第1話 B
突然の日常の崩壊に混乱する人々、その間を縫って凜は作業用鎧人を追う。
本来であれば歩きやすく舗装された道も、かなりの質量を持つ巨大な物体が通過した後にはその履帯によって砕かれて生まれた凹凸が障害となり追跡の速度を上げることができないでいた。
正直、あれが暴走している原因が何かは現時点では不明だ。しかし凜は街を守る治安局の特殊部隊の一人としてこの状況を早急に終息させる使命があるのだ。
彩月大丈夫かな…?
交番に保護されているはずの友人のことを考える。ミヤビの姿が無かったのは彼女達にも何かあったのだ。仮に自分が治安局員でなければ迷いなく彩月のことを優先しただろう。
だめ、まずはあの鎧人をどうするか考えないと…、凜は頭を振り考えを切り替える。先 程から目標はいくつかの交差点を通過しているが進路を変える様子は無かった。そしてこの先にある施設をいくつか思い浮かべる。
「あっ!」
ある施設があることを思い出し思わず声が出た。
これはまずいわ…!
どうにかしてあの鎧人の進行を阻止しなければならない。
急がないと!
走りにくい状態の道、転倒の可能性が高くなるが加速しようとしたときだ。
サイレンの音が後ろから近づいてくる。足を止め振り返ると回転灯を光らせながら走行する治安局所属のサイドカーであることが確認できる。
「蒼!」
ライダーの姿を見て凜は叫ぶ。サイドカーは凜の横を少し通りすぎたところで停車した。
「蒼!」
もう一度名を呼び駆け寄る。青と白を基調としたサイドカー、それに跨がるのは同じく治安局仕様のアーマージャケットを纏いフルフェイスのヘルメットの大柄な男であった。
蒼は凜を見るなり
「急げ、簡易装備だが持って来た」
機械を通したような声で言う。そのバイザーの奥は人の顔ではなく二つの目にあたる部分が青く発光している。
彼もまた自動人形であり凜のパートナーだ。
「ありがとう、隊長達は?」
蒼に聞きながら座席に積んであったケースから装備を取り出し身に付けて行く
「響も砕牙達も急ぎこちらに向かっているが間に合うかどうかはわからない、最悪オレ達だけで対処する」
蒼の返答を耳に自分の愛銃のチェックを完了させた凜はインカムを装着しサイドカーの車体に乗り込む。
「行きましょう」
「ああ」
サイレンを鳴らし走り出す。道の状態が悪いため揺れがひどいが生身で走るよりは遥かに速度が出る。
凜はインカムのスイッチを入れ
『あの鎧人、おそらく中央庁舎に向かってるわ』
『そうらしいな、この先で五番隊を中心にバリケードを展開して足止めすることになっている』
蒼は運転と同時に治安局関係の通信や伝達などの情報をリアルタイムで取得し整理している。複数の処理を並列にこなせるのは自動人形の強みだ。
『迂回して合流する、しっかり掴まっていろ』
『了解』
前方の鎧人を追い抜くため、蒼はハンドルを切り脇道に入る。そこは砕かれていない道なためスムーズに加速することができる。
過ぎていくビル群の隙間から鎧人の姿が見える。
それを追い越してしばらく進むと道を曲がり元の通りに戻る。そこには複数の治安局所属の装甲車両と2機の軽鎧人によるバリケードが構築されていた。
脇にサイドカーを停め、降りた二人は道の中央に停まっている指揮車に駆け寄る。途中、通りを見ると暴走鎧人が迫ってくるのが見える。指揮車の裏には数人の機動隊員達が集まっていた。
指揮官がこちらに気付き声を掛けてくる。
「三番隊か、他の奴らはどうした?」
「他のメンバーも急ぎこちらに向かっています、もし間に合わなくても私達が対処します」
そうか、と指揮官は他の隊員達の方に向き直すと
「これより、暴走鎧人の捕縛作戦を開始する。まず、五番隊の軽鎧人が先行し捕獲用のネットで動きを止め搭乗者を確保、そしてこの阻止線に到達するまでに何としてでも進行を食い止めるいいな!軍から出動の提案が出ているができる限り我々治安局だけで処理する!」
了解、と隊員達は返事をする。よし、と指揮官は待機していた2機の軽鎧人に指示を出し言い放った。
「作戦開始だ」
交番の中、肩に薄手の毛布を掛けた彩月はヒビの入ったガラス越しにぼんやりと外を眺めていた。毛布はあの局員が貸してくれた物だ。局員は自分に中で待っているよう言ったあと外へ出て近くで避難誘導を行っている。先程に比べるとだいぶ落ち着いてきたのが自分でもわかる。そして自分の身に何が起きたのかを思い出した。
「伝えなくちゃ…凜ちゃんに…」
僅かに震える手で鞄から薄型端末を取り出すと連絡先を開いた。
『1号機了解』
『2号機了解』
指揮官からの指示を受け行動を開始する軽鎧人は暴走鎧人に向かって歩き出す。
『あー、作業用鎧人の搭乗者に告ぐ、すぐに鎧人を停止させ起動キーを抜いて降りて来なさい!繰り返す、作業用鎧ー』
途中で警告をしていた暴走鎧人の前方を走っていた巡回車とすれ違う。その直後巡回車は警告をやめ加速してその場を離れていった。
目標まであと少しのところで2機は歩みを止める。迫る暴走鎧人、大きさは自分達の機体の約3倍だ。これを肩部の射出器から捕縛ネットを打ち出し動きを鈍らせるのだ。
それぞれの搭乗者は狙いを定め操縦桿の発射ボタンに指をかける。
『外すなよ』
『お前の方こそしくじるなよ』
緊張の中、互いに軽口を叩き合い気を紛らす。そして
『今だ!』
片方の掛け声とともにボタンを押す。射出器から発射されたネットは暴走鎧人の上空で広がりながらそれを覆っていく、上半身にネットが絡んだことにより暴走鎧人の前進が止まる。左右の腕でほどこうとするがすればするほどさらに絡まっていく
『こちら1号機、ネットによる対象の停止を確認、これより搭乗者の確保に移る』
肩の装甲に01と書かれた軽鎧人が暴走鎧人に近寄る。これから運転席周りのネットを切断してハッチをこじ開け搭乗者を確保する流れだ。車体部分に上ると右腕に装備されている回転式のカッターでワイヤーを切断し両手でハッチを掴み引き剥がす。
1号機はセンサーで操縦席をスキャンする。スキャンされた情報はすぐに処理されモニターには自動人形を表す表示がされた。
『搭乗者を確認、これは…自動人形か?これより確保する』
両腕の下部から対人用のサブアームが伸びる。これで搭乗者を確保するのだ。
これで作戦の第一段階は成功だ。そう思った時だった。
自動人形が顔を上げこちらを見た。その表情は目を見開き苦悶に歪んでいる。
な、と驚く1号機搭乗者、自動人形は顔をこちらに向けたまま手元のパネルを操作し始める。
暴走鎧人に新たな音が生まれた。背中に折り畳まれていたアームが動き出したのだ。するとアームの動きに伴い変化が起きる。暴走鎧人の上半身を覆っていたネットが背中部分からブチブチと音をたて切断されていくのだ。アームが真上を向きその先端が確認できた。
「建材切断用のヒートカッターだと!」
1号機は叫ぶ、赤熱化しているカッターはさらにアームの届く範囲のネットを切断していく
まずい!そう判断した1号機はすぐに暴走鎧人から降りて距離を置く、直後強度が低下したネットを暴走鎧人は両腕を動かし力任せに引きちぎった。
「野郎!」
ネットを引きちぎり再び前進を始める暴走鎧人、1号機はそばに駆け寄って来た2号機に制止の合図をすると受け止める構えをとる。
「確保は失敗だ、だがここでなんとか動きを止めるぞ!」
「了解!」
2号機も同じ体勢をとる。そして
金属同士がぶつかる大きな音、2機はなんとか押し止めようとするがサイズ差による質量の違いは歴然で足下から火花を散らしながら逆に押されていた。
「おい、アンカー使うぞ!」
『くっ、仕方ないか!』
2号機が了承しそれぞれの搭乗者は両足の機体固定用のアンカーを地面に打ち込んだ。
凜は2機の軽鎧人が押されている様子を銃の望遠サイトで確認した。
(このままだと私達がやるしかないみたいね…)
正直、自分と蒼だけで出来るかはわからない。こういうときに他のメンバーがいないのは不安だがやるしかないのだ。
ネット捕獲時の報告で暴走鎧人の搭乗者が自動人形であることが判明した。もしこのまま軽鎧人による阻止が出来なかった場合は
「上から許可が出た、最悪の場合搭乗自動人形を破壊する」
さっき指揮官から言われたのだ。自動人形も守るべき市民だ。しかし人間に被害が及ぶと判断された場合は最悪の事態を避けるため人命が優先される。それはこの仕事に就く人間にとっては仕方のないことだが関係者を含めこれはとても苦しい選択となる。
私の腕なら・・・!、凜は銃の持つ手に力を入れる。
凜の射撃の腕と銃の性能なら一発で決めることが出来るはずだ。しかしその自動人形にも仲間や家族がいる。そんな考えが先程から頭の中で錯綜している。
視線を隣に立つ蒼に向ける。立場こそ違うが彼も自分にとってかけがえのない存在だ。
もし蒼がそういう状況に巻き込まれたら、彼は自分の行く末をどう決めるだろうか、そう考えたときポーチの中の薄型端末が着信を告げた。
こちらに向かっている仲間からかも知れない、添えていた左手を銃から離すと端末を取り出す。着信相手は
「彩月・・・?」
普通の知り合いからであれば非常時のため出ることを控えるだろう。だが、今回に関しては違う、事情を聞くことなく置いてきてしまった友人に一言謝っておこうと応答ボタンを押した。
「もしもし、彩月?」
『あ、凜ちゃん!良かった繋がって』
「えとね彩月、さっきはごめん、でも今緊急で…」
『違うの凜ちゃん、私凜ちゃんに伝えなくちゃいけないことがあって!』
「伝えたい事?」
『うん、あのね…』
急に黙りこむ彩月、凜は不思議に思いながらも優しく問いかける。
「どうしたの?」
電話の先、彩月の声が震え始める。更に泣いているのか
『あ、あのっ、大き、な機械に、ねっ』
言葉が途切れ途切れになる。
「落ち着いて彩月」
凜は少しでも落ち着けようと語りかける。
『あれに、乗って、るの、ミヤビなの…』
「え…?」
一瞬自分の耳を疑った。聞き間違えではないかとだが
『お願い、凜ちゃん、ミヤビを、私のお姉ちゃんを助けて!』
直後、あ・・・、という声と何かが倒れる音
「ちょっと、彩月っ!彩月ー!」
呼びかけるが返事はない、これはおそらく
(発作だ・・・!)
まだ公園にいたときは安定していた。だが度重なる心身的負担で発作を引き起こしてしまったのだ。
電話先、遠くから誰かが走ってくる。
おい!どうした?しっかりしろ、と知っている声、そして声の主は薄型端末に気付いたのか
『桐山凛か?』
あの交番の局員が端末を手にしたのだ。
「先輩!」
凛は彩月の事情について説明した。局員はすべてを聞き終えると
『了解した、この子は俺が責任を持って病院へ連れて行く、だから桐山凛、お前は自分のするべきことをしろ!友達の心配はこの件が終わってからだいいな』
「はい!・・・じゃなくて了解!彩月をお願いします!」
がんばれよ、通話が切れる。この局員は言い方は厳しいが根は優しい人物だ。凛が尊敬している一人である。だから彩月を任せられる。
凛は強く端末を握り締め遠く戦いを見つめる。
2機の軽鎧人がアンカーを打ち込んだ状態で暴走鎧人の進行を阻止しようとするが地面を砕きながら押し込まれている。
それぞれの機体の中では警告のアラームが鳴り響き、各駆動系が異常を起こしていると知らせる表示が赤く点滅していた。
「もう少しだけ耐えてくれ!」
1号機は駆動系にかかる圧力を微調整しながら1秒でも早く相手の動きを止めるため苦闘する。
そのかいあってか徐々に暴走鎧人の速度が落ちていく
「何がなんでもこのまま踏ん張るぞ!」
『五番隊舐めんなー!』
1号機と2号機は気持ちを一つに最後の踏ん張りを見せる。そして
暴走鎧人が再び停止した。
『止まった…!?』
「やったのか…!」
よしっ!と1号機は小さくガッツポーズを決めた。これから今度こそ自動人形を確保しなくてはならないが機体は限界で特に脚部からは煙が上がり満足に動ける状態ではなかった。
警告音が響く中、後方の仲間に応援を要請しようとした時だった。
突如暴走鎧人の左腕が動き無防備になっていた2号機を掴んだのだ。
『このっ、このっ!』
通信越しに2号機から必死に抵抗しようとする声が聞こえるが、限界を越えていた機体は各所からオイルが漏れ力無くその四肢はぶら下がっている。
暴走鎧人は2号機を掴み上げたまま上半身をひねり、1号機から見て左側のビルに容赦なく叩き込んだ。
「―なっ!?」
1号機は驚く事しかできなかった。暴走鎧人が腕を引き抜くと破壊されたビルの構造材やガラスの破片が落ちる。そしてほぼビルに埋まる形になった2号機の姿があった。
「おい!応答しろ!おい!」
通信で何度も呼び掛けるが返事はなく聞こえるのはノイズだけだ。
くっ!
次は自分が狙われる番だ。その読み通りに暴走鎧人は今度は右腕をこちらに伸ばしてくる。
後ろに下がりしてかわそうと右足を後ろに出し踏み込んだ次の瞬間
金属が軋み潰れる音、右足が砕け機体を支えることができなくなり右肩から転倒した。
「うあああ!」
口から出るのは悲鳴、このままだと先程の2号機と同じ道を辿ってしまう。その恐怖の中で1号機はなんとか起き上がろうとするが砕けた右足はおろか左足も操作を受け付けない。右腕も機体の下敷きになり潰れている。辛うじて左腕は動くがそれでけではとてもじゃないが抵抗出来るわけがなかった。
暴走鎧人の右手が1号機を掴もうとしたとき1号機の操縦席周辺から小さな爆発が連続して起きハッチが弾け飛んだ。するとそこから搭乗者が身をのりだし機体から飛び降りる。
無人となった1号機は成す術もなく捕まりそのまま2号機とは反対側のビルに投げつけられた。
地を這う体勢で1号機の搭乗者はその光景を歯を食い縛り眺めていた。
ビルにぶつかりその破片と自身のパーツを撒き散らしながら崩れ落ちていく愛機の姿に悔しさを募らせる。
「ちくしょう…」
そして暴走鎧人がまた前進を始める。
1号機搭乗者は牽かれないように急いで立ち上がりビルとビルの間の狭い路地に飛び込んだ。
そして体を起こすと乱れた呼吸を無理やり整え通信機のスイッチを入れ報告した。
「こちら1号機、作戦失敗!両機行動不能!2号機生死不明!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます