第1章「ギフテッド」12
そして、記憶遡っているうちに気がついた、というか思い出したことがもう一つ。あまりに衝撃的な出来事が続いたために忘れていたが、裕輝は男の持っていた鍵を飲み込んでまっていた。つまり、どうなるかわからない爆弾が体の中にあるのと同義。突然、鍵が巨大化して腹を突き出てきたら目も当てられない。シュール過ぎて笑い話にもならないだろう。
裕輝は慌てて「そういえば」と切り出した。
「僕、あの男に鍵を飲まされたんですけど」
隼人はタバコをふかしながらスマホを取り出して「ふーん」と相槌を打つ。
「いや、ふーんじゃなくて」
「それがどうかしたのか?」
「隼人さんも見たでしょう! あの男が鍵の大きさを自在に変えていたところを」
「ああ、見たな」
「だったら、わかるでしょう。もし、その鍵が僕の中で突然大きくなりでもしたら——
「それは、ない」
隼人はスマホを見ながらきっぱりと断言した。
「お前も見たはずだ。道に捨てられた巨大な鍵を」
裕輝は思い返す。確かに男は裕輝に己の『権能』を示すため、最初に鍵を大きくして見せた。そして裕輝が驚くのを見るとそれを道端に放り投げていた。
「恐らくあの鍵はお前に悪魔の力である『権能』を示すために使われたものだろう。鍵を飲み込んでしまったお前を逃げられなくするためにな。だが、大きくした鍵をわざわざ道端に捨てた理由は何だ? 鍵の大きさを自在に変えられるなら元の大きさに戻せばいいだけなのに」
確かに隼人の言う通りだった。鍵はあの男の武器。むざむざそれを捨てる理由はない。だとしたら、捨てざるを得なかったと考えるのが妥当だ。では、どうして捨てざるを得なかったのか。
「そうか。あの男は大きさを一度きりしか変えられない!」
「そう考えるのが自然だ。そしてお前が飲み込んだという鍵。その大きさがまさか普通だったわけがないよな」
「はい。とても小さな鍵でした」
「だとしたら、その鍵はほぼ間違いなく男の『権能』によって小さくされた鍵だろう。ここまで言えばわかるな」
つまり、一度大きさを変えられた鍵を飲み込んでも全く害はない。その鍵が再び大きさを変えることはないのだから。
道に捨てられた鍵を見ただけでそこまで看破するとは。裕輝は思わず「すごい」と声を漏らしていた。
「戦いで敵の力を把握するのは初歩の初歩。やらねぇ奴は余程の強者か馬鹿かのどちらかだ。生憎、俺はどっちでもない」
裕輝がスマホを見ながらそう呟く隼人の横顔を見ていると、横から学ランの袖を引っ張られた。蘭が満面の笑みで裕輝を見つめていた。
「隼人、結構頭いいでしょ」
「はい。素直にそう思います」
裕輝がそう言うと、蘭は我が事のように喜びながら頷く。
「普段はバカみたいなところもあるけど、基本バカなんだけど、いつもバカなんだけど——
「それじゃただのバカじゃねぇか」と隼人が横からツッコむ。
「だけど、いざ戦いのこととなると頭が回るようになるの。隼人は」
蘭は隼人の背中をポンと叩く。
「だから、とりあえず隼人を頼るといいよ。そうすれば、少なくとも死なないはず」
「それは名案じゃな」
店の奥から戻ってきたマスターも蘭に便乗して頷く。
「とりあえずはコイツから色々と学ぶとよかろう。生き残る術を」
隼人は顔を上げて嫌そうな顔をする。
「冗談じゃねぇぞ。俺は子守は御免だ」
「じゃあ、隼人は裕輝くんを見捨てるの? 今ここで彼を放り出したら見殺しにするのと一緒だよ?」
隼人は「ぐっ」と口を噤む。裕輝は理解していた。これは蘭とマスターが出してくれて助け舟だと。今この舟に乗らないと寄る方を失うことを。
「隼人さん、お願いします。助けてください」
裕輝は椅子から立ち上がると勢いよく頭を下げる。先の戦いの際、城壁のように頼もしく思えたその背中を思い浮かべながら。
隼人は舌打ちをすると「頭を上げろ」とぶっきらぼうに言う。
「俺はボランティアが大嫌いだ。それ相応の金を頂戴するぞ」
裕輝は頷いて自分のリュックを漁る。
「ま、無理は言わねぇよ。後払いで——
「いくらですか?」
裕輝はマスターと隼人から中身を空っぽにされたのとは別の財布を手に持っていた。
「とりあえず、今あるのはこれくらいなんですけど」
裕輝は財布から一万円札を十枚抜き取って隼人に差し出す。
「おまっ、これ⁉︎」
隼人は目を丸くして差し出されたお札を見る。
「馬鹿だのう、お前は。だから、わしは「相手を見て相場を決めとる」と言うただろうが。この子、どう見てもボンボンじゃろうが」
「いや、でも、マジか! 財布、二つ目⁉︎」
隼人はあからさまに狼狽ながら立ち上がる。裕輝は照れながら「この財布は何かあった時に、と母が持たせてくれるんです」と二つ目の財布の説明をする。
「だから、金ならありますよ?」
ド貧乏な隼人はその言葉に衝撃を受けた。「金ならありますよ?」だと。そんな台詞言ってみてぇ、と。
完全に打ちのめされた隼人はがっくりと膝から崩れ落ちた。「馬鹿じゃな」「バカだね」という二人の言葉を聞きながら。
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