第1章「ギフテッド」4
「悪魔……」
裕輝は声に出してみたが実感は沸かなかった。それも無理からぬ話。普通の人はスーツを着たいかにもサラリーマン風の男の人が実は悪魔でしたなんて言われても頭から信じるのは難しい。
しかし、一方で裕輝はこの男がただの人間ではないと思わざるを得ない光景を目にしている。手に持った鍵の大きさを自在に変化させた不思議な現象。隼人に鏡を向けられた際に上げたこの世のものとは思えない断末魔の叫び。
どちらも裕輝の持つ常識では説明がつかない。このカウンターの上でピクリとも動かない男は普通ではない。それだけは裕輝も実感を伴って理解できた。
「正確には『悪魔憑き』だ。悪魔に『心の狭間』を見出されて身体を乗っ取られた人間だ」
「人間……なんですか? とてもそうは見えなかったんですけど」
「元人間じゃ。悪魔に支配された人間はその心と身体の一切を悪魔に奪われる。それは例え支配していた悪魔が消え去ろうとも永遠に戻ることはない。そこの男も二度と目覚めることはない」
裕輝はゴクリと唾を飲んだ。
男には息がある。死んではいない。あれだけの爆発に巻き込まれていながら火傷の痕すらない。傍目には今すぐに起き上がってもおかしくないように思えるが、今の話だと彼が起き上がることは二度とないらしい。男は既に生きながらにして死んでいる。
先ほども述べたように裕輝は今まで人の生死に関わるような事態に直面したことはない。これは大変なことに巻き込まれたと改めて感じた。
「その悪魔たちなんだが、奴らどうやら自分たちが住む地獄を大層嫌ってるそうだ。全くロクな場所じゃないってな。それで人間の身体をぶん奪ってこの世界で好き放題暴れてる」
「じゃあ、この人みたいなのが大勢いるってことですか?」
「うろちょろしとるよ。君の想像よりは」
「大変じゃないですか。こんな訳も分からない変な力を使う人たちが外を歩き回っているなんて」
裕輝はふと自分の台詞に違和感を覚えた。裕輝が言う「変な力」を彼は先の現場で二つ目撃している。一つは男が見せた鍵の大きさを自在に変える力。そしてもう一つは突如として発生した謎の爆発。これは隼人が起こしたと先に確信している。
裕輝はそこから導き出した結論に戦慄した。
「隼人さん、あなたも……」
裕輝の恐怖の混じった声を聞いて隼人はニヤリと笑いながら「大丈夫」と言った。
「俺は悪魔じゃない。むしろその逆」
「逆?」
「俺は天使から『
「『ギフテッド』……」
「そう。天使は悪魔が人間界に出てくるのを許さない。その為に人に『
裕輝はスケールの大き過ぎるあまりに現実離れした話に思わず呆気にとられていた。故に、口からこぼれてきたのは「すごいですね……」という間の抜けた言葉だけだった。
「随分、呑気な答えだな」
隼人は笑いながら咥えていたタバコの火を消した。
「お前さんも既にその一員。天使から『
裕輝は一瞬マスターが何を言っているのか理解できなかった。
しかし、その言葉を理解した時、自然と口から大きな声がこぼれていた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎」
裕輝の絶叫はしばらく狭い店内に木霊した。
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