第1章「ギフテッド」3
傍から見れば高校生から金を巻き上げている悪い大人にしか見えない。事実は大して変わらないのだが。
裕輝は一万円札をもう一枚グラスに入れる。もう一枚入れる。もう一枚。するとマスターはにっこりと笑って札の入ったグラスを先と同じ場所へ移した。
「ジジイ、容赦ねぇな」
「わしは相手を見て相場を決めとるからの」
「尚更手加減してやれよ。やっぱアンタの方が欲深だ」
隼人はマスターに非難の視線を向けた後、裕輝の財布に残った最後の一枚を抜き取った。
「俺はこれで充分だ」
そう言って抜き取った一万円札をポケットにねじ込んだ。裕輝としてはもっと取られるんじゃないかと覚悟していただけに、隼人が一枚でいいと言ったのには意外感を覚えた。
「それじゃ、金に見合った仕事をしないとな」
隼人はそう言ってスマホで誰かに電話をかけ始めた。通話の内容からして誰かをここに呼ぶみたいだ。話はすぐに済んだようで三十秒もしないうちにスマホをしまった。
「丁度こっちに向かっていたらしい」
「手間が省けたの」
マスターは裕輝のグラスにコーラを、隼人のグラスにはハイボールを注いだ。隼人がそれに口をつけるのを見て裕輝もコーラをぐいっと飲んだ。
「ところで、お前自殺の経験とかある?」
隼人の唐突な問いかけに危うく裕輝は飲んでいたコーラを吹き出しそうになった。裕輝はゴホゴホとむせながら「どんな質問ですか」と答える。
「いいから。これからする説明の導入だよ」
裕輝はついさっきまで人並みの平凡な生活を送ってきた。これまで特に大きな事件や事故に巻き込まれることもなかったし、学校生活も家庭環境にも何ら問題はない。むしろすこぶる良好だ。当然、自殺未遂なんてしたこともないし、しようと考えたこともない。
「いや、ないです」
「まあ、そうだよな。そんなに切羽詰まった環境に身を置いているとは思えないもんな。経験があるなら話は早かったんだが」
隼人は少し残念そうな顔をした。
自殺の経験がないことを咎められるなんて裕輝は夢にも思わなかった。普通、逆だろう。なんだか理不尽な気がした。
「質問を変える。人は死ぬとどこに行くと思う?」
これもまた突拍子もない質問だが、裕輝は大人しく質問に答えることにした。その方がスムーズに話が進む気がしたから。
「……天国とか地獄じゃないですかね。本当にそんなところがあれば、ですが」
裕輝の答えを聞いて隼人は頷いた。
「そうだ。生前の行いによってどちらかに行くことになる」
裕輝はこれから新興宗教の勧誘でもされるんじゃないかと少し身構えた。しかし、隼人は裕輝のそんな心配など余所に話を進める。
「俺も行ったことも見たこともないが、どうやらそれは本当にあるらしい。そして、そこにはこの人間界と同じく住人がいる。天国には天使が、地獄には悪魔が」
「今日お前さんが不運にも出会したそこの男。其奴は悪魔じゃ」
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