第1章「ギフテッド」5
「これからは問答無用で悪魔から狙われる」と無慈悲な追い討ちをかけられた裕輝は茫然自失としていた。
隼人は何やら難しい顔をしてスマホに向かっている。
マスターは店の奥に引っ込んでしまった。
店内はしんと静まり返っている。
そこに響き渡るカランというベルの音。誰かが店内に入ってきたようだ。裕輝は振り返って入ってきた客を見る。そこには身長140センチくらいの小さな女の子がいた。髪は左右でまとめたツインテール、セーターの上にコートを羽織ってミニスカートにブーツを合わせたコーデで、頑張ってオシャレをしている小学生といった感じだ。
(迷い込んで来ちゃったのかな?)
裕輝は少女の元まで行くと目線の高さを合わせて「どうしたの?」と優しく声をかけた。小学生がバーにいるところなど他人に見られたら大変だ。早くお家に帰してあげないと、という当然の使命感に駆られての行動だった。
少女は俯いて涙声になりながら「お母さんとはぐれちゃった」と言った。
(困ったなぁ。さっきの話を聞いて外を出歩く勇気はないし。かと言って、このままこの子を放っておくのを)
裕輝の心配を余所に隼人は相変わらずスマホを難しい顔で見つめている。
「隼人さん。この子、お母さんとはぐれちゃってここまで来ちゃったみたいなんですけど」
隼人はようやく顔を上げて裕輝と少女を見た。
「この子って誰だ?」
「は? いや、だからこの子が……」
そう言って裕輝は隣で涙ぐむ少女を見る。隼人は溜め息を吐くと再びスマホに視線を戻す。
「ちょっと、隼人さん!」
「そいつのことは放っておいていいから。戻ってこい」
「いや、でも……」
「ラン、からかうのも大概にしとけよ」
少女はぷくーっと頬を膨らませると「つまんなーい」と言って、裕輝を置き去りにして隼人の隣に腰掛けた。裕輝は状況が飲み込めず入り口で動けずにいる。
「お前が何を気にしているのかはわかるが、何も問題はない。こいつはお前より年上だ」
裕輝が「えっ⁉︎」と驚くの同時に、
「
蘭と名乗った少女が満面の笑みで自己紹介をする。裕輝は戸惑いを隠せずにいたが、どうにか「よ、よろしくお願いします」とだけ返した。
「うんうん、よろしくね。ところで、君のお名前は?」
「若根裕輝です」
「裕輝くんだね。何年生?」
「高校二年です」
「ふーん」
蘭は裕輝をジロジロと値踏みするかのように眺める。そして、一言「いいね」と言った。その時、一瞬見せた蠱惑的な笑みに裕輝は思わず背筋が寒くなった。
蘭はすぐに先程と同じ明るい表情に戻ると裕輝に「今夜、どう?」と尋ねる。
「どうって……何がです?」
裕輝は首を傾げて蘭に聞き返した。
「もう野暮なんだから。男と女が夜にすることって、一つしかないでしょ?」
裕輝は蘭の言葉の意味するところを理解し、赤面しながら両手と首をブンブンと横に振った。
「そっ、それはダメでしょっ‼︎ ダメですっ‼︎」
蘭は口を尖らせて隣に座る隼人の体にしなだれ掛かる。
「あーん、フラれちゃったぁ〜」
隼人はそれを意にも介さずスマホに見入る。
「ラン、寂しい。今夜は隼人が相手してよ」
蘭は隼人の耳にふっと吐息をかける。隼人は無言で蘭の顔を掴むと体から引き離した。
「うるせぇぞ、クソビッチ。誰がお前なんかと寝るか」
「違うもん! ビッチじゃないもん! ただ愛が多いだけ!」
「それを世の中じゃ、ビッチと言うんだ」
「なによ、せっかく枯れた青春送ってる隼人にいい夢を見させてあげようとしたのに」
「余計なお世話だ」
蘭は不貞腐れながらスマホを弄りだした。裕輝は席に戻ると隣に座る隼人に疑問を投げかけた。
「ところで、お二人はどういう関係なんですか?」
「腐れ縁だ」
「幼馴染だよ」
隼人と蘭が揃って答える。
「あー、つまり、昔からの仲ってことですね」
「そう! 幼稚園から大学まで一緒なの」
「スゴイですね。大学まで一緒っていうのは中々ないですからね」
そう言って、裕輝はふと自分の言葉を思い返して「大学?」と聞き返した。
「大学がどうかしたの?」
蘭は首を傾げてぱっちりしたお目々を裕輝に向ける。
「いや、その……大学……生?」
裕輝は戸惑いがちに隼人へ視線を向ける。それを見た蘭はぷくっと頬を膨らませて大爆笑し始めた。隼人は顔を上げて裕輝を見る。
「大学生だ。悪いか?」
ガタイの大きな隼人がドスを効かせるとそれだけで虫が殺せてしまえそうな迫力になる。裕輝は急いで「悪くないです」と否定した。
「でも、なんで学ランを?」
隼人はしばらく黙った後、
「服買いに行くのが面倒だから」
と、そっぽを向いて答えた。
「違うよ。本当は服買うお金がないんだよ。隼人はド貧乏だからね〜」
大爆笑の余韻が抜けきらない蘭が笑いながら隼人の言葉を訂正した。隼人は舌打ちすると、タバコを吸い始めた。
「ああ、お金が……」
「そう。隼人は銀行と競馬場を間違えちゃうおっちょこちょいだからね〜。お金が入るとすぐに競馬場に預金しに行っちゃうの」
「間違えちゃいねぇよ。好きで使ってんだ」
「それで服の一つも買えないなんてお笑いでしょ?」
蘭は笑いをこらえながら裕輝の方を向いた。なんと言ったらいいのかわからなかった裕輝は、とりあえず「大変ですね」とだけ言っておいた。
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