第11話 パレード

 本日行われる元服の儀は神社で行われる。

 しかし、何も全てが神社で厳かに行われる訳ではない。

 いや、実際の儀式は厳かだが。

 ただ、神社に辿り着くまでの道のりが国事としての側面を強める。

 どちらかと言えば、パレードのようなのだ。


 元服の儀を受ける十歳となった姓持ちの少年少女は神輿のような豪華な輿に乗せられる。

 そして、抱えられながら神社に向かって城下町を練り歩く。

 その様子はさながらテーマパークのイベント。

 某ネズミで有名な夢の国で行われるようなやつと考えてもらって差し支えないだろう。


 しかし、幕府派と皇族派が揃って仲良く一緒に列を成す訳ではない。

 幕府派は江戸城、皇族派は皇都御所から出発する。

 同じ行事にも関わらず、一緒に行動するのは最低限らしい。


 ちなみに、皇都とは皇国の中心地、江戸の別名。

 幕府派は江戸、皇族派は皇都とそれぞれ呼ぶ。

 そして、御所とは皇族の頂点、皇帝がいらっしゃる場の事だ。


 すなわち、各々の派閥のお膝元から神社に向かってのし歩いていく事になる。


 どれだけ仲が悪いんだよ。

 権力争いしているとは言え、そこまであからさまにされると「この国大丈夫か?」と心配になるのも無理はない。

 まあ、大丈夫だと慢心している理由はあるのだけれど。



 僕たちはまず江戸城の入り口、大手門の前へと向かうのだが、屋外に出た時点で輿に乗せられている。

 大手門内には幕府の関係者しか入れないため、現状では民衆の姿は見えない。

 代わりに下男から一兵卒に至る、城内に勤務する位の低い者たちがこぞって道沿いに展開されていた。

 こんな機会でなければ姫様などは見られない。そのミーハーな部分は当然と言えば当然だ。


 ただ、ついでに見られる僕の見世物感が凄い。

 さっきはつい、少しばかり、折角なのでと綺麗な着物に思わず喜んでしまった。

 けれども、笑顔の人々に輿の上から手を振るのは些か気疲れする。

 何せ、僕は相変わらずの無表情なのだ。


 輿に乗る前にミカゲたちに笑顔を見せてみたのだが、


「若様、やめましょう」

「その、ご主人様は、いつも通りの方がよろしかと……」

「怖いナ」


 総スカンを食らった。

 そんなに酷いのか、僕の笑顔。

 地味にショックを受ける。


 こうして、無愛想な顔で下々の者を見下す選民思想の塊みたいな奴が出来上がった。

 や、本当にそんな事を考えている訳では勿論ないのだけれど。


 こんな時、ナチュラルに踏ん反り返れる姫様が少し羨ましい。

 態度はデカイのだが何故か憎めないのだ。

 カリスマ性なのか、普段の姿を知っているからなのか分からない。

 しかし城内の噂を聞く限り、彼女は悪い印象を持たれていない。

 人の上に立つ人物とはそういう事なのだろう。

 そもそも、彼女は偉そうではなく実際に偉いのだから。


 井伊は服装から分かっていたが、無難に済ませるようだ。

 いつもの微笑を浮かべながらお淑やかに手を振っている。

 この世界で言えば井伊はあまり女らしくない。


 いや、少し違うか。

 正確には優女なので、筋力や体力に物を言わせる脳筋ではない、だ。

 彼女は彼女で人気があるらしい。

 何でも、さり気ない気遣いが上手いとの事。

 下男にも優しく接する人物はどうやら相当に珍しいのだと。

 特に井伊ほどのお家柄のご令嬢は大体が高飛車で、下男たちには評判が悪いのが普通と聞いた。

 流石の井伊様、伊達女。

 怖いから一定の距離を保ちたい。


 それでは、僕はどうかと言うと、


「若様は平民から絶大な支持を寄せられています。元服の儀は若様を一目見る絶好の機会。凄まじい歓声が上がると思いますので、しっかりと手を振ってあげて下さいね。あ、笑顔は結構です」


 うっそだー。

 だって城に来てからは籠の中の鳥状態。全く外には出ていない。

 つまり、平民の人とは随分と長い間会ったことどころか見かけた事すらないのだ。


 酒井の御屋敷にいた時は毎日のように村へと出かけていたが、それも郊外の小さな村。

 二年経ったら忘れられてはいないにしても、求心力は失っているだろう。


「あ、その顔は疑ってらっしゃいますね?」


 そして、最近では普通に内心がミカゲにバレている。僕に隠す気がないというのもあるが。

 まあ、以前試しに無表情を意識してみたらミカゲですら狼狽えていたから、ポーカーフェイスが役に立つ時もあるだろう。


「僕たちは側に控えておりますが、あくまで輿の周りにいるだけです。くれぐれも変な事はなさらないでくださいね?」


 含み笑いをするミカゲたち。

 一体、彼らは僕をどんな人物だと考えているのか。



 それなりの距離を擁する曲輪くるわを、担がれながら練り歩く。

 大手門までの城内に所狭しと並ぶ人、人、人。

 こんなに大勢の人がいたのかと、考えてみれば当たり前の事に驚いた。


 先頭を姫様、その後ろに井伊、僕と続く。

 腰を据えてゆったりと手を振り返す僕と井伊。

 対して、姫様は腕を組みながら不敵な笑みを浮かべているようだ。

 後ろから井伊越しにチラチラと見える姿は不遜な姿勢をキープしていた。

 手くらい振り返した方がいいのではないだろうか。


「姫様ぁーー!!」

「皇国、バンザーイ!!」


 熱狂的とも言える声の渦。

 普段は静かに一人で過ごす事が多いため、中々に圧倒される。

 大手門を過ぎたらこの比ではないのだろう。

 人の事を気にして誤魔化していたが、流石に緊張で顔が強張る。


「井伊様ーー!」

「酒井様ーー!」


 姫様を讃える声には及ばないものの、僕と井伊を呼ぶ声もそれなりに聞こえた。

 相変わらずの余裕を感じさせる空気を後ろから眺めつつ、僕もと手を振りながら呼ばれた方へ顔を向ける。

 すると、一人の人物とバチっと視線が噛み合った。


 恐らく一兵卒だろう。

 若くまだ少女といえる見た目。それとは不釣り合いに感じてしまう、サイズの合っていない胴回りが印象的だ。


 こんな少女が兵士なのかと、つい顔を曇らせる。

 未だに僕の中の価値観は安定していない。


 そんな事を考えた瞬間、視線の先で瞠目した少女は弾かれたように顔を逸らしてしまった。

 その勢いは見ている方が心配になるほど。


 ほらー!?

 何が支持されてるだよ。普通に萎縮してるじゃん!

 いや、これが普通だ。ちょっと期待してしまった僕が間違っている。

 まあ、ミカゲの周りには僕を好意的に見てくれる人が多いのだろう。

 どうせ作り笑顔はしなくて良いと言われているのだ。


 大手門を抜けて爆発のような声量に飲み込まれた後、僕は無心で手を振り続けた。

 その際、何十人と目線が合ったが、一人の漏れもなく顔を逸らされたのは余談だ。


 くそう。

 一人ぐらい喜んでくれたっていいじゃないか。

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