第13話 元服の儀
皇国の建国に際して建立されたと伝えられる、由緒正しい聖域――『神社』。
皇国内の各地に分社である「
その中でも主神として祀られている神が『
神州の地をかけた大戦『妖怪大戦』の折、人々に味方したのが天照様だと伝えられている。
人よりも戦闘能力に長けた妖怪に人が勝てたのもこの助力が大きい。
それ以来、護国の神として天照様が神社に祀られており、元服の儀は天照様に子供を紹介し、洗礼を受ける重要な側面を持つ。
これがただの言い伝えなら慣習や伝統ぐらいの位置付けだっただろう。
しかし、元服の儀は国事である。
正確に言えば、神社までの行き来が国事、儀式は神事となっている。
なぜならば、
「掛けまくも
筑紫の
諸々の
祓へ給ひ清め給へと
「うむ、苦しゅうないぞ」
本物が神社に
見た目を一言で表せば、妖艶な美女。
裾野のように広がる黒く美しい長髪は日の光もないのに輝き、その元へと辿れば人形のように整った顔に出迎えられる。
肌もガラス細工のように滑らかで、正に女神と称するに相応しい美貌だった。
ただ、細見の体に緩やかに羽織っている衣は半分透けており、正直僕にとっては目のやり場に非常に困る。
そして、気怠そうに神棚の前で中空に浮かんでおられる。
例えるならば、寝そべりながら肘をつき居間のテレビをぼうっと眺めている感じだろうか。
その雰囲気は仕事帰りのOLのようである。厳かな空気や外見とは正反対だ。
「面倒だなー」という心の声が漏れ聞こえてくるようであった。
ちなみに、普段は神棚に鎮座する鏡の中にいらっしゃるらしい。
元服の儀のような神事の際に、わざわざ顕現して見届けて下さると話では聞いた。
鏡の中ではどんな生活をしているのか、そもそも生活しているのか。
少々気になるところではある。
「我が父、
「……ははっ! 勿体無き御言葉に御座います」
「冗談じゃ。気の利いた事の一つも言えんのか、まったく」
不思議な事だが、神話の中では男性優位の節が多々ある。
恐らく皇国の守り神である天照様が女性だから、いつの間にか男女の立場が逆転したのだろう。
神通力によって男女の身体能力的性差が無いのも大きいと考えられる。
そう考えると、女性の貞操観念が今一つ低く見えるのも天照様の恰好が原因の気がする。
流行の最先端、ファッションリーダーは天照様だろう。
ああ。先ほど見た毛利さんの長すぎるほど長い黒髪も天照様にあやかったのかもしれない。
そうそう。
他の多くの神々も高天原におわすそうで、天照様のように人前へポンポン出てくる神様は非常に珍しい。
珍しい、というか天照様以外にはいないだろう。
そんなところも主神として崇められている理由の一つかもしれない。
「それでは、これより元服の儀を執り行う。子は前へ」
神社の長、
張るような声ではないが、耳に心地よく広い社殿の隅々にまで響く声は、流石神職の長と納得させるだけの貫禄があった。
一拍の間を置いて、スッと前に出たのは姫様。
基本的に官位の高い者から天照様の洗礼を受ける。
この順番は例年揉めに揉めるのだが、今年は幕府が初手を取ったらしい。
普通に考えれば皇族がトップであるはずなのだが、権力争いが長年続いている皇国において、皇室と幕府はほぼ対等の勢力図になっていた。
それでも、建前というか、他者の前では皇室を敬う行動を取る。
ただし、神事は別。
神の前では等しく人の子なのだ。
これは皇国の建国神話に起因する。
神代の頃。
妖怪と人との争い、『妖怪大戦』に勝った人々によって皇国は建国されたが、その際、人間の味方をした天照様より神勅を賜った人が何人かいた。
その何人かの人間の中でリーダー的存在だったのが皇祖、すなわち皇室の御先祖様だ。別に神様の血を継いでいる、とかそういったものではない。
そのため、リーダーシップを取っていたのは皇族が始めだったのだが、いつの間にか力をつけた幕府によってその地位が脅かされている、というのが現状である。
また、その教えを広め天照様の信仰を集める事を目的とした神社。
この礎を築いたのが神勅を受けた何人かの一人「大宮司」であり、後に官職名がそのまま姓となるに至った。
要は「大宮司」という神職を代々引き継いで務めている、とても由緒ある家柄が「大宮司家」という事である。
これらの伝承を踏まえると、姫様が先に出るのも頷かざるを得なかったのだろう。
皇族派のトップは第二皇子。つまり、第二子の男の子。
姫様は第一子の女の子である。
「掛けまくも畏き 天照大神の
天照様の御前へと一歩進み出た姫様は、奏上される御祈願の祝詞が始まると頭を垂れる。
一人目の祝詞は長い。二人目からは以下同文、みたいな感じで省略される。
だからこそ両派閥が先行したいのだろう。特別感あるからね。子供か。
「――
ようやっと祝詞が終わる。
姫様が面を上げると、天照様が「よっこらせ」と言いながら胡坐をかいた。
台無しである。
「ふむ、良い面構えじゃの……。よし、決まった」
しばらく姫様を真っ直ぐと見つめた天照様はパシンと一つ柏手を打つ。
瞬間、今までのダルそうな態度がガラリと変わった。
顔は無表情になりながら鋭利な目つきは心を貫く槍のよう。
反して、その瞳を見ても恐れは感じず清廉な湖を彷彿とさせる。
これを神性と言われれば、疑う事すらしないだろう。
天照様の周囲へ溢れる魔素に圧倒される。
さっきまでオッサンみたいだなとか思っててごめんなさい。
……魔素?
「主の名は『アカリ』じゃ。これからはそう名乗るが良い」
「ははっ! 謹んで拝受致します」
徳河の姫様――改め『徳河アカリ』。
天照様より名を賜った姫様は一礼をした後、御前を向いたまま後ろ足に一歩下がり列に戻った。
そう。
元服の儀における最も重要な意味。
それは、名を天照様から賜る点にある。
すなわち、言霊の加護だ。
皇国の守護神直々の加護。
神通力や神が実在するこの世界において、これほど強力な加護はないと考えられている。
故に、この世界の派閥争いにおいて暗殺は行われない。
加護が強すぎて、何かしらの理由で失敗するためだ。
結果、派閥争いは舌戦にて行われる。
加えて、天照様の神社を中心に、江戸には『封魔結界』が張られている点も大きい。
読んで字のごとく、皇国に対して敵意ある者・物の侵入を拒む神力結界である。
天照様のおかげで内乱も起きず、妖怪を含めた外敵を退けられる。
千年単位で保たれている皇国の平穏は天照様に負んぶに抱っこなのだ。
逆に言えば、天照様に何かあれば――皇国はあっけなく滅ぶ。
「次に奏上奉るは、酒井の第五子」
思考を飛ばしていた僕は、自身を呼ぶ声で現実に呼び戻される。
呆けたように気を抜いていたため、呼ばれた時に顔が強張ってしまった。
まあ、元々無表情だから傍から見ても殆ど変わってないだろうけど。
僕はゆっくり前へ踏み出すと、他の子と同じように頭を垂れようとした。
しかし、
「のう、主……」
天照様から声をかけられるとは思っておらず、中腰のような態勢で頭を前へ向けてしまった。
ただ、いつもとは違う流れに戸惑っているのは僕だけではないらしい。
少し離れた場所で祝詞を奏上していた大宮司様が瞠目しながら天照様へ顔を向けている。
「ふむふむ。ほうほう。なるほどのお」
そんな事など知らんとばかりに、天照様は神棚の前から覗き込むように僕を見据える。
凄く居心地が悪い。引き攣りそうになる顔を必死でこらえる。
あと、何故か僕の周りの魔素が濃くなってきていた。
何をされるのだ、僕は。
「我の神力を浴びても酔わないか。
何やらブツブツと機嫌良さそうに呟くと、天照様はいきなり柏手をパシン。
これに慌てたのは皆一緒だ。明らかに段取りと違う。
まだ僕の祈願祝詞を奏上していない。以下略とは言え、少しはあるのだ。
それすらもハブられた。
こんな所でもハブられた!?
平民の人々だけでなく、まさか神様にまでそんな扱いをされるとは思ってもみなかったよ!
もう知らん。城に籠ってやる! 二度と人前に出るもんか!
そんな決意をした瞬間だった。
「主の名は『ミナヅキ』じゃ。そして、我が『
「は?」
僕の小さな声が広々とした社殿に響いた。
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