第1章「ギフテッド」7
裕輝は再び咳払いをする。これ以上焦らされるのは精神衛生上よろしくない。
「では、質問だ。この男はどうやってお前を『ギフテッド』だと見抜いたか?」
裕輝は三十分前まで自分がその『ギフテッド』であることすら知らなかった。当然、なぜ自分が『ギフテッド』であることを見抜かれたかなんて知る余地もない。少し考えて、いや考えたふりをして「さあ」とだけ答えた。
その答えを聞いた隼人は眼光を鋭くし「お前、本当に考えたか?」と聞き返す。裕輝は言葉に詰まる。しかし、何も知らない自分にそんな質問をするのは土台間違っていると思い反論した。
「いや、分かりっこないですよ。だって、僕は何も知らないんですよ」
「そんなことはない。お前はもう知っているはずだ。天使も悪魔も『ギフテッド』も『悪魔憑き』も、その両陣営が争っていることも。そして、俺やジジイが『光』という単語を使った場面を知っている。知らないフリをするな。分からないことは推測しろ。お前はもう傍観者を決め込むことは許されない」
予想以上に厳しい口調で叱責された裕輝は面食らった。しかし、隼人の真剣な眼差しを見て考えを改めた。
(そうだ。傍観者ではいられない。既に僕はこの訳のわからない状況の当事者なんだ。さっき殺されかけたばかりじゃないか)
裕輝は現実味のない話の数々を現実だと受け入れる努力をする。そして考える。なぜ男は自分を『ギフテッド』だと見抜けたのか。
大勢の中から特定の人間を探す時にはどうするか。探す人間の特徴を捉えてその他大勢と区別する。そうすれば自然と探す人間が浮かび上がる。
『ギフテッド』の特徴、その他大勢との違いは何だろうか。見た目に大差はない。当然だ。『ギフテッド』は人間なんだから。見た目ではない何か。
確か男は「その『光』を見れば一目瞭然」と言っていた。もしや『ギフテッド』と普通の人との違いはその『光』が関係しているのか。隼人は「無警戒に『光』も隠さず」と言った。マスターは「無遠慮に放たれている『光』」と言った。
裕輝はそこまで考えて一つの答えに辿り着いた。
「『ギフテッド』と普通の人との違い、それはきっとその『光』なんだ。それが何だかは分からないけど、僕もそれを持っている。だから、その人は僕を『ギフテッド』だと見抜けたんだと思います」
裕輝の答えを聞いて隼人はニヤリと笑った。
「ま、及第点だな。やりゃできるんなら最初からやれよ」
「隼人って素直じゃなーい。普通に誉めてあげればいいじゃん」
「うるせぇな」
隼人はそう言ってタバコを吸い始めた。
「『光』ってのは、文字通り俺たち『ギフテッド』から放たれている光のことだ。俺たちは天使から祝福されたことで光ってるんだ」
「光ってる……」
裕輝は自分の身体を見渡した。しかし、どこも発光なんかしていない。
「ああ、違う違う。光ってんのは身体じゃなくて、ここだ」
そう言って隼人は親指で自分の胸を指した。
「心臓……ハート、心ですか?」
「そうだ。一定の訓練さえ積めば誰でも人の心が発する『光』を見て取れるようになる」
裕輝は自分の胸を見る。当然、『光』なんてこれっぽっちも見えない。
「見えないよ。私にも見えないもん」
「勘違いするなよ。蘭は一応訓練を受けた。細工をしていない『ギフテッド』の『光』なら難なく見ることができる」
「一応じゃないもん。ちゃんとしたもん」
「お前の『光』は俺にも見えない。何故だかわかるか?」
裕輝には思い当たる節があった。自分の首から下がる指輪を手に取る。
「それは『悪魔の遺物』と言ってな、『聖遺物』と対をなす代物じゃ。それには悪魔の呪いが込められておる。お主ら『ギフテッド』が心から放つは信仰の『光』。悪魔にまつわる物を身につけておれば自然とその『光』は失われる」
「これが僕の信仰を打ち消してくれているんですね」
「そう。故に肌身離さず持つのじゃ。死にたくなければな」
ここで一つの疑問が浮かび上がってくる。
裕輝はクリスチャンではない。どこかの宗教を信仰しているわけではない。年始には初詣に行き、夏にはお盆を冬にはクリスマスを過ごす典型的な日本人だ。信仰心なんて意識したこともない。だというのに、なぜ信仰の『光』なんてものが発せられるのか。それを問う。
「あー、理由は色々あるみたいなんだが、要は何かを信じることをしない人間はいないってことだ。たとえ神様を信じていなくたって、別のものを無意識に信じているはずなんだと」
「無意識に信じている、ですか」
「そうだ。神ってのは絶対の存在。理不尽に直面した人間が生み出した回答の一つ。人間は神じゃなくたって別の理不尽への回答を用意してる。例えば、神を運命に置き換えてみても違和感はあまりないだろう?」
裕輝は「うーん」と唸りながら頷いた。何となくわかるようで、わからない。
「ともかく、信仰心が薄いと言われている人間でも『ギフテッド』になればその心から『光』が漏れる。それが事実。現にそれを目印に悪魔が襲ってくるんだ。それさえ知っとけば十分だろ」
隼人は手を打って「この話はおしまい」と言った。何となく釈然としないながらも裕輝はとりあえず納得した。
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