第4話 神と言ったな、それは嘘だ

 僕を見つけてた側付き少年と妖怪シスターズが邂逅して。

 少年は驚きに言葉を失い、妖怪ちゃんは勇気を振り絞った様子で仁王立ちしていた。


「人間が近づくな!」

「神様から離れるナ!」


 新幼女が吠えると同調するようにウルナちゃんが指を突きつける。

 指の先っぽがプルプルしているのが可愛い。

 あと、さっきと言ってる事の意味が反対になっているがどっちなんだろう。


「ウルナ、違う。人間は離れるの」

「うナ?」


 新幼女が困ったように相方をさとす。


「よ、妖怪が……若様、逃げましょう」


 我に帰った側付き君は顔を青くしながら僕の腕に縋り付く。その顔は必死だ。

 ここは逃げた方がいいのかな。


 僕が逡巡していると、新幼女の方が我慢できなくなったらしい。

 元から吊り上がっている目を更に険しくし、すり足で僕らの方へとにじり寄ってきた。

 その後ろからついてくるウルナちゃんはへっぴり腰だ。


 それに慄いたのは側付き君で、「ひっ」と小さく悲鳴を上げると僕を引っ張る力が弱まった。


「ミカゲ」


 僕は隣の彼を安心させてあげようと、出来るだけの笑顔を作って名前を呼びその顔を見つめる。

 弾かれたように僕へと目を向けた彼は大きく目を見開いた。

 何で?


 そういえば、ミカゲの前で表情を作った事はなかったかもしれない。

 少し気になる反応だが、今は両者の対立構造を収束させる方が先だ。

 僕はおもむろに立ち上がると視線を妖怪ちゃんたちへと移す。

 今度は彼女たちがビクっと体を跳ねさせ足を止めた。


 始めて会ってから三年程だが、彼女たちの成長は早い。

 既に見た目は十代前半くらいの成熟を見せているのだけれど、妖怪は人と成長速度が違うのだろうか。

 そのため、僕は少し見上げるような姿勢になっていたのだが、彼女たちはそれに気づいたのか慌ててその場で跪いた。

 え、何で?


 目線の位置が大体同じくらいになった。

 妖怪ちゃんたちは顔を伏せているのでその表情は伺えないのだが。


 ちなみに、ウルナちゃんは土下座っぽい姿勢になっている。

 金髪ちゃんは片膝をついているので騎士みたいだ。ちょっと格好よくて羨ましい。


「山に座します我らが神の御使いよ。御身の前に姿を現すご無礼をお許しください」

「許すナ」


 どっちだ。

 ウルナちゃんはちょっと黙っていた方がいいと思う。


「ウルナは黙ってて!?」

「はいナ!?」


 この世の終わりみたいな顔で後ろを怒鳴りつけた金髪ちゃん。

 思わず声を荒げてしまい、「しまった」の表情をしている。

 こちらを伺うような上目遣いで視線を戻した金髪ちゃんは、僕に変わった様子がない事に安堵したのか軽く息を吐いた。


 大丈夫。落ち着いて説明して。

 怒られた瞬間に五体投地へとフォームチェンジしたウルナちゃんよりも今は説明を聞きたい。

 ただ、気にはなる。

 いや、話を続けてもらおう。

 視線で先を促すと、再び顔を伏せて金髪ちゃんは語り始める。


「我が名はアシリカ。東の妖、その長が娘の一人でございます。こちらはウルナ。同じく長の娘の一人でございます」


 金髪ちゃん改めアシリカちゃんとウルナちゃんは姉妹だったのか。

 見た目が全然違うからお友達かと思っていた。

 けれども、族長の娘は結構偉いのではなかろうか。

 こんな所に二人きりでやってきて良いのか不思議に思う。


 とりあえず相槌変わりにふんふんと頷いておいた。


「三年前、その御力の一端により我らをお救い頂けたこと、我ら一族の子々孫々に至るまで忘れる事はございません。その身にすり寄る悪しき者を、今すぐに討伐いたします」


 ふんふ、ん?

 待って。


 話は終わったとばかりにすっくと立ちあがったアシリカちゃんは手に青い炎の球を出現させる。

 ウルナちゃんは未だに地面と対話していた。

 いや、そっちはどうでもいい。


 掌で揺らめき威力を増していく蒼炎を見た側付きのミカゲ君は顔を更に青白くさせる。

 殺すのは流石に駄目です。

 ただ、妖術と思しき火の玉は後で教えて欲しい。凄く気になる。


 僕は親の仇を見るようなアシリカの視線を体で遮る。

 これに前後の両方からぎょっとした顔で反応された。


「神様?」


 そこまで驚かれるとは思っていなかったが、この金髪ちゃんは少々思い込みが激しいのかもしれない。

 彼女たちを救ったなどとどうして思われているのか知らないが、崇拝されているのは何となく理解した。

 今はその原因よりも目の前の惨事だ。

 どうすれば丸く収まるのだろうか。


「この子は僕の側付きです」


 僕の仲間だよアピール。

 だから殺さないであげて。ね?


 何が何だか分かっていないだろうミカゲの視線を背中に感じる。

 彼に戦闘能力はないだろうから、ここはじっとしていてもらおう。

 もし僕の監視役なら、それなりの実力はあるのかもしれないけれど。


「! 人間を、側に?」


 絶望した!

 そんな顔で茫然と呟くアシリカ。


 妖怪から見ればそうなのだろうが、そもそも僕も人間だ。

 本当、どうして僕を神様なんかだと勘違いしているのだろうか。


「私が側につくナ! だから人間はいらないナ!」


 すると、放心状態で言葉を紡げなくなった彼女の代わりに、地面から生えるように高々と手を挙げて起立した残念少女が立候補する。

 ビビっていたり自分をアピールしたりと忙しい子だ。

 そして眼を輝かせている銀髪美少女には申し訳ないが、それは厳しい。


 ……いや、そうでもないか?


 後ろの本命側付きからは混乱が加速した気配が伝わる。


 僕は家の中で変わった子と思われている。

 男子なのに外に出たがり、およそこの世界で言う男らしさとは程遠い振舞いをしていた。

 直接の注意を受けた事はないが、皆からは少し敬遠され気味悪がられている。

 無表情で無口なのも拍車をかけているのだろう。

 だからか、僕のやる事成す事に文句を言ってくる人は皆無だ。


 それならば、侍従を増やす事くらいはできるのではないだろうか。

 普通に考えればできない。

 しかし、僕の家庭環境なら出来なくもない。

 そう結論づける事にした。


 うん。自分でもちょっとどうかと思うくらいには思考が可笑しいよね、僕。


「この子は特別なのです」


 それでも長年側に仕えてくれているミカゲを蔑ろにするような行為をされては困る。

 ここはとりあえず彼が特別な存在なのだと強調しておこう。


 宿命通によって色々な記憶を得たにも関わらず、僕は行き当たりばったりで「とりあえず」な考え方ばかりである。

 性格の問題だろうが、記憶を思い出してもかなりのマイペースで刹那主義なのだ。

 それでもいっかと思っているから、きっとこの先も変わる事がないのだろう。


 思考があっちこっちに飛ぶのは、別に余裕がある訳ではないのだが、貫禄というか浮世離れした雰囲気には一役買っている。

 僕を神様だと思い込んでいる目の前の妖怪ちゃんズには効果てきめんだ。


「特別な……。もしや、人間じゃない?」

「え? 人間の匂いがするけどナ?」


 特別発言に困惑を深めるお二方。


 僕も困惑する。

 僕からはしないのだろうか、人間の匂い。

 気にはなるけれども、ここでは相手への牽制をしておく。


「貴方たちは人の中で暮らせますか?」


 見た目は魔術でどうとでもなる。魔術万歳。本当に便利。

 ただ、その言動はどうしようもない。


 彼女たちがどれだけ僕についてくる気かは知らないが、人間と一緒に住むことになると言えば嫌がるだろう。

 そう思っての発言だった。


 しかし、


「神がそれを望むなら」

「望むナ」


 結構な勢いでウルナちゃんの頭がアシリカちゃんに叩かれる。


「の、望むナら」


 アクセントが「ら」に入り、酔っ払いみたいな発言になった。


 それはいいとして、思ったよりも決意が固い。

 彼女たちは妖の長の娘なのだと聞いたが、そこらへんは大丈夫なのだろうか。


「我らが神に奉仕できる事、これほどの喜びはございません」

「ないナ」


 今度はきちんと意味が通じた。


 アシリカちゃんが隣を睨んでいるのは言葉遣いの問題だろうか。

 だから僕は神様じゃないのだけれど。普通に話していいよ?

 侍従にするしない以前の問題として、そのあたりの誤解を解かなければならない。

 どう言えば通じるだろうか。


 少し考えながら口を開こうとすると――森のざわめきが唐突に止んだ。


 アシリカの耳がピンと立ち、一つの方向へと傾く。

 ウルナの目はスッと細く。


 雲の流れが速くなり、太陽はその姿を隠された。

 獣の嘶きが聞こえ、飛び立ったと思っていた鳥が一定の方角へと去っていく。

 野に咲く花の目に鮮やかな白が陰る。

 草は揺れ、大気は鳴動し、大地は微かに震えた。


 深い闇が降りる。


 後ろに控えていたミカゲは息を飲んだ。

 僕はいつもと変わらない動きで上を見上げる。


 そこに佇むは山。


 木を越える高さの頂きには、一組の瞳が鎮座する。

 赤黒い肌。

 引き締まった筋肉。

 鋭い牙。

 長い赤髪。

 天を突く、双角。


「赤鬼」


 漏らした呟きが届く先。

 の存在は口元に三日月を浮かべた。


「見つけたよ、神」


 だから神じゃないって、僕は。

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