第15話 徳河アカリvs毛利シンラ

「ミ、ミナヅキ! 大丈夫か!?」


 ちゃっかり僕を下の名前で呼んだのは、親愛の表れだろうか。

 しかし、対峙する形で狼狽している毛利さんにも、どうする事もできずに姫様を見送った侍従三人組にも罪はない。


 早い所誤解を解いた方が良いだろう。

 僕は姫様の目に眩しい袴の端をちょいちょいと引いた。


 バっと衣擦れの音がする。

 姫様の驚愕に彩られた顔がこちらを向いた。

 と思ったら、その顔はすぐに険しさを戻す。

 どうした。いつも以上に忙しないぞ、この子。


「男子を怯えさせるとは。とんだ性根をしているな、毛利」

「ち、ちがっ……!」

「言い訳とは、さらに見苦しい。貴様に選民としての誇りはないのか」


 静かに威圧する姫様に、毛利さんは「うっ」と喉奥から怯んだ声を出す。

 姫様は僕の考えを汲み取ってはくれなかった。

 おい、保護者井伊。どこにいった。何故この場にいない。


 彼女なら僕の内心をつまびらかにする事など造作もないだろう。

 それはそれで非常に怖いのだが。


「はんっ! 物事の表面しか見れない貴女あなたに言われたくはありませんわね」


 当初は弁明しようとしていた毛利さんだったが、姫様の高圧的な態度にカチンと来たらしい。

 僕が井伊はどこだと視線を彷徨わせていた内に戦闘態勢を取っていた。

 ゴング鳴るの早いなあ!


「何を知ったような口を。貴様、私を愚弄するつもりか!」

「先に私を貶したのはそちらではなくて? 身に覚えのない事を責められても困りますわ。次期将軍である徳河様ともあろうお方が、嘆かわしい」

「それを言うなら毛利。貴様の言を信じられる者はどれだけいる。聞き及んでいるぞ。威張り散らして平民を見下す振舞いをな」

「わ、私はそのような振舞いなどしていません!」


 言い合いを続ける姫様と毛利さん。

 見た目の問題からか子供の喧嘩にしか見えない。

 まあ、実際の年齢的にはほぼ子供なんだけれど。口調は片っ苦しいけどね。

 良いとこのお嬢様だし立場もあるからだろうけど、それなら尚の事こんなところで口喧嘩は止めた方がいいよ。


 何故って、単純にタイミングが悪い。

 彼女らは既に元服済み。

 つまり、もう社会的には大人として処理される。

 ここで口論を続けていてはそれなりの処罰を科せられるだろう。


 目の前の惨状は僕のせいとも言えるので、流石にその結末は気まずい。


「お辞め下さい」


 ひっさびさに喋ったなあ。

 自分で自分の声に少し懐かしさを感じる。

 音を出すではなくキチンと言語として喉を使ったのはいつ以来か。

 妙な感慨に思いを馳せるが、周囲の反応は僕の呑気な思考を蹴散らすに十分だった。


「ひゃっ!?」

「ひゅっ!?」


 今にも掴みかからんと顔を寄せ合っていた二人。

 そこからつっかえたような呼吸音が漏れた。

 あ、ごめん。急に喋りかけたら驚くよね。でもそこまで驚かなくても。


 僕が喋ったというだけで、辺りは水を打ったようにシンと静まり返った。

 若干納得いかない複雑な心境になりながらも、僕は姫様と毛利さんの間へと歩き割って入る。


 周囲には騒ぎを聞きつけた元服の儀の関係者。

 さらに鳥居の外側、境内に踏み入らないギリギリの位置には平民の人々が群がっている。

 神事は選民しか入れないためだ。

 しかし、お祭りと同一視している平民にとっては出来るだけ側で見てみたいと思っても不思議ではない。

 結果、いつからか鳥居までの参道には出店が立ち並ぶようになっていた。


 そして、境内で何か騒ぎが起きたとなれば野次馬根性を発揮するのが人というものだろう。

 よって僕らは360度を平民、選民に関わらず人々に囲まれるに至っていた。


 それが、僕が喋っただけでこの有様である。

 みんな僕を化け物か何かだと思っているのだろうか。

 選民の皆はまだわかる。先ほど神子になったばかりの話題の人物だからね。

 でも、平民の皆。君等は何なんだい? 泣くぞ。

 そもそも、そこまで大きな声は出していないんだけどなあ……。


「言葉は不要です」


 しぼみそうな心を持ち直すように言葉を再び綴る。

 いがみ合う理由などない。姫様の勘違いなのだから。

 毛利さんとの関係性から、少し姫様が過敏になっただけだろう。

 一緒に謝ってあげるから、ね?


 そう伝えたかっただけなのだが、僕の言葉に周囲が息を飲んだ。


「……そうだな。分かった」


 突然固まった空気に何事かと僕が焦り始めた時。

 姫様は一層厳しい表情で重々しく口を開いた。

 え、本当に何事? 僕、なんか変な事言った?


「毛利」

「ええ、私たちはもう

「「果たし合いで決着を付けよう/ましょう」」




 △▼△




 どうしてこうなった。


 僕は内心で頭を抱えながらもんどり打っていた。


 急遽設えられた床几しょうぎに腰を降ろしていた僕に、侍従である妖怪のアシリカが声をかけてくる。


「ご主人様、用意ができました」


 できて欲しくなかった。

 しかし、コクリと頷きを返す。


 キリっとしたアシリカの表情に不安や疑問といった色は伺えない。

 妖怪である彼女から見ても、この流れに不自然な点はないのだろうか。それとも、ミカゲの教育によるものなのだろうか。

 分からないが正直今は現実逃避をしたかった。

 最近こんなのばかりである。ストレスがマッハだ。

 自業自得な部分も多分にあるが。


「ご主人、こっちナ」


 ウルナがにっこにこと良い笑顔で僕の腕を取る。

 アシリカにぺしっと頭を叩かれていた。

 ああ、癒される。ずっと見ていたい。


「その、ご主人様。その表情は、その、なんというか、その、気恥ずかしいのですが」


「そのその」ばかりで何を言っているのか良く分からない。

 顔を赤くし視線を斜め上の方へ逃がしているアシリカの顔を覗き込む。


「……お戯れは程々にお願いします」


 不貞腐れた声で非難された。

 これぐらいの悪戯は許してほしい。

 でないとやっていられない。


「ごーしゅーじーん!」


 自分に構ってもらえないためかウルナが体を揺すっている。

 ああ、癒される……。


 さて。

 ずっとこうしてもいられないのでウルナに促されるように陣幕から出る。


 途端、大歓声が僕の体へと叩きつけられた。


 場は江戸の戦技館という建物の中、その中心に構える大きな舞台上。

 その日の内に連れてこられたここは、民衆に対する娯楽としての闘技を競い合うコロシアム場だ。


「これより、徳河アカリと毛利シンラの果し合いを始める! 両者、前へ!!」


 声を張り上げたのはミカゲ。

 立ち合い人に指名されてしまった僕の補助としてこの場にいる。

 実際、ほとんどの仕切りは彼にやってもらうので、僕は突っ立っているだけなのだが。


「成人して早速こんな機会に恵まれるとは。ミ、ミナヅキには感謝しなければな!」

「ふんっ。その言葉。そっくりそのままお返ししますわ。それに、ミ、ミナヅキ殿の名を軽々しく呼ばない方がよろしいのではなくて!?」


 本当、どうしてこうなったんだろうね。


 知ってる。

 本当は知っている。

 僕が「言葉は不要」とか言ってしまったからだ。


 一番の不注意者は僕だった。

 元服したのだから人前での口論はやめた方が良い。

 しかし、その変わりに決着をつける方法も元服した後なら選択できる。


 それが、果し合い。

 簡単に言えば決闘だ。

 お互いの大事な物をかけた真剣勝負だ。


 普段は見世物としての側面を持たない果し合いであるが、既にみんなに見られていた事、本日が元服の儀というお祭り感覚の日であった事、その場で決まったために移動に皆がぞろぞろと付いてきた事などなど。

 まあ、様々な理由があり会場は人でごった返していた。


 その中でも特に皆の関心を集めた理由。

 それは、今回の景品は僕らしい、という事だ。

 おーい。


 景品と言っても、誰かの所有物になるとかそんな奴隷めいた話ではない。

 単純に、どちらの言い分に理があるかを公衆の面前ではっきりしよう、という話だ。

 では、何故僕が景品という言い方をしたかと言えば、その「理」がある方に”僕の信頼が傾く”と勝手に解釈されたからである。

 わーお。


 もちろん止めようとした。

 しかし、決意は固いのか、姫様と毛利さんは競うようにさっさと戦技館へと輿で向かったのだ。


 ミカゲやアシリカ、ウルナに止めるよう頼もうとしたら、


「流石ですね、若様。その手がありましたか。急いで手配の方を進めます」

「ええ。私たちはまだ意識が低かった事を痛感しました。申し訳ありません」

「申し訳ないナ……」


 何故か謝罪され、尊敬の籠った目で見られた。

 なん、だと……?

 一体全体どういう事だってばよ。


 そして、気が付けば現状である。


 どんどん大事となっていく。

 僕の信頼って、皆の前で負けるリスクを抱えても欲しい?

 そもそも、どちらにも理はないよ。

 姫様の売り言葉に買い言葉を毛利さんが返しただけだもん。

 子供の喧嘩と思って侮っていたわ。

 流石、皇国の頂点を争う人々。

 僕の予想をはるかに超える行動力には敬意を表するよ。


 で、僕は帰っていい?

 駄目?

 うん、知ってた。

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