第2話 神通力と魔術
そんなこんなで、さらに数日ほど経った。
なんとか生活への復帰を果たした僕が、それから何をし始めたかと言うと鍛錬である。
何故か。
実はこの国、十歳になったら勉強のために学舎へ行かなければならない。
文明水準は一概に説明しにくいのだが、教育水準で言えば人口の九割くらいが読み書きできる。大体どの家庭の子も通う事になるという事だ。
その学舎では一般的な教養に加えて、神通力の扱い方についても学ぶ。
神通力の扱い方は主に二種類ある。
一つは生活に根差した使い方。
重い物を持ち上げたり、重労働の環境でも長時間効率よく働く事ができる。
もう一つは戦闘に関してだ。
この世界、魔獣といったものは出ないのだが、人同士の争いが絶えない。
今の時代においても政務を担っている皇族派と経済を担っている幕府派に分かれ権力争いに忙しい。
司法を司る神社は中立派だが、最近は幕府との癒着が囁かれているくらいに荒れている。
そのためかどうかは知らないが、学舎でも戦闘訓練は授業の一環として盛り込まれていた。
なお、学舎は神社直轄の国営機関だ。
学舎のお偉いさんと関わり合いになりたいとは、その時点で僕には思えない。
しかし、ここで問題が発生する。
基本的な訓練は男女平等の名の下に実施されるのだが、更に踏み込んだ実戦訓練となれば話は別だ。
女子は刀、男子は裁縫道具を持たされる。
男女差別万歳。
なんでも針という繊細な道具を神通力という過剰な力で扱う事で、加減の調整を学ぶのだとか。
対して、女子たる存在は男子を守るもの。己の技術を磨く事、即ち大切な人を救う事に他ならない。
だ、そうだ。
建前と権力の匂いがぷんぷんする。
プンプン丸だ。
おこである。
どうせこのままいけば皇国は滅びるのだ。
その時に自分の身を自分で守れるくらいにはなっておきたい。
そのためにも今から体を作っておいて損はないだろう。
頭の出来はこの世界の記憶と知識がある分飲み込みも早い。
学舎で学ぶ内容は復習みたいなものだ。
宿命通様々である。
しかし、知識にある剣術や格闘術を体に覚えこませるためには反復練習あるのみなのだ。
打つべし、打つべし。目標をセンターに入れてスイッチ、だ。
あと一つ。
魔術を使えるどうかの確認をしなければならない。
今日はそのための訓練で裏山の方まで足を運ぶことにした。
△▼△
森に入って少し歩いた頃。
自主鍛錬に使えそうな開けた場所へと僕は到着した。前もって見つけておいたところだ。
荷物を降ろすと入念にストレッチをはじめ、まずは型の確認を行う。
足運び、姿勢、腕の動き。
ゆっくりと体を動かし、けれども流れるように。
何回も何回も。
ネ〇ロにも負けない感謝を込めて。
本当は朝早くから晩までやりたいのだが、如何せん男子。
普通に怒られる。
それ以前に僕は五歳児だ。
五歳児を一人で裏山に行かせてくれる親は駄目だと思う。
正確には父か。母は仕事に行ってるので知らないだろう。
大丈夫か、僕の家庭。
雑念が入った。
始めからもう一度。
そうして、太陽が頭の上にくるまでいくつかの型を延々と繰り返し、昼休憩をする事にした。
お弁当は持参である。
過去の記憶を手に入れて余計な事にも気づいてしまうのは、幼心ながらに切なさを誘う。
精神的にはそこらの仙人にも負けないが。
ただ、感情の起伏は健常者と変わらない。
驚きもするし、喜びもするし、悲しみもする。その表現が極端に下手なだけだ。
なお、仙人が本当にいるかどうかは知らない。会った事はない。
ところで、五歳の男の子を御飯時ですら放置する親はこの世界でなくともアウト待った無しではなかろうか。
家事が苦手とかそういう次元ではない。
ただ、よそ様に通報されたら仕方ないと思っていても、僕にとっては都合が良いので何も無かった事にする。
本当に何もないのが凄い。
まさかのwin-winだ。親子関係における利害の一致だ。
無償の愛はどこにいった。
木陰で涼風に吹かれながら昼ご飯を済ませると、再び鍛錬を始める。
しかし、今度は魔術だ。
この世界に魔術という概念は存在しない。
正確には僕以外、という言葉が付くが。
近いのは神通力だが、魔術とは決定的に異なる点がある。
対象が「自身」か「他」か、である。
神通力は能力者自身を強化する。
そのため、他者に対する攻撃という手段を純粋な神通力で行う事はできない。
ただし、その精度と汎用性は高い。
例えば、視力を異常に良くしたりもできる。
他にも筋肉を鋼のようにして耐久力を上げたり、自身の体を強化するという一点において、神通力は能力者が想像できる事なら大抵の事が可能である。
それに対して、魔術は外部に干渉する。
炎を生み出したり風を吹かせたり、自身の外へとエネルギーを放出する形が魔術だ。
また、その体系も両者では異なる。
神通力は目覚めるものだが、魔術は技術だ。理論と扱い方を勉強すれば使える。
1%の才能と99%の努力でどうにかなるのが魔術のいい所だろう。
逆を言えば、1%の才能は必要なのだが。
その1%があるのかないのか。
今日はその確認をするのが一番の目的だ。
僕は広場の真ん中あたりへと進むと術式の構築を行い始める。
簡単だ。指で中空に式を描きながら詠唱をすればいい。
始めて見る人がいるならば奇怪な姿を晒す事になっているが、今は僕一人。
これで何も起こらなくても僕が凹むくらいだ。
早速やってみよう。
「一の紅、二の翡翠、三の群青、四の
順調に構築していく。
これは何となく成功しそうな予感。
しかし、久々に声を出した。
僕は結構な無口で表情筋も割と壊れている。
全て目覚めた能力のおかげで異常な仙人状態になったせいだ。何かを表現しようとする度に一々脳内で「待った」がかかる。
心の中では割とお喋りなんだけれども。
「果ての空、黄昏の地、深海の王、奈落の淵に手を掛ける。私は問うた、淘汰されるは汝かと。汝は
ここまで一息で詠唱を紡ぐ。結構しんどい。
しかし、構築は成功した。
1%の才能である魔素はちゃんと存在しているらしい。大発見である。
では、
「紅蓮の宴、魔王は喝采を送った」
最後に、発動だ。
「—―『
瞬間。
世界は輝いた。
△▼△
やりすぎた。
簡単に言えばそういう事だ。
一応、出力は抑えたつもりだったのだが、この体は想像以上に優秀だったようである。
天空へと続く一本の道のように、光の柱が空を舐めた。
正確には光ではなく炎なのだが、発光しすぎである。
眩しすぎて手元が狂ってしまい、隣の山の頂を少し削ってしまった。
誰もあそこに住んでいない事を願って止まない。
確かに、これは僕の覚えている中では最上級の魔術だった。
しかし、記憶の中ではここまでハチャメチャな性能では無かったはずなのだ。
そもそも論で言えば魔術を試すのにこの術式を選択する必要は無かった。もっと控えめに優しいそよ風でも出しておけばよかった。
でも、どうせやるならお気に入りの奴にしたかった。バレない程度に抑えたつもりだった。
反省はしてる。後悔もしてる。
誰にという訳でもなく言い訳が溢れ出る。大洪水だ。
絶対に麓の村からも見えたはず。
流石に僕がやったとは思われないだろうけど、何かしら問題が起こりそうな予感が凄い。
すると、
「ひっ!?」
と蚊の鳴くような声が聞こえる。
音の方へと首を振って見れば、そこには一人の幼女がへたり込んでいた。
足元には水たまりが出来ている。
そりゃ怖いわ。
僕でもこんな魔術ぶっ放されたら似たような反応をする自信がある。
けれどもどうしようか。
魔術とは分からなくても、神通力で無い事くらいは見たら誰でも分かる。
流石に世間にバレたら不味い。
学舎に行く前に何かの研究機関に放り込まれる事必至。
僕的にはもう少し自由に生きていたい。
「君」
思い切って声をかけてみる。いや、それ以外の選択肢はないだろうけど。
僕の声にビクリと、それは大きく肩を震わせた幼女。
申し訳ない。怖いよね。僕もバレるのが怖い。
怖くないよー、と心の中で呟きながらゆっくりと近づいていく。
相手の警戒を解き安心させるには相手の眼を見るのが良いと、どこかの世界で聞いた事があった。
大丈夫、人も所詮は獣よ。
彼女の目を見つめてみると、彼女の方も逸らさない。
これは心を開いてくれるか?
始めの距離から半分ほど進んだ時。
僕はある事に気付いた。
珍しい。
見るのは初めてかもしれない。
少なくとも今世では初めてだ。
「君は……妖怪か」
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