は天照様のために信仰を集めなければならない。だから人気のあるご主人様を奥に大事にしまっておく事はないと」

「うナ?」

「ご主人様が動く事で幕府に偏っていないという事を示した訳ですね。なるほど。そうする事で、幕府派と皇族派どちらに対しても牽制をしたことになる……。流石です、ご主人様」

「うナ??」


 へー。


 へぇぇぇぇーーー!?


 そうなるんだ。

 全然分かってなかったよ!

 ミカゲ凄いな!


 つまり、僕がしたのは「酒井ミナヅキはみんなのものだよ」宣言?


 幕府派に対しては「協力する気がない」と、皇族派に対しては「ちょっかいかける理由がないよね」と暗に伝える。

 これを両立させたのが、果し合いという目立つ場で僕に注目を集めさせる行為だったとミカゲは考えている訳だ。


「よく分からんが、ご主人はすげーナ!」

「はい、分かってはおりましたが、やはり凄いですね。我々も精進せねばなりません」


 痛い!

 妖怪シスターズのキラキラとした目が胸に刺さる。


 そんな事考えてもなかったです、ごめんなさい!


「若様、大丈夫ですよ。例え江戸城ここを離れる事になっても、僕たちはどこまでも若様についていきますから」


 あ、そっちの心配はしてなかった。

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