第9話
タンタンタン …
階段を降りる無機質で単調な音が僕の耳の中で反芻する。
こんな立地だからか車の音はおろか、人の生活音すら聞こえない。
そんな状況も相まってか酷く、そして虚しく歩行音はだんだんと大きく聞こえた。
登る時にはそう長くは感じなかった階段が異様なほど長く感じる。
僕のほおに雫が落ちる。
内心怖かった。
八女のことももちろんだがそれ以上に自分が怖かった。
何を言っていたか、何を伝えたかったのか今でもわからない。
そんな自分が怖かったし今でもよくあの場面を覚えてない。
とにかく自分の邪魔をさせたくなかった。
そして彼女まで巻き込みたくなかった。
自分に巻き込んで彼女まで不幸にさせたくはなかった。
そんな僕の弱さと気遣いの生んだ別れだった。
そして、その悔しさと僕の心残りが今僕の頰の上にあるそれが表していた。
僕だって完全な鬼にはなりきれないし鬼じゃない、それに相手は元がついても恋人だ。
しかも自然消滅。それも僕の精神の崩壊から。
そりゃ心残りもあるし、思い出せばとても楽しい思い出をたくさんくれた。
そしてそれは僕の心が壊れるの共に僕の記憶から抜けていた部分だ。
暗闇からどんどん記憶が蘇ってくる。
一緒にデートに行ったこと、一緒に卑怯旅行をしたこと、一緒に映画を見て泣いたこと、八女が僕の家の前で泣いていたこと、僕が突然いなくなって必死に探していたこと。
そんな健気で優しく明るい姿を知っていた。
いや知っていたはずだった。
それなのに僕の記憶からは消されていた。
いや消えていた、抜け落ちていた。
それを取り戻しても、何故か拒否してしまった。
忘れていたことが怖いから、忘れていたその事実、そして何よりも今でも僕を探していた八女の愛に対する恐怖があった。
僕だってそりゃ八女のことは大好きだった。
しかし姿をくらましてからは会っていないどころか記憶の隅にもなかった。
そんな僕のことをそこまで思ってくれている、まあこれが交際関係に無ければただのストーカーになるわけだが…。
嬉しさと恐怖とそして申し訳のなさ、それらが僕の拒んだ根本的原因かもしれない。
でも、とにかく何かがが嫌だったんだ。
ただ、それだけのことだった。
「関係ないじゃないか、切り替えろ、もう誰にも悲しい想いなんてさせたくない。」
僕の独り言は響くこともなく、かといって小さすぎるほどでもなく虚空へと消え入った。
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