赤く染まる29話

「困った」


 洞窟に入ってから暫くして、ジカさんはボソリと言った。


 洞窟はまだ入って少しも経っていないが、それでも分かるこの有様。


 洞窟は広がりに広がり、五人程が並んで歩けるほどになっている。


 かなり使い込まれた形跡だが、洞窟内の明かりは存在しているため、道には迷わない。


 俺は音一つしない洞窟の中で言ったジカさんの声に反応する。


「どうしたんです?」


「黒鋼がない」


「えぇ?!」


 いきなりのその発言に俺は驚く。

 クエストに来たのに、クエストをクリアするためのものが無い。


 まるで何時ぞやの猿騒動の時みたいだ。


「どうするんですか?」


「焦るな焦るな。

 こういうことは割とある」


 ちょっとリアル臭い話だけど、と前置きを置いたジカさんは、


「クエストってのは、このゲームの設定上、異世界とか平行世界的なサムシングの依頼を受け取り、そこに人材を派遣する、みたいなものだ」


「そうですね、だからこそあんなにクエストに行くまでが現代でも問題ないですもんね」


「そうだな。

 んでもって、実はクエストにはある特殊な分類があるんだ」


「採取とか難易度ではない、ってことですか?」


 理解が早くて助かる、とジカさんは言いながら、ジカさんは地面をマジマジと見た。


「……引き返すぞ」


 またしてもいきなりの発言。

 俺はジカさんのそんな言葉に意味が分からなくなり、思考停止する。


「説明しながら引き返す。

 とりあえず、今回はここで一旦攻略を止める」


 ジカさんの発言に、俺はますます意味がわからなくなる。


 だが、本人は至って真面目な表情なので、俺は黙って従うことにした。


「それで、話の続きだが、そのクエストの特殊な分類、ってのはリアル型とゲーム型っていう分類だ。

 ま、ざっくり言うとクエストをやっていない最中に時間が進むか進まないかの差だ」


 どういうことなのか分からず、俺が首を傾げていると、


「クエストをやっている時に、クエストに来たのが遅かった、なんて発言をされたことはないか?

 そういうセリフが出てくるのが、基本的にリアル型だ。

 逆に、イベントクエストやWAVE式のクエストはゲーム型のものだ」


「それで、その二つが違うとどんなふうに変わってくるんですか?」


「基本的に、ゲーム型のクエストはあんまり報酬が美味しくない。

 恒常的に受けれる、ってのもあってそうなんだと考えられている」


 しかし、とジカさんは付け足し、


「リアル型は話がガラッと変わってくる。

 リアル型はクエストが発行されてからしばらく経つと、クエスト自体がクリアできなくなる自体が起こる。

 それに、1回受けると消えることが多いのも、リアル型の特徴だ」


「え?

 それって……」


「もしお前が今まで受けた中にリアル型っぽいのがあれば【掲示板】に見に行くといい。

 もうそれはない」


 俺はなんだかこのゲームの複雑さに言いしれない寒気を感じた。


「このクエストは、最初に出た時はそれはそれは賑わった。

 掘っても掘っても尽きない資源、態度は悪いが報酬に関しては文句ないほどに好条件。

 当時はリアル型だのゲーム型だのの話は上がりすらしないようなマイナーな情報。


 俺も来たことはあったが、割と前だったせいで、こんなことにも気づかなかった」


「それと、今引き返しているのは、どんな理由があるんですか?」


 決して走らず、早歩きで行けという言葉に俺はしっかり従い、走りはしない。


「この洞窟、明かりが着いてるよな」


「はい」


「リアル型は、時間経過とともにいろんな変化が現実的に訪れる。

 つまり、だ」


 俺は洞窟の中の明かりを見ながら、思いつく。


「ここに誰かいる?」


「多分な」


「でも……誰が…………」


「モンスターじゃないことを祈るしかない」


 ジカさんのその言葉に、俺は息を呑む。


 そうして、あと半分くらいで洞窟を出られるであろうところで、異変が起きた。


 ズリ…………ズリ…………


 引きずるような足音。


 それは出口の方から聞こえてきた。


 引きずるような足音から怪我でもしているのかと思ったが、むしろ一定のリズムで、歩いているような……。


 俺は暗闇に慣れ始めた段階で、視界の端に何かを捉えた。


 それは明らかに、光っていた。


 しかも、刃物の煌めき。


「危ない!!」


 俺はジカさんをぶっ飛ばした。










『気づけ、築け』











 ダメージ。


 俺がそれに気づくと同時に見えたのは、トカゲ。


 それも現実のような小さいものではなく、全長2メートルはあるであろう体躯で、二本足で立っている。


 体全体に黒い装備を身につけていることから、見つけずらい。


「っそぉ!」


 衝撃で飛ばされる体を、地面に足を叩きつけることで着地し、トカゲの方に走っていく。


 デザートイーグルを腰から引き抜く。


 十二発の弾は、支給品なんかではなく、ジカさん特性の実弾。


 当てる。


 いつもなら牽制している距離ですら撃たずに、さらに近づく。


 そうして、近づいて近づいて、


「危ないっ!」


 ジカさんからの声で、俺は急いで頭を下げる。


 横目で確認できたのは、俺の首があったところを通過した武器。


 正確にはわからないが、とり会えず切り裂く武器らしい。


 俺はさっきは何故か忘れていた牽制で二発。


 一発が決まった。


 しかし、聞こえたのは金属音で、防御されたのは分かった。


「ジカさん!

 逃げる?!」


 デザートイーグルの一発を持ってしても、防御されるし、HPは減らない。

 しかも、俺も判断ミスをするという失態。

 即座に撤退が頭に過ぎるが、今回は一人プレイじゃない。


 しかもモンスターは出口側に陣取っている。

 ジカさんに尋ねると、


「すまない諏訪!

 ちょっと待ってくれ!」


 んな無茶な。

 抗議の声をあげようとするが、リザードマンの影が近づいてきたことが分かる。


 今はもう完全に暗闇に慣れたが、リザードマンは防具は黒一色。

 こんな暗闇の中だと目立たない。


 しかも、武器も黒く縫ってある? のか見えづらい。


 しかしそれに反して武器は少し煌めいている。


 俺らが来た方の薄い明かりに反射しているのだろうけど、塗っているのだとしたらどうして反射するんだ?


 俺は疑問を抱きながらも、ストレージから回復薬を取り出し、回復しておく。


 ちなみに、流石に完全に一撃をくらったので、HPはほぼ全損だ。


 半分まで回復したHPを確認して、俺はマガジンを取り替える。


 武器を統一した恩恵が早速役に立つか、と俺は支給品の弾入りのマガジンに差し替え、全弾連射。


 さすがに連射は反動がキツイので、両手で持つ必要がある。


 十二発きちんと打ち終わり、全弾当たったが、リザードマンの体力は全体の4分の1しか減ってない。


「同じ難易度なのに、こんなにもダメージを与えられないとなると、ジカさんに訴えるしかないか?」


 俺は再度マガジンを特注弾のものに戻す。

 さっき使ったものは、ストレージリロードを選択しておく。


 リザードマンの近づく様子がない。


 俺は一定の距離はとりながらも、いけるのでは? という感覚に陥る。


 そうして、気づいた。


「なんかされてるっ!」


 反射的に撃ったリザードマンに当たらない弾は、壁に当たったと音、それとは尻もちを着いた音を発した。


「あいつか!」


 走り出す。リザードマンを無視して後ろのやつを倒しに行こうとしたが、


 ガキンっ!


 リザードマンからの一撃が迫る。


 横凪の一撃を俺はデザートイーグルで受け止める。


 正直下手に躱したら、次の攻撃めやられていた確信があるのでやってみたけど、以外にできるもんだ。


 ……まぁ、相手が首ばっかり狙うから、うけやすい、ってのもあるけど。


 距離を取り、マガジンを取り出し、リロードをする。


「強いな……」


 1歩も動く様子のないリザードマンに俺はたじろぐ。


 見えないのがきつい。


 そしてこの謎の行けそう感の招待に気づいた瞬間から始まる、ログの嵐。


【レジストしました】

【レジストしました】

【レジストしました】


 何かをされているのは確実だ。

 俺は早くジカさんが来てくれないか……逃げたいぞ……という思いを押し殺し、構えたままになる。


 睨み合い、硬直。


 リザードマンも俺も一向に攻めないままでいると、


「明かりだっ!」


 いきなり聞こえたジカさんの声。


 俺は明かりのした方へ走り出す。


 俺の後ろから投げられた明かりを受け取った俺は、後ろから迫るリザードマンに向けて、振り向きざまに撃つ。


 そこで初めて顔を見た。


 俺はそこで初めて、リザードマンの顔を見た。


 リザードマンはなんか常識的に赤いものなのだろうとか考えていた。


 確かに、目の前のリザードマンは赤色だった。


 しかしそれは、傷だらけで己の血で赤く染った、リザードマンだった。

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