第1章「ギフテッド」11
途方に暮れる裕輝を横目に隼人はマスターと話を始めた。
「ジジイ、そういやコイツの分の金をまだ貰っちゃいなかった」
隼人はカウンターの上で伸びている男を見ながら言った。
「相場はどれくらいだ?」
マスターは男の身体を検分し「ふむ」と呟いた。
「下級悪魔の入れ物にしかならんだろう」
マスターは指を三本立てる。
「三十とは気風がいいな」
「その場合、支払いは千円札でさせてもらうがな」
隼人は舌打ちをしてマスターから三万円を受け取るとそれをポケットに突っ込んだ。
裕輝はそれを不思議そうに見つめる。一体どのような取引が行われたのかわからなかったからだ。
マスターは金を払うと、その細腕で意外な怪力を発揮して男の身体を軽々と担ぎ上げると店の奥に引っ込んだ。
裕輝は隼人に言われた通りわからないことを考える。今二人の間でどのような取引が行われたのかを。まずは二人の会話を思い出す。「コイツの分の金」「相場はどれくらい」「下級悪魔の容れ物」そして隼人は金を受け取り、マスターは男の身体を引き取った。男の身体を引き渡すことで報酬を受け取ることができるのだろう。
では、一体男の身体にどのような価値があるのか。「下級悪魔の容れ物」というのが引っかかる。悪魔が人の身体に乗り移ることでこの世界にやって来ることは知っている。しかし、隼人の口ぶりでは誰でも彼でも乗り移れるとは限らないようだった。悪魔が乗り移れる人間は限られている。それは、つまり悪魔が乗り移れる人間の身体にはそれだけで悪魔にとって価値があるのではなかろうか。
そこまで考えて裕輝は衝撃的な結論に至った。
「隼人さん、もしかして二人は悪魔の味方を?」
隼人は裕輝の言葉に一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにニヤリと笑った。
「ちゃんと頭を使ってるじゃないか。大事なことだ。生き残るためには」
隼人はタバコを取り出して火を点けた。
「どうしてそう思った?」
「あの男の身体はきっと悪魔にとっては価値あるものだからです」
隼人はフーッと煙を吐き出す。
「過程は良い。だが、結論に問題がある。悪魔にとって都合のいいことをしたら、それは全て悪魔だけの為なのか?」
「違うんですか?」
「違うな。俺にとってあの男の身体はどうでもいい。それと引き換えに得られるものにこそ価値がある」
「金ですか?」
「そうだ。俺は俺のために、金のために悪魔と戦う『賞金稼ぎ』だ。『ギフテッド』が戦う理由なんて千差万別。皆が戦いから解放される為に戦っているわけじゃない」
「マスターはどんな理由で男を?」
「言っただろ。ジジイは中立。俺らにも味方するが、悪魔の側にも力を貸すんだ」
「あの男はどうなるんですか?」
「新しい悪魔があの男の身体に乗り移ることになる」
「それじゃ、マッチポンプじゃないですか」
「いいんだよ。それが自分の戦う理由に合致していれば」
「戦う理由に……」
「そうだ。悪魔との戦いで大事なのは「自分がどうして戦うのか」それだけだ。お前もそれを見つけないといけない」
「どうしてですか?」
「理由がないと、いつの間にか戦う為に戦うことになるからだ。それは必ずと言っていいほど悲劇を生む」
「戦う為に戦う……」
「そうだ。理由もなく、ただ戦っている連中は悲惨なもんだ。何のために戦っているのかを見失い心を摩耗させる。そして破滅的な最期を迎えるんだ。誰もが哀れむような」
今の裕輝には戦う理由なんて言われてもピンとこない。例え戦いに巻き込まれたとしても一番に思うことは死にたくない、だろう。後は痛い思いをしたくないとか、怖い思いをしたくないとか、その程度だ。立派なお題目なんて掲げられない。
「戦う理由になるかはわかりませんが、今は死にたくないって思うだけです」
「当面はそれでもいいんじゃないか。死にたくない、ってのは人として当たり前だからな。今日だって死にたくないから叫んだんだろう。鍵が降ってきた時」
裕輝は思い返す。巨大化した鍵が頭上に迫った時、突然頭に思い浮かんだ画に従って無我夢中で叫んだのだった。そういえば、その時頭に浮かんだ画。あれこそ自身の『
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