序章「ボーイ・ミーツ・ボーイ」4

 若根裕輝は一連の出来事を伏せながらただ呆然と眺めていた。

(これは夢だろうか。夢ならば早く覚めてほしい)

 裕輝は自分の頬をつねってみたが、目の前の光景が消え去ることはなかった。

(夢じゃない。これは、夢じゃない。現実だ)

 裕輝は立ち上がり小さな鏡を覗き込んでいる青年を見る。青年は頷いて鏡を学ランの内ポケットにしまう。そして糸の切れた人形のように動かなくなった男の身体を肩に担ぎ上げた。呆気にとられている裕輝と青年の視線が交錯する。

 一瞬、沈黙が場を支配した。

 口火を切ったのは青年の方だった。

「お前、『光』も隠さずに何してる」

 問われた裕輝は相変わらず口を大きく開けて呆けていた。

「それに戦えないなら、そう『才能ギフト』をポンポンと使うもんじゃねぇ。すぐに奴らに嗅ぎつけられるぞ」

 尚も呆けている裕輝を不審に思った青年は近づいてその頭をパシンと叩いた。

「あ痛っ!」

 思った以上の痛みに裕輝は涙目になりながら青年を見上げる。

「目、覚めたか?」

 裕輝は頭をさすりながら「はい」と答えた。

「そいつは結構。で、こんな所で何してた」

 何をしてたと言われても裕輝は困ってしまう。むしろこちらが教えて欲しいくらいなのだから。とりあえず青年に担ぎ上げられている男を指差しながら「その人に無理やり連れてこられて」と言った。

「なるほど。まあ、無警戒に『光』も隠さず『才能ギフト』を使っていれば、嫌でも奴らの目につくだろうな」

「奴らって誰ですか?」

 裕輝がそう問いかけると青年は眉をひそめて怪訝そうな顔をした。

「悪魔に決まってんだろ。馬鹿にしてんのか?」

 裕輝は首を大きく横に振って「馬鹿になんて」と急いで否定した。

「僕、この状況をまるで理解できなくて。一体、何がどうなっているんですか。あの爆発もその男の人も」

 青年は目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。

「お前、まさか何も知らないのか?」

「何を知らないのかもわかりません」

 青年は裕輝を見つめる。その困惑に満ちた表情も、不安げな眼差しも演技ではなさそうだ。嘘を吐いているわけではない。つまり、本当に何も知らない、と判断するのが妥当だと青年は判断した。

 青年は裕輝に背を向ける。

 裕輝は直感で悟った。今ここで彼を呼び止めなければ自分は遠からず破滅を迎えると。

「あのっ——

 裕輝の焦りを含んだ呼びかけを遮って、青年は振り向きながら口を開いた。

「ついてくるか?」

 裕輝はコクコクと頷いて青年の背を追った。


 斯くして二人は出会ったのだった。

 この出会いが後の世を大きく変えることになろうとは、未だ誰も知る由はなかった。

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