上がらなかった28話

「じゃあ、行くぞ」


 今俺は、ジカさんと一緒に洞窟を歩いていった。


 エリンさんと話をしていると、エリンさんは用事があったのを忘れていた、と慌てた。


 俺としてもジカさんとの約束の時間が迫って来たので、気兼ねなく別れた。


 そうして帰ってきた俺を出迎えたジカさんの一言目は、


「掘りに行くぞ」


 そうして投げ渡されたのは、真っ黒な色の拳銃。


 投げ渡されたことから、普通に受け取ろうとするが、キャッチした瞬間に感じる重み。


 確かにジカさんをしてアホと言わせただけはある。


「その銃を作るために、素材の一つを全部使い切った。

 で、そいつに使った素材を手に入れるためのクエストの中で、討伐との混合クエストがある」


「……混合クエスト?」


「中級から出るんだ。

 討伐、鍛冶、対人、採取とかの分類が複数組まれているクエストだ。

 イベントクエストは、基本的にそうだ」


 採取と討伐の混合だろ? という言葉に、俺は納得する。

 今回のイベント、採取と言いながらも重きを置いていたのは討伐だった。


「ま、イベントクエストに関しては、分類が一つだけだと、参加できない人が多いんだ。

 イベントは運営からすれば、"祭り"だ。


 それなのに自分は適性外だから出れません、ってのはいかんだろ?」


 それに、と付け加えて、


「イベントクエスト自体は二日という圧倒的な短さから、1ヶ月に二回……2週間に一回行われる。

 大体ローテーションで組まれている。

 ……ま、偶に外したイベントも来るがな」


「ん? じゃあやってれば次のイベントクエストがどんなのか予想できるってことですか?」


「ま、そういうこったな」


 ジカさんはそう言いながら、光の粒子と共に出現させたピッケルを持ち、


「次のイベントクエスト、予想が当たれば鍛冶イベントだ」












【クエスト名 熱き鋼は厚き岩へと

 ジャンル 鍛冶 討伐

 クエスト内容 黒鋼の採取

 難易度 七

 推奨武器 銃

 推奨属性 土

 人数 三人

 フィールド 洞窟

 備考 

 最近現れたドラゴンのせいで鉱山の金属の質が変わっちまった。

 俺らは使えないもんだし、モンスターも湧いてくるもんで手放そうと思っているが、もし使うのなら貸してやらんことも無い】


「あんまり人気のないクエストだ」


 【掲示板】の前で、イベントに夢中になる人達の中で、俺とジカさんは話す。


「なんでですか?」


「このクエスト、ストーリーが勿論あるんだが、そのクエストに出てくるドワーフのジジイ共が、嫌な奴すぎるんだ」


「嫌な奴?」


「……AIに委任もできるんだが、今回はお前にこのクエストの嫌さ加減を知って欲しいから、AI委任は無しな」


「え? 質問に答えてくださいよ、ジカさん」


「とりあえず、俺は後ろで静観してるから、お前が話つけろな」


「え、だからジカさん、話聞い……」


 ジカさんはサクサクとメニュー操作を終え、クエストに飛んだ。











『たかがサポートなんて言っている者は、大抵最初に死ぬ』











「っとと」


 俺はイベントクエストをやりまくっていたせいで忘れていた教会独特の、軋む地面の感覚によろける。


「仕方がないっちゃ仕方がないが、その初期装備、どうにかならなかつたか?」


 ジカさんも同じく来ていることを確認した途端言われた発言に、


「え、くれないの?」


「いやいや、俺は拳銃作ってたし」


「俺てっきりくれるのかと……」


「つか俺は近代系の武器専門だ。

 防具は知らん」


 てっきり防具もくれるもんかと思っていた俺は、どうしよう失敗するかもしれない、という恐怖に顔を引き攣らせる。


「こ、こんにちは!!」


 すると、声が聞こえた。


 大きい声だが、遠くから聞こえるその声に、俺は顔を向けると、


「あ、あの、クエストを受けに来てくれた方々ですか?!」


 一人の幼女が、教会の入口からそっと俺らを見ながら、大声を出していた。


「あ、はい、黒鋼の件で」


 事前にジカさんから、こう言っとけ、と言われていた内容を言うと、幼女はおずおずと姿を現し、


「わ、わた、わたくし、この度教会付きにさせていただきました、あ、アインと言います。

 そ、村長の家はこちらです、着いてきて…………」


 最後に向けてどんどん小さくなっていく声。

 最後は恐らくくださいと言ったのであろうそのセリフに、俺はクスリとしながらも、ついて行くことにした。


【この教会のシスター、前と変わってる】


 ジカさんからのチャットが視界に表示される。

 前はどんな人だったんですか? と返すと、


【前は枯れ腐った嫌味なババアだったんだ】


 随分辛辣な表現を、と俺は苦笑いしながら返事を返そうとすると、


「こ、こちらになります!」


 意外にもすぐ村長の家に着いた。


 村長の家の家をノックすると、聞こえてきたのは若い男の声。


「ど、どうぞ」


 幼女シスターは、戸を開け、中に案内したあと、そそくさといなくなった。


「どうぞ、おかけ下さい」


 代わりに、中にいる優しそうで虫も潰せないような小さな青年に、家を案内された。


「今回は、私共が出した【黒鋼の山】についてのクエストの為に来てくださった、ってよろしいですよね?」


 家に入って座るなり、その青年はそう切り出した。


「あ、すみません、自己紹介が遅れました。

 わたくし、この村で村長をさせてもらっている、イグザ、と申します」


「あ、俺は諏訪です。

 こちらは「村長変わったのか?」……」


 俺の言葉を遮って語られたのは、ジカさんの声。


 俺は結局話すんかい、と心の中でツッコミをしながらも、ジカさんとイグザさんを交互に見る。


「……そうです。

 前村長、その他の長老会のメンバーは、黒鋼の山で……」


「俺はジカだ。

 その話、詳しくしてもらってもいいか?」


 ジカさんが、ずいと身を前に乗り出して話を聞こうとする。


 俺は2人が話をしやすいように、さりげなく体を避けた。


「黒鋼の山は、最初こそは【クエスター】の皆さんがひっきりなしに訪れて、我々には脅威はなく、金を払っていれば素材も手に入るし、山からモンスターも減っていました」


 詳しいことはわからないが、このクエスト、なんだかんだ言いながら人気だったのか、と俺は思っていると、


「そのあと、唐突にピタッと人が来なくなりました。

 村では、明日は来るだろう、明日は来るだろうと気長に待てども、人は来ませんでした」


 人が来なくなったのか。


 俺は、その人が来ない時期があるという事実に驚く。


「そうして、起こったのが、山の怒りでした。

 山はずっと、ずっと私たちのために封じておいたあのリザードマン共をついに抑えられなくなってしまいました。


 そうして、この村は襲われましたが、なんとか兵士たちの犠牲によって、事なきを得ました」


「それで、そのあとはどうしたんだ」


「数ヶ月前、長老会の方々は責任を感じ、ありったけの食料と武器とともに、山の大清掃を始めました。


 …………といっても、あの人たちは、こっそりと逃げる準備をしていただけです。

 いつ死ぬかもしれない危機に晒されるよりだったら、裏切ってでも生きる。

 そうして、長老会の奴らは、逃げました……」


 イグザさんの口元から、ギリッと歯をくいしばる音が聞こえた。


 しかし、顔を上げた時にはもう、悔しい顔はなくて、毅然とした表情だった。


「今はこの村は立て直しの最中です。

 若いながらも一番年の老いた私を中心に、この村は復興を始めています。

 今この瞬間に【クエスター】の方が訪れて頂いたのは、奇跡です」


 頭を深々と下ろしたイグザさんは、引き絞った声で、


「どうか、どうかお願いします……」


 そう願った。



 ジカさんは、道は知っている、行ってくる、と告げ、家を出た。


 俺もついて行った。


 彼の頭は、ドアを閉じるまで、上がらなかった。

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