君との出会いが運命の分岐点なら俺は喜んで君を選ぼう

第1話

「君を助ける為なら悪魔にだって協力してみせるさ」


 俺の人生を大きく変える事件は、まだ少し肌寒い日曜日の午後に突然訪れた。


 ここは鬼哭神社、この町を見渡せる高台にある小さな神社だ。


 桜の時期になると夜桜を見に地元の人達が集まるこの場所に来るのは、高校に入る前で一年位は来ていないだろうか。

 最近は女の声が聞こえるとかで地元の不良達が夜に集まったりしてるらしく、ちょっとした心霊スポットにもなっているらしいが……馬鹿馬鹿しい。


 俺の名前は「角崎 剣伍」そこそこ有名な進学校に通っている高校生だ。

 かなり無理を押し頑張って進学したからなのか今一皆に付いていけず、息抜きにと久しぶりに晴れた日曜日の午後、家から徒歩5分のこの神社に散歩に来てみたのだけど、桜の咲くこの時期は割と人が多いはずが今日は俺の貸し切りのようだ。


 入試の時にお世話になったこの神社に花見を兼ねてお参りに来たのだが、これだけ人が居ないと桜も見放題で得した気分になれる

 こんな事ならコンビニで弁当でも買ってくるんだったなと、小さく溢した俺は当初の予定通り鳥居を潜り抜け古びた小さな社の賽銭箱に5円を入れ手を合わせる。


 目を瞑り手を合わせた俺の耳に風切り音のような小さな音が聞こえて来た。

 見上げた俺の視界に映る桜は揺れていない、風が吹いた様子は無いがまたしても聞こえてくる小さな音に耳を澄ましてみれば、どうやら掠れてはいるが人の声のようだ。


 見回しても誰も見えないこの神社のどこに人がいるのかと、好奇心にかられた俺は神社の社を時計廻りに回ってみる。

 苔むした灯籠や書いている字が読めない程に風化した石碑がある位で後は普段、誰も入らないからなのか雑草が一面に生えていて誰かが歩いたような痕も見つからない。


 やはり気のせいかと踵を反すと、小さく掠れた声がまた聞こえてきた。

 少しばかり気味が悪いと思いつつ、意を決して振り返ってみると先程まで気付かなかったのだが、奥の岩肌に小さな洞穴があり朽ち果てそうな藁を編んだ綱が掛かっている。


「これってボロボロだけど注連縄だよな? 」


 この肌寒い季節に幽霊って訳もあるまいと恐る恐る注連縄を潜り洞穴を覗いてみるも、薄暗くひんやりとした空気が流れて来るだけで何も見えない。


「……だよな。こんなところに誰か居る訳ないよな」


 俺は自分自身に言い聞かせるように少し大き目の独り言を吐き、胸を撫で下ろしながらもう一度覗いてみる。

 目が薄暗さに慣れてきたのか、ぼんやりと見える洞穴の中は奥の岩肌に小さな祠がありその横に着物を着た女の子が見えた。


 我が目を疑い、数回瞬きをして目を擦ってみたがやはり女の子が横座りの体制でそこにいる。


 長い黒髪を綺麗に一本に纏めた少女の横顔しか見えないが、よくよく見ると泣いている様にも見える。

 少女の横に転がっている下駄を見るに躓いて足でも挫いたのだろうか?

 大きなお世話かもと一瞬頭を過ったが、困っている人を捨ててはおけないと変な正義感で洞穴に足を踏み入れた。


 外と比べ一段と冷える洞穴の中は外から覗いた通り決して広くはなく、俺が踏み入れた時に踏んだ砂利の音に少女は小さく肩を震わせゆっくりとこちらを向く。


 白い肌に切れ長な瞳、この世の者とは思えない程整った顔は涙で濡れていて、赤い着物に長い黒髪がまるで一枚の絵画の様だ、なんて言い過ぎだろうか。


「あの……大丈夫? 」


「……お主、妾が見えるのか? 」


「えっ? うん、勿論見えるけど……大丈夫? 」


「やっと届いたのか……」


「ひょっとして結構長い間助けを呼んでた? 」


「……あぁ長かったの……済まんが妾は地に足を着けては外に出られぬ、おぶってはくれぬか? 」


 この何だか古風な喋り方の少女はやはり足を痛めているのか、どうやら歩けないようだな。

 思春期真っ只中の俺としてはおぶるのは嬉しいような恥ずかしいような……少しばかり躊躇してみたものの、困ってる人相手に何を考えているんだと自分に言い聞かせ小さい掛け声を一つつき背中を向けしゃがみ込んだ。


 俺の肩に手を掛けもたれ掛かって来た少女は、柔らかな匂いを漂わせながら静かに体重を掛けてくるが、あまりの軽さに驚いていると背中に柔らかな2つの感触が程よい弾力を持って押し付けられる。

 背中に俺の神経全てが集まってるんじゃないかと思うぐらい伝わってくる柔らかさや弾力に温もり、心臓がとんでもない勢いで脈打つのが自分でも分かる。

 何とか平静を保つ為に素数を数える俺に止めとばかりに、首の後ろに静かにもたれ掛かる少女の髪が首筋を撫でる。

 素数が十代男子の欲望に負けそうな頃、少女が小さく掠れた声で呟く


「悪いが頼むの」


 耳元に聞こえるか細い声に、つい今しがたまで滾っていた欲望は姿を消し変わりに何故だか分からないが守らなくてはと、庇護欲が顔をだす。

 初めて会った少女に何を考えているんだ俺はと、もやもやとする頭の中を無視することに決め、見た目より遥かに軽い少女をおぶり立ち上がった俺は、何故だか分からないがここから出てはいけないような気がしながらも、少女の顔を思い出し早く病院にでも連れて行ってあげないと捻挫は癖になるしなと自分に言い聞かせ足を踏み出した。


「あぁ……」


 まだどこかあどけなさの残る少女の掠れた小さな吐息が耳の後ろから聞こえて来る


「ごめん、足に響くかな? 出来るだけゆっくり行くから少しだけ我慢して」


 背中に頷いた感触を感じ止めた足を動かす、一歩一歩と外の景色が見えるにつれ少女は声を殺しすすり泣きを始める

 余程心細かったのかと、足を少しだけ早め砂利を踏みしめる。


 しかし外に向かい歩くにつれ強くなる、出てはいけないような変な感じに後ろ髪を引かれつつ、俺の右足は伸び放題の雑草を踏んだ柔らかい感覚を覚えた。


 洞穴に入った時と何一つ変わらない景色に変な安心感を覚えつつ、雑草のしげる柔らかい土を踏み洞穴内よりいくばか暖かい空気を胸一杯に吸い込む。

 さて、どこの病院に行けばいいのかと少女に聞こうと首を回すと、途端に背中にのし掛かっていた僅かばかりの重さと温もりが唐突に消える。


 驚き大きく振り返る俺の目の前で、泣きっ面の少女は手にしていた下駄も履かず素足で柔らかな地面の感触を楽しむかのように、何回か手を広げくるくると回り俺と目が合うと恥かしそうにはたと止まり

 

「すまぬな妾の名は椿、お主は何と言うのだ?」


 少し掠れた声でそう話す少女は太陽の下でキラキラと輝く長い黒髪の少し赤い泣き腫らした切れ長の目をしていて、横一文字に揃えた前髪の隙間から二本の角が生えていた。


「……」


 名前を聞かれているのは分かっているし、名乗った相手に名前を告げないのが失礼にあたる事も一般常識のレベルで知ってはいるが、俺の思考は今まともに働いていないようで、ある訳のない少女の角に釘付けになってしまっている。

 少女はまるで口が無くなってしまったような俺の視線が向いている先に気が付いたのか、そっと自分の前髪の間にある二本の角に手をやり


「ふふふ。なんじゃお主、鬼を初めて見たような顔をしとるの」


 ゆっくりと俺の口が開いていくのが自分で分かる。

 ……今、何て言った? 鬼? おに? えっ?

 駄目だ、思考がおかしくなって来た。

 目を瞑り、少しばかり肌寒い空気を大きく吸い込み俺は自分の頬を両手で叩く。

 よしっと心の中で気合いを入れ、目を開いた俺の目の前に少女の切れ長の目が見える。

 身長175cmの俺の目線に合わせるにはこの鬼の少女はいささか小さいようで、多分爪先立ちでもしているのだろう、少しばかり小刻みに震えながら俺の目を覗いてくる。


「人は鬼に遭遇すると大体その様な反応をするの」


 バランスを崩したのかそう呟く少女の額が俺の鼻に当たりそのまま崩れ落ちるのを何も意識せず受け止めた俺の顔を見て、驚いた顔をしたもののすぐに照れ隠しの悪戯っぽい笑顔を向けてきた。


 ……ヤバい……凄く可愛い……

 少女の笑顔に釘付けになっている俺の顔に手を伸ばした少女は鼻の下をそっと触り、その指を自分の顔の前に戻すとペロリと舐める。

 少女の指に付いた赤い液体を見て自分が鼻血を出している事に気付くが、それよりもそれを舐めた少女に取り乱してしまう。


「ちょっ! 汚いってっ! 」


「ん? 血に汚いもへったくれも無かろう? 」


 スイーツを前にした女子の様な笑顔を見せる少女を見て背中に冷たいものが流れて行くのを感じた。

 そうか……そうだ、この子は鬼って言ってた……ひょっとして喰われるのか……?

 俺のさらに絡まっていく思考を遮るように意識の外から声が掛かる。


「そこの鼻血の少年、何してるのかな?」


 突然声を掛けられ取り乱しつつ振り返ると、階段を上がって来たと思われるスーツ姿のブルーシートを小脇に抱え、人当たりの良さそうな顔をしたサラリーマン風の男が缶ビールを片手に立っていた。


「えっ? あっその……」


 俺の今の状況を説明しても間違いなく、頭のネジが飛んでる少年としか見られないだろう。

 このカオスな状況を的確に説明出来るほどの語彙を持って無い俺は、ただ挙動不審な動きをする事しか出来そうにない。


「……お主、対魔師かえ?」


 俺の腕の中で鼻血の付いた指を舐めていた少女は、見た事も無い程の敵意を目に込め切れ長の目で睨み付けながら掠れた声で問い掛ける。


「おかしいな? 報告ではまだ数年は余裕で持つ筈なんだがな? 」


 首をかしげそう呟いた男は手にしていた缶ビールを一気に煽り投げ捨てると、自分の足元にブルーシートを広げ胡座をかいて座ると、スーツの上着のポケットから新しい缶ビールを取り出し飲み始める。

 グイグイと一気に飲んだのか気持ちのいい声をあげ、空き缶を横に転がすと内ポケットから煙草を取り出し咥えた。


「なぁ少年、ビールはさ、やっぱり瓶が旨いよな」


「えっ? あっいや、自分まだ未成年なんで……」


「……そっか、だよな。で、その未成年が何でそいつと居るんだ? 」

 

 何だかよく分からない話の入りから途端に人当たりの良さそうな顔を消し、剣呑な表情になった男は鋭い目線で俺を舐めるように見回してくる。


「いや……何と言うか……たまたま声が聞こえたと言うか……と言うか未成年関係あります?……」


「ふぅん、何で見えたかはまぁいいや。ところで鬼よ、お前が無理矢理連れて来られたのは知ってる。この一帯が飢饉と疫病に襲われた時に連れて来られたんだろう? 勝手に祭り上げられ結界に閉じ込められちゃあ辛いのも分かる、がお前の生まれた年からもう千年は立つんだ、今の時代に鬼は要らない。結界に戻るなら見逃すが街に出ると言うなら殺さねばならん訳だ、どうする? 生きるか? 死ぬか? 」


「っお主ら人間の勝手で連れて来られた来られたのだぞっ! もう一度戻れと言うのかっ! あのような場所なぞ死んでると同じじゃ妾は生きたいのじゃっ! 」


 少女は掠れたまるで子供が泣いているかのような声を上げ男の顔を睨み付ける。

 流石は鬼なんだろう、至近距離で見た俺は少女を抱き抱える腕が硬直するほど縮みあがり、抱き締めたまま足が縺れ少女もろとも転げてしまった。


「少し離してはくれんかの? 」


 困ったような表情で俺を見つめる少女の背後にブルーシートの上で立ち上がった男が微かに見える。


「少年、そのままで居ろよっ! 」


 そう言い放った男は咥え煙草のまま、上着から白い紙の束を取り出し近付いて来ている。

 腕の中の少女は眉を下げ切れ長の綺麗な目を静かに閉じるとチカラ強く抱き付いてきた。


「ちょっ! ちょっと待ってっ! 待ってっ!! 」


 普段、大声なんか出す事の無い声帯を酷使して、俺は自分には似合わない位大きな声を張り上げる。

 足を止め怪訝な表情で俺を見てくる男に何故だか訴えている、声の震えた俺がいる。


「あんた大人だろっ! 無抵抗の女の子に暴力振るうのかよっ! 警察呼ぶぞっ! 」


「はっ君、面白いね。それは鬼だ。警察には見えないし街に出たら何するか分かったもんじゃない……ガキは引っ込んでろっ!! 」


 16年間普通に生きてきた俺には、警察どころか鬼やら対魔師やら関わった事がないからどうしたらいいのか見当もつかないが、怯えている女の子を見捨てるのが屑のする事だと言うのだけは理解出来る。

 俺は腕の中の少女を俗に言うお姫様抱っこって奴をして走ろうと、踏ん張ると涙目の少女が小さく囁いてくる。


「妾を置いて逃げよ、巻き込まれる必要は無いであろう? 妾は戦う術を持たぬゆえ大人しく捕まろう」


 震えながらそうハッキリと言った少女は腕の中から飛び降り男に向かい立つ


「随分と潔い鬼だな」


 呆れたように吐き捨てた男が静かに警戒を解かず近付く中、俺は小声で問い掛ける。


「戦う術が無いって、鬼だろ? 何か無いのか? 協力するから逃げよう」


「ふふふ、簡単に言うの……協力か……ならば妾の角を一本貰ってはくれぬか? 」


 そう言った少女は俺の返事を待たず、おもむろに左の角を掴むとチカラ一杯へし折った

 バキッと嫌な音がして、少しばかりの血を流す少女は手の中の角を渡して来る。

 少し高揚とした表情の少女は俺の目を見て角を渡された右手を両手で包み込む。


「おい、何してるんだっ! 」


 男は足を止め警戒心を露に声を荒げる。


 俺の手を包み込んだままの少女は男の声に耳も貸さずに、憂いを帯びた恍惚とした目を向け


「妾も初めてゆえ、作法は知らんがお主の心のままに両手を広げるがいい、それがお主のチカラじゃ」


 心のままに……心のままか。意味は分からないが、ただこの少女を助けてあげたいそれだけだ……俺は一度閉じた目を開き両手を開く

 突然、俺の手を中心に突風が吹き、まるで俺と少女を包み込むように広がる風にシャツがバタバタと音を立て、あまりの風の強さに目を開けられないまま俺は言われた通り両手を広げる。


 ズシリとした重みと心地好い金属音が耳に届く頃、渦巻いていた風がピタリと止んだ

 目を開けた俺の左手には黒くしっとりと艶めく鞘が、右手には確かな重みを感じさせる白く輝く片刃の日本刀を持っていた。


「えっ? ……刀……」


「ほぉ立派に若武者に見えるのぉ。馬子にも衣装と言うやつかの」


「おいおい少年、ここは法治国家だ。人を斬れば犯罪者、使い魔に実体はねぇ。刀なんぞ構えた所でハッタリにしかならねえよ」


 焦りを見せつつ、そう言い聞かせるように口を開いた男の手の中の白い紙から小さな小さな鬼が飛び出す。

 小さな小鬼が飛び掛かってくるのを見て混乱した俺は、思わず無茶苦茶に刀を振り回してしまう。

 が、偶然にも当たりカッターナイフで新聞紙を切るかのような感触を俺の掌に残し、小鬼は白い紙になり千切れ風に飛ばされていく。


「はぁっ? 使い魔を切っただとっ! 」


 声を張り上げた男はちょっと待てとばかりに片手を前に出し、おもむろにスマホを取り出すとどこかに連絡を始める。

 俺はどうしたらいいのか分からず少女に視線をやると、折った角の辺りから少しばかりの血を流しながらもニコニコと嬉しそうな表情を見せる。


 少女の笑顔に見とれる俺にスマホを片手に男はゆっくりと近付いて来ると


「なぁ少年、揉めるのは辞めにしないか? 」


 そう言い一枚の名刺を差し出して来た。


「日本対魔師協会所属……?」


「その鬼を見逃してやる、その代わりにうちに所属しないか? 」


「今しがた退治しようとしてたくせに? 」


「あぁ、その刀の能力は是非とも欲しい。なら鬼とでも悪魔とでも仲良く位するさ」


「……本当にこの子を見逃すのか? 」


「あぁ。今しがた殺そうとしたんだし、お前達から見たら悪魔の様に映るかも知れないが約束は守る、2人を保護しよう」


「なら俺はあんたら悪魔と協力してやるよ」


 こうして春のある日、勉強疲れを癒しにただ散歩に来た俺は高校を出て大学を卒業後は定年までサラリーマンという予想していたレールから強制的に弾き飛ばされる事になったしまった。


 俺の隣では可憐な鬼が微笑みながら俺を見ている。

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