変更する30話

「人間?」


 俺からリザードマンが見えるということは、また逆も然りなので、リザードマンは俺の姿を見るなり、呆けた声を出した。


「…………」


 ぼっち体質もあり、いきなりの邂逅に弱い俺は、硬直する。


 ……というか、だれでも目の前に血塗れのリザードマンがいれば黙ってしまうだろう。


 ……血塗れのリザードマンってなんかかっこいいな……。


 俺とリザードマンは硬直したまま見つめ合う。


「兄様、その人は敵じゃないわ」


 そこで、後ろから声が聞こえた。


 鈴の様な美しい声。


 俺の持っている明かりの範囲に入ってきたのは、同い年くらいの女の子だった。


 プレイヤー?


 そんな疑問が出てくるが、直ぐに違うことが分かる。

 その女の子の首に、リザードマンのような鱗がうっすらと着いていた。

 それに、耳が不自然に尖っている。


 少し面倒な手順を踏み、更に肉体的な変更を許されないこのゲームで、そんなプレイヤーはほぼありえない。


「あー、俺達はクエスターだ。

 この鉱山の調査に来ている。

 あんたらは見たとこここいらの人間には見えないが、どうしたんだ?」


 そこは歴戦というかなんというか、ゲーム歴の長いジカさんが対応する。


「ここいらの人間……?」


 少し、リザードマンの顔色が悪くなったように感じた。


「あなたたちは、歴史の至る所にあらわれる。

 それは須らく平等」


 すると、女性のリザードマンはゆっくりと話し始める。


 そして次の瞬間、土下座した。


「うえっ?!」


 ジカさんも驚いたようで思わず声を上げていた。


 俺も驚いてしまったが、驚きが通り過ぎて無反応になってしまった。


「私たちから報酬に関しては十分に支払わせていただきます。

 なので、なので、お願いです、力を貸してください……」


 深々と頭を下げる女性のリザードマンに、俺は何も言えなかった。


 ジカさんも、何も言えない。


 いや、言えない、ではなく、言う余力がない、というべきか。


【クエスト変更

 リザードマンを救え

 クリア条件:リザードマンの願いを叶える】


 ログに表示された初めての表記。


 クエスト変更。


 ジカさんに目配せすると、頷きが帰ってきた。

 つまり、別に悪い事が起きているわけじゃない。


「分かりました。

 それじゃあ、俺らからは報酬にここの鉱山の黒鋼を要求します。

 量に関してはそちらにお任せしますので、依頼の内容をお話ください」


 ジカさんは堅苦しい言葉で女性のリザードマンの頭を上げさせた。











『旅は道連れ世すらも道連れ』











「まずは、私共のことから」


 男女のリザードマン2人に案内されながら進む先は、洞窟の奥深く。


 どうやら、この二人のリザードマンは元からこの洞窟の近くに住んでいたらしい。


 特に大きい規模ではないリザードマンまんの村。


 主に鍛冶を営み、街へ売ることによむて稼ぎを得ていたリザードマン達は、この鉱山をよく利用していたという。


 しかし、転機が訪れた。


「人間が出入りするようになったのです」


 その人間は、最初は弱々しそうな老人達。


 力もなく、無駄な殺生は辞めておこう、と彼らはその人間達を見逃していたが、それが間違いだった。


「彼らは、この鉱山を自分のモノのように扱い、私たちを襲ったのです」


 どこからか雇った人間達を使い、鉱石を彫らせたらしい。


 俺らからしたら、それはクエスターの仕業なのだろうと直ぐに検討は着いた。


 そうして、村に少なくない犠牲が出始めた辺りで、彼らはこの鉱山を捨てることにした。


「そこからは、特に何も無かったのです。

 平穏に新たな村を作り、平穏に生きていた」


 しかし、ある日とある予言があったのです。


「この鉱山の神が荒ぶっている、と」


 この女性のリザードマン……べナさんは、所謂予言者、というものらしい。

 と言っても、基本的には村長をしているらしいのだが。


 そうして舞い込んできた鉱山のモンスターの氾濫の情報。


 人間の村は潰れ、最早どうしようもない状態である、と。


「別に人間はどうなろうといいのです。

 しかし、鉱山の神が、もし私たちのせいで荒ぶっているのだとしたら……」


 原因がわからない。

 それだけに対処の仕様がないし、生半可に関わっているため、自分たちに害がないとも言いきれない。


「そこで、ここにいるガイルと共に、鉱山の調査に来たのです」


 そうして知ったのが、モンスターの異常氾濫。


 鉱山を住処とするモンスターが高山から出て生活している。


 異常なその風景に、べナさんとガイルさんは、即座に行動を開始した。


「まずは数を減らし、援軍を呼び、原因を調べるつもりでした」


 しかし、と付け足したべナさんの顔は苦痛の表情だった。


「この鉱山のモンスターは、争いの果てに、神化していたのです」


「神化しちまったのか……」


 そこでジカさんが辛そうな表情をする。

 俺が説明を求めると、ジカさんは、


「神化、ってのはモンスターの格が上がる……簡単に言うと、強くなるんだ。

 俺ら的な感覚で言うと、難易度が1.5倍上がる」


 この鉱山の元々の難易度が七。


 1.5倍で……十と0.5。


 上級に上がっている。


「私たちでは、攻撃を防ぐことしか出来ず、倒せませんでした。

 ……かといって、数が揃えば勝てるような相手ではありません……」


「彼奴は、硬い。

 ひたすらにだ」


 そこでガイルさんが口を開いた。

 悲痛な声に、俺は唐突に気づく。


 これはゲームのキャラなんだ。


 毎回忘れそうになる事実に、俺は自分で驚いてる。


「それで、俺らに手伝って欲しいと」


 ジカさんの声に、べナさんは頷く。


「貴方はどうかは分かりませんが、ガイルの言葉が事実なら、そこの機械を持っている御仁の攻撃は、通用します」


 そこで、俺が話題に上がった。


 どうやら、防がれたと思った初撃の一発で、ガイルさんの手甲が壊れたらしい。


「その機械は、確かに某の手甲を破壊した。

 この手甲は幾度と彼奴の攻撃を受けたが、砕けなかった一品だ。

 それを一撃で砕いたと言うことは……」


 行けるかもしれない。


 その先の言葉を飲み込んだガイルさんは、俺をもう一度見て、


「彼奴を討ち滅ぼすのを、手伝って欲しい」


「もちろん、貴方達の要求する報酬は、用意します。

 幸いにも、人間達の捜索の荒さが役に立ちました」


「じゃあ、いいよな、諏訪」


「分かりました」


 俺は、ジカさんと共に、この無謀なクエストを受けた。











【いきなりチャットで悪い】


【どうしました?】


【このクエスト、受けるか?】


【いきなりどうしたんですか?】


【いやなに、このゲームのデスペナルティは重い。

 だから選択権は自由にある】


【……確かに、ジカさんはその点に関していえば、どうなんですか?】


【自慢じゃないが、このゲームのためのへそくりがある

 困った時は金で解決だ】


【……金の力は無限大だ……】


【で、お前はどうするのよ】


【あ、それに関してはご心配なく】


【お前も金あるんか?】


【いえ、楽しそうなのでやるだけです】


【え、あの、返事ください】


【ジカさん?!】


【……しばらく笑って文字が入力できなかった】


【…………なんか変なことでも言いましたか?】


【いや、俺も言い方を間違えたよ。

 俺も、面白そうだからやるわ】

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