第1章「ギフテッド」15

 隼人は修道女に見惚れる裕輝を一瞥して彼女の元へ歩き出す。慌てて裕輝もその後を追う。

「よう、シスター・エクレア。土産を持ってきた」

 隼人は片手を挙げて、気軽な口調で修道女へ話しかける。

「私の名前はエレノアだと、一体何度言えばその小さな脳みそに刻み込まれるのでしょうか。ゴミ」

「あんただって一緒じゃねぇか。俺の名前は五味だ。初っ端から噛みつくなよ。ジャレ合いだろ」

「あなたとジャレ合うつもりは微塵もございません。汚らわしい金の亡者とは」

「金を卑しいと考えるなんて随分とカビ臭い教義だ。そんなんだから臆病な大学教授にシェアを奪われんのさ。もっともその発端は随分と汚い金の臭いからだったと記憶しているが」

 エレノアと名乗った修道女は鋭い目つきで隼人を睨みつける。

 先ほど振り向いた時とは一転して醸し出す雰囲気が刺々しいものになる。聖母は何処にと言いたくなるほどだ。

 裕輝は彼女の変化に面食らっていた。あまりにもその見た目と醸し出す雰囲気のギャップが激しいが故に。

 裕輝は隣にいる隼人の顔をちらりと横目で見る。涼しい顔で彼女に視線を向けているが、その額にはうっすらと汗が滲んでいた。

 しばらく静寂が場を支配した後、エレノアは睨むのを止めて刺々しい雰囲気を幾分か和らげる。すると、隼人は短く息を吐いて肩の力を抜いた。

「そう軽々と教会所属の『ギフテッド』が『才能ギフト』を使っていいのか?」

「私の『才能ギフト』は教会に敵対する者には一切の慈悲なく行使されます」

「俺は教会に敵対した覚えはない」

「普段の行いですよ。信用に足る振る舞いをなさい」

「精々、精進させてもらう」

「よろしい。では、持参の品を拝見させてもらいましょう」

 エレノアは裕輝の方を見向きもせずに隼人に歩み寄る。

 裕輝は自分が蚊帳の外に置かれていることを不満には思わなかった。なんとなく彼女とは関わり合いたくないと本能が訴えていたからだ。故に口を挟まず黙って二人の遣り取りを眺める。

 隼人は内ポケットから例の鏡を取り出すとエレノアに渡した。

 彼女はそれを受け取ると、裕輝と同じように中を覗き込む。そして、「フンッ」と鼻で笑う。

「小物ですね。間違いなく『下級悪魔』です」

「だろうな。秒で片付いた」

「支払いはいつもの口座に?」

「ああ、頼む」

「わかりました。では」

 エレノアはそう言うと持っていた鏡を足元に落とした。当然、鏡は割れてしまう。更に彼女は鏡の破片を何度か踏みつけてそれを粉々にした。

 ヒロキはその所作を見て、正直引いた。ドン引きだ。こんなにも美しい女性が荒々しい動きをすると込められた恨みつらみが見えてきそうだった。

「……いつも思うんだが、アンタのそのやり方は野蛮過ぎないか」

「これは鏡に閉じ込めた『悪魔』を殺すのに最も容易で確実な方法です。非難される謂れはありません」

「それはそうなんだが、絵面がな」

「『悪魔』との戦いに綺麗も汚いもありません。あるのはただ『悪魔』を如何に殺し尽くすか、その一点のみです」

 隼人は苦笑いを浮かべると両手を挙げた。お手上げのポーズだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る