第1章「ギフテッド」16
「さて、用件はこれだけですか? でしたら一刻も早くこの教会から立ち去ってもらいたいのですが」
「そうしたいのは山々なんだが、今日はもう一つ用がある」
そう言って隼人は裕輝に視線を向ける。エレノアも裕輝を見る。
二人に見つめられた裕輝は少し緊張しながら「若根裕輝です」と名乗った。
「新入りだ。しばらく俺が面倒を見る」
「まあまあ、貴方も祝福されし『ギフテッド』でしたか。この世にまた一人尊い戦士が生まれましたね」
エレノアは裕輝の前に来るとニッコリと慈愛に満ちた笑顔を浮かべると彼の手を取った。
(手が……手が、めちゃくちゃ柔らかい。めちゃくちゃ暖かい)
裕輝はとんでもない美人に手を握られた経験が残念ながらなかった。後に続く彼女の言葉もろくに頭に入って来ず、ただその手の感触にのみ意識が向けられた。
「でも、いけませんよ。こんな不届き者に教えを請うなんて。今すぐに洗礼を受けて、教会に所属しなさい」
握られた手にのみ意識が向けられている裕輝は何も答えない。
「熱心なリクルートは結構だが、俺の客に手を出さないでくれないか。既に授業料を頂いちまってるんでな」
「また金ですか。こんな幼気な少年からも毟り取るとは、恥を知りなさい」
「アンタには関係ない。それにコイツは金持ちだ。ちょっとやそっとの出費なんて屁でもないだろう。俺には金が必要なんだ」
「人は心の安寧さえあれば貧しくとも生きていけます。祈りなさい。さすれば貴方のような人間も救われます」
「祈って腹が膨れるかよ」
隼人の言葉を無視してエレノアは裕輝の手を放して祈るために手を組む。いや、手を組もうとした。しかし、結局彼女が手を組むことはなかった。彼女の指が手を上げた際に裕輝の胸にかかる指輪に触れてしまったが為に。
その瞬間、エレノアは目を見開いて裕輝を見る。それを見た隼人は「マズった」と呟いてエレノアと裕輝を引き離しにかかる。
しかし、隼人の対処は遅すぎた。次の瞬間には目を疑うような光景が繰り広げられたからだ。
裕輝は自分の頬を自分の拳で思いっきり殴りつけた。
横に倒れる彼の身体を隼人は受け止める。そして尚も自身を殴り続けようとする裕輝の腕を掴みエレノアを睨みつける。
「テメェ、今すぐ止めさせろっ‼︎ コイツにコレを持たせてんのは俺だ‼︎」
隼人に怒鳴られたエレノアはすっと目を閉じる。
すると裕輝は自分を殴ろうとするのを止めて、キョトンとした顔で自分の拳を見つめる。
「あれ、僕は一体何を……」
そう言った裕輝は顔面に強烈な痛みを感じた。
裕輝は自分の頬をさすろうとして触れた瞬間、走る痛みに手を引いた。
「痛った‼︎」
「大丈夫か?」
「ダメかもしれないです。滅茶苦茶痛いです」
「そんだけ喋れんなら大丈夫だ」
隼人は裕輝の身体から手を放して再びエレノアを睨みつける。
「さすが『血塗れ修道女』の異名を取るだけのことはある。誰かれ構わず牙を向けてりゃ、そりゃそんな名前をつけられるってわけだ」
「お引き取りを。汚れた貴方たちと言葉を交わしたくはありませんので」
「言われなくとも、こんな胸糞悪いところ一秒でも居たくねぇ」
隼人はそう言うとエレノアに背を向けてさっさと出口へと向かう。裕輝は訳も分からずその後を追う。エレノアはただ二人が出ていくのを睨みつけていた。
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