第12話 皇族派

「いやぁ酒井はん、流石の人気どすなぁ。見た人みんなが思わず顔を伏せる。可愛すぎるのも罪ですわぁ」


 どこぞのパレードみたいな行列が行き着く先。

 皇国一の巨大な鳥居をくぐり、輿から降りた境内にて。

 開国一番にそう口にしたのは、やはりと言うべき少女、井伊だった。


 喧嘩売ってる? 買うよ?

 大人しいだけの男だと思ったら大間違いだ。

 というか後ろの様子がよく分かったね。


「中には拝んでる平民もいはったし。神子みこになれるんと違います?」


 本当によく見てるね!?

 でもあれは怯えていたんだと思うよ!

 分かってて言ってるだろ!


 フンと鼻息荒くそっぽを向く。

 ついでに小物として持っていた飾り扇子で口元を隠してみた。

 何となく高飛車っぽい。怒っているのよ、僕は。


 のほほんと「あらら、フられてもうたわ」と笑う井伊には効いていないのだろう。

 顔を向けた先に偶々いた侍従三人組は「当然です」とばかりに胸を張っていた。


 あれは絶対嫌味だから真に受けちゃ駄目だよ。

 君たちは純真すぎる。お兄さん心配。


 そういえば。

 ついと視線を動かす。すると、随分と不機嫌そうな姫様が目に入った。

 いつもなら自慢気に僕たちのところにすっ飛んでくるのに。

 何かあったのだろうか。


「ふふっ。堪忍しておくれやす。少し揶揄っただけちゃいますか」


 まとわりつくように井伊が僕の横へススっと寄ってくる。

 一気に距離を詰めるのは止めて、本気で怖い。

 別に君を無視しようと、したわ。

 でも僕より姫様の方を気にしてあげて!


 思わず、姫様の方に助けてと視線を送ってしまう。

 しかし、益々機嫌が悪くなっていくだけだ。

 事ここに至って、ようやく侍従三人組も困ったようにお互いを見ていた。

 誰でもいいから助けて!?


「姫様もそう思いまへんか?」


 と、井伊が唐突に姫様へと話を振った。

 当の本人は急な題振りにビクリと肩を震わせる。

 しかし、それもほんの一瞬。

 先ほどまでのしかめっ面が嘘のように満面の笑みを携えて、少女はだっと駆け寄ってきた。

 君は犬かな? 今の変化は少し可愛かったぞ。


「ああ! 酒井は、その、気品があるからな!」


 まるで我が事のように喜ぶ姫様。

 太陽のようだとよく思っていたが、やはりこの笑顔は安心する。

 井伊がいつも顔に貼り付けている微笑も、この時ばかりは本心に見えるから不思議だ。そこまで性悪ではないと信じているぞ。


 しかし、出会った時から何故こうも井伊に苦手意識を持っているのか。

 実のところ自分でもよく分からない。


 ところで、何で姫様は不機嫌だったのだろうか?


「あらあら、皆さまお揃いで」


 何とは無しに姫様を眺めていると、後ろから声が届く。

 途端、目の前の姫様が顔を盛大に歪めた。相当嫌な相手らしい。

 無視する訳にもいかず、僕も振り返る。

 すると、そこには何とも豪華な少女がいた。


 長く伸びた髪は足元近くまで伸びたストレート。「髪は女の命!」とでも言うようである。

 動きやすいように短めの髪型が多い女性の中で、ここまで長いのも珍しかった。

 大きく愛らしいが勝気な吊り目。十歳にしてもモチモチとした、触ったらとても柔らかそうなピンクの頬。僕と同程度の小柄な体格。

 そして何よりも、姫様に負けず劣らずに傲岸不遜なオーラをこれでもかと振りまいていた。


 僕たち、というよりも姫様に、ここまで大きな態度で接する同年代の少女。

 しかも、煌びやかに装飾が施された輿に乗ってやってきたとならば、思い当たる人物は一人しかいない。


 皇族派の双璧。

 右大臣、毛利家の長女だ。


 という事は、後ろについてきているゴツい人は……左大臣、嶋津家の長男?

 え、嘘。十歳? 十五歳くらいに見えるんですけれど。

 それとも第二皇子?

「第二皇子は覇気が無いから、元服の儀は姫様の独壇場だ!」って城内の噂で聞いたから多分違うとは思う。

 まあ、それなら皇子置いてきて何しに来てるのって話だが。


「これはまた。お久しゅうございます、毛利はん。今日は一段と派手どすなあ」

「ふふん、当然よ! 私は名門毛利の娘。これぐらいで驚いてもらっては困りますわ!」


 井伊の嫌味が通じない、だと……!?

 凄い。毛利さん尊敬する。

 僕の中で人知れず毛利さんの好感度が上がった。決してバカにしている訳ではない。


 心の中で毛利さんへ拍手を送りながら、微笑みを深めた井伊から少し離れる。

 胸に手を当て自信満々な様子の毛利さんを見つめる井伊の目が笑っていない。凄く怖い。


「おい、毛利。何の用だよ」


 機嫌の乱高下が激しい姫様。声が低い。

 彼女の空模様は山よりも変わりやすいようだ。


「いえ、用というほどの物はありませんわ。姿が見えたので挨拶でもしておこうかと思っただけですので。ただ――」

「ただ、なんだよ」

「随分と早く神社にいらっしゃるのですね。私は平民が詰めかけて中々道も進めず……。どうやら徳河様は快適な道中だったようで。羨ましい限りですわ」


 姫様の顔が引き攣る。

 やめて、姫様の煽り耐性はゼロよ!

 へそを曲げた姫様の相手は骨が折れるのを知らないだろう。

 井伊はニコニコしているだけで、全部僕に押し付けてくるんだぞ!

 余計な真似はしないでくれ!


「あら、貴方、は……」


 僕はこれ以上姫様のこめかみに青筋を浮かべさせまいと、二人の間に割って入る。

 飾り扇子を軽く上げただけだけど。

 毛利さんには負けるけど、それでも豪奢な僕の袖が御簾のように垂れた。

 少しムッとした様子の毛利さんが、今気づいたとばかりに驚いて僕を見つめる。


 ……見つめすぎじゃない?

 え、僕の顔、何か変な物でも付いてる?


 不安になってしまった僕は侍従三人組へ視線を送る。

 すると、何を察したのか、


「恐れ多くも具申致しますご無礼をお許しください」


 素早く近寄ったミカゲは僕たちの側で膝をつき、


「この後は社殿にて元服の儀が控えております。あまりお時間もございません。急ぎ、社殿に向かわれるがよろしいかと」


 早口になりながらも、静かに意見を述べた。

 同じく十歳になったミカゲは、それはもう優秀な侍従である。

 顔を確認して欲しかっただけなのだが、まさかこの場を収めるために動いてくれるとは。


「毛利さん、行こう」


 一番に反応したのは、意外にも偉丈夫。嶋津くん(?)だった。

 立派な体に対してその声量は小さく、改めてみると毛利さんの影に隠れるように身を屈めている。

 僕から見れば上から覆うような姿勢の猫背だったため、無駄に威圧感が強かったのだろう。

 落ち着いてみれば、気の弱そうな少年である事が伺えた。

 なんというギャップ。


「ミカゲの言う通りだな。行くぞ」


 ふんと軽く鼻息を吐くと、姫様は踵を返し歩き始める。

 僕が城へと移った時からいる侍従三人組は、姫様もそれなりに信頼しているらしい。嬉しい事だ。

 姫様についていくように僕たちも毛利さんたちに背を向ける。

 その時、井伊の顔がチラリと見えたのだが、いつもの微笑みは鳴りを潜め、冷徹ともいえる目をしているのが目に入ってしまった。

 見なかったことにする。


「あ、少しお待ちになってください!」


 ここで毛利さんの待ったがかかる。

 驚いて思わず振り返ってしまった。


「あ、貴方は酒井殿ですか?」


 別にすぐわかる事なので素直に頷く。

 もういい?


「そう、ですか」


 呆けたようにそれだけ。

 他に続く言葉もなさそうなので、僕は首を傾げながら前を向く。

 すると、厳しい表情の姫様と「あらあら」と眉尻をさげている井伊の二人が立っていた。

 どうしたのだろうか。僕の首を傾げる角度が大きくなる。


「行くぞ、酒井」


 僕の手をそっと取る姫様。

 まさかのエスコートに一瞬体が硬直するが、促されるままに歩みを再開した。


 先ほどの毛利さんが気になったのでチラリと後ろを振り返る。

 すると、彼女に何かを耳打ちする井伊の姿が見えた。


 鋭く井伊を睨む毛利さん。

 困ったようにオロオロとする嶋津君。

 何か黒いオーラを漂わせている気がする井伊。


 社殿へと上がる前に見えた最後。

 よく分からないけど派閥争いの匂いがする三者三様の姿に、僕はやはり見なかった事にしようと現実逃避へと洒落込んだ。


 僕のスタンスは変わらない。

 派閥争いには出来るだけ関わりたくないんです。

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