大体12話

「…………どうよ、悪い話じゃないでしょ?

 あんたは私のチカラを借りることができる。

 少し無理なクエストとかにも行けるようになるわよ」


 カナリアちゃんからの提案。

 それは確かに俺にとって悪くない提案だった。

 カナリアちゃんという俺より確実に強いプレイヤー。


 それは武器にもなるし、何より楽にゲームをできるようになるだろう。


 しかし、


「いや別に大丈夫です」


 俺は遠慮した。

 心なしか、カナリアちゃんのにこやかな表情にヒビが入った気がした。


「……なんで?」

「だって、カナリアちゃんとゲームやったら、それは『楽しい』んですか?」


 カナリアちゃんの表情、話し方。

 それはなんだかまるで、『”楽”をさせてあげようとしている感じ』がした。


「スワ……」

「……ジカさん」


 そこでジカさんが俺を呼ぶ。

 その声色は、なんだか色々混じった声色で、俺は話をやめろという意味かと思った。


「スワ、もう少し詳しく頼むわ」

「……お父さん何いってんの?」


 ぼそっと聞こえたカナリアちゃんの声。

 ……あ、お父さんだったんだなやっぱり。

 素の感じのある声だったのが余計に現実の親子なのだなぁ、と思わせる。


「カナリアちゃん、みんななんでゲームをしていると思う?」

「……楽しいから?」

「違う。

 答えは、『人それぞれ』だよ」


 その言葉に、カナリアちゃんは答えになってないじゃないと言わんばかりの目線を俺に向ける。

 俺はそんな視線を受けながら、ゆっくり話をしていく。


「そりゃ、楽しいからゲームをしている人もいるかも知れない。

 だけど、世の中にはいろいろな人がいるんだ」


 きっとこの話は、ゲームだけでの話じゃない。

 ジカさんは、それを思って”詳しく”と言ったのだろう。


「めちゃめちゃ当然のことを話すよ。

 ”君の目の前にいる人は、君じゃない”

 だから、カナリアちゃんが嬉しいと思うことが誰かにとっては嫌なことかもしれない」


 カナリアちゃんはその言葉に、俺が手伝うことを嫌に思っていると思っている、と判断したのだろう。

 少し申し訳無さそうな顔をする。


「いや、別に俺はカナリアちゃんと一緒にゲームすることが嫌なわけじゃないよ」


 その言葉に、カナリアちゃんは顔を上げる。

 そしてそれと同時に不思議そうな顔をする。


「俺はね、『楽しみ』たいんだよ」


 カナリアちゃんはまたも不思議そうな顔をする。


「俺はね、みんなで楽しくやりたい。

 だから、そのためにはカナリアちゃん……もちろんジカさんもだけど、二人に頼りっぱなしじゃだめだと思うんだ」


 まぁまだ頼っちゃっている部分もあるけど、と付け足し、


「だから、もし俺と『遊びたい』のなら、もう一回誘って。

 その時は、一緒にゲームしよ」


 ……これで俺が断った理由は伝われば嬉しいな。


「それでさ、ちなみにだけど、カナリアちゃんはなんで【クエスター】をやっているの?」

「……それは、普通に、楽しいから……」

「ほんと?」


 カナリアちゃんは、俺の言葉に少し迷いを見せる。

 その姿に、俺は優しく、


「どんなときに楽しいの?」


「強いやつを倒したときとか」

「うんうん」


「レアなアイテム手に入れたときとか」

「うんうん」


「みんなで一緒にクエストクリアしたときとか」

「うんうん」


「敵わないな、って思ったものを、越えようとしているとき」

「うん」


 なんだ、心配損だわ。

 俺はその様子にほっと息をつき、


「そんなに楽しいならちゃんと楽しいことしなさいよ。

 わざわざ俺を誘わないで、もっとちゃんと実力のあっている人と一緒にやればいいのに」


 その言葉が、カナリアちゃんの琴線かなんかに触れたのかはわからないが、


「実力で言うなら、スワは私より強いんじゃないの?」

「……なんで?」

「だって、おと……ジカはわからないけど、あの時の銃撃は私は理解できなかった。

 それで、スキルもギフトも知らないんでしょ?

 ならそれは、技術。

 しかも、あの時のスワの顔は、なんか、やっちゃったって顔だった」


 カナリアちゃんにじっと見つめられる。

 その顔は、単なる知識欲を満たすための表情。

 悪気なんてない、ただの興味。

 俺はその言葉に、苦笑いしながら、


「あはは……それに関してはあっんまり聞かないでもらえると助かるんだけど……」

「え、なんでよ、教「カナリア、それ以上は辞めときなさい」……でもぉ」


 少し不満げな顔をするカナリアちゃんに、ジカさんは、


「スワからしても聞かれたくないことはあるだろう。

 それを聞くのは、ちょっと失礼ってもんじゃないか?」

「……分かった」


 本気の困った表情のおかげか、ジカさんの助け舟が助かった。

 俺はジカさんの感謝の意を込めて目配せをする。

 気づいているだろうけど、反応はない。

 その様子に、俺はやっぱ大人だなぁ、と思う。


「あ、そうだ、カナリア。

 一旦ログアウトしないとだめだ」

「どうしたの?」

「ママが呼んでる」

「えっ、ママが?」

「うん、たぶんなんか手伝ってほしいっぽいぞ?」


 ジカさんはカナリアちゃんにチャットを飛ばしているのか、どこか違うところを見ている。

 今までチャットとか触ったことなかったけど、これ便利だなぁ。


【すまん、カナリアの話、断ってくれ】


 俺は視界の端に存在するジカさんからのチャットを見て、そう思った。










『幼いというのは、原石である』











「すまんな、カナリアが」


 ジカさんは、直ぐに戻ってきて、戻ってくるなり高めのパフェを頼んだ。

 やっぱ金持ってんだな、と俺は羨ましそうにコーヒーをちびちび啜りながら、


「あれで良かったんですか?」

「あぁ、あれで良かった」


 ジカさんとは、特に打ち合わせとかはなかった。

 あの提案のあと、俺は普通に断ろうと思ったが、それと同時にジカさんからチャットが飛んできた。


 その意味がいまいち掴みきれていなかったが、これで良かったらしい。

 正直、あんまり人に説教できるような人生でもないのだが、そういうときこそ前世の記憶だ。

 前世の記憶は、俺の価値観を急激に変えた。


 だからこそ、あんなことを言えた。


 ……こういうときは前世の記憶様様なんだけどな。


「お母さんの話は仕込みですか?」

「あぁ、話の最中にチャットを送ってた。

 わけは後で話すから、カナリアがログアウトできる理由を作ってくれって」

「お母さんにもあれ聞かれてたんですか?」

「大丈夫だ、ちゃんと口外しないように言っておく」

「いやそれ伝わってるじゃないですか。

 じゃんじゃん言っちゃってるじゃないですか」


 ジカさんは俺の言葉に微笑を浮かべ、


「カナリアは、こう言っちゃなんだが、下を見てこなかったんだ」

「……それ、聞かないといけない系ですか?」

「……確かに、もう少し仲良くなって酒でも煽りながらする話だな、これは」


 別に聞きたくないわけじゃないけど、それは俺に話したいと思ったとき……本当に思ったときに話してほしいと思った。

 今の状態で聞くのは、なんだか流れで話したように思えてしまう。


 そして、おそらく今後も付き合いのあるだろう人のことを、フラットな目で見れなくなる。


 俺はゲームを楽しみたいのだ。

 別に人生相談しているわけじゃない。


 今回は偶然ジカさんの頼みだっただけでやったまでだ。


 俺はそこまで考えて、ふと思ったことを尋ねる。


「で、ジカさん、聞きたいんですけど」

「ん?

 なんだ?」


 ジカさんはカナリアちゃんに着いてなにか聞かれるのではないかと身構えている。


「スキルとか、ギフトについて教えてくれませんか?」


「……あー、確かにそうだよな。

 分かった、教えよう」


 ジカさんは俺の質問に頷きながらも、答えてくれる。


「スキル、ギフトとは、一定以上の行動をゲーム内で行ったものに与えられる、いわば超能力だ。

 このゲームでは、プレイヤースキル重視の、装備強化系のゲームなのだが、それ以外でも一人一人のプレイヤーの違いを引き出すために採用されている」


 ジカさんは、数枚の写真が表示されたウィンドウを俺に見せる。

 それは、何を装備しているか、とか身体的な情報を見るための【ステータス】欄だ。


「これは、運営の公式画像だ。

 これは本来、スキルとギフトを得る条件に達したプレイヤーしか見ることが出来ないが、特別だ」


 俺がそのウィンドウを見ると、武器や防具などが基本的には違っていたが、


「【スキル】……【ギフト】…………」

「まずはスキルだ。

 これは名前の通り、技術…………なんだが、結構考え方的に面倒だから、超能力的なものとして考えればいい」


 公式の画像のプレイヤーは、


【膂力上昇】


【切れ味上昇】


【スイッチ】


 というものがスキル欄に表示されていた。


「このウィンドウのやつは、腕っ節が強くなるのと、武器の切れ味が良くなるのと、右手と左手の武器、防具を入れ替えることが出来る、って言うスキルがついている」


 つまり、そんなに強くはないけど、役に立つスキルがある、ってことか。


「次にギフト。

 これは、必殺技でいいと思う」


 もう一度ウィンドウを見ると、


【バニッシュ】


 と表示されていた。


「使うと大きい効果がある技を使えるが、反動が大きくて、場面を選ぶものだったりが大半だ」


 俺は話を聞きながら、カナリアちゃんとの戦闘を思い出す。

 カナリアちゃんは、恐らく移動速度強化、武器を瞬時に作る、メニューを操作しないでアイテムを出す、みたいなスキルが着いているのだろう。


 つまりは、現実的にできないことも、組み合わせ次第では強い、ということか。

 というか、


「カナリアちゃん、あれで必殺技切ってなかったの?」

「ま、あいつの必殺技は強すぎて反動がでかいから、仕方が無いんだがな」


 俺がコーヒーが無くなったことを悔やんでいると、ジカさんは真剣な声色で、


「で、ここからが真面目な話だ」

「ここから?」

「あぁ、正直、ここまでの内容はチャートリアルで把握出来る。

 だから、ここからは知られざる情報、だ」


 俺はジカさんの言葉に、眉を顰める。


「ギフトは、その人唯一のものであり、同じものは無い」

「…………それは、どういうことです?」

「ギフトに関しては、各々の行動データから算出された、その人のためのものなんだ。

 99パーセント同じ二人がいたとしても、1パーセント違えば、違うギフトが生まれる」


 俺はその言葉に、苦笑いする。

 つまり、本当の意味でのユニークなのだろう。

 そして裏を返すと、人それぞれに、その人しか知らない必殺技を持っているというわけで、


「対人戦、死ぬほど嫌ですね。

 というか、情報がかなりの要素を握ってくる……」


「まぁ、有利を取れる分、不利にもなりうる。

 しかし、ルールは誰もが同じ。

 スキルは一人3つ、ギフトは1つだ」


 スキルとギフト。


 俺はどんなふうになるのか期待に胸が膨らむ。


「じゃ、クエスト行ってこい」

「え?」


 唐突に言われたセリフに、聞き返してしまう。

 ジカさんは、少しドヤ顔をして、


「早く手に入れたいだろ?

 大体、4つか5つクエストをクリアすると出てくるから、もうそろそろだろ?」

「そう……ですね。

 じゃあ、寝る前に1つクエストでもやってきましょうかね」


 俺は席を立ち上がる。

 ジカさんは、残ったパフェをまだ食べていた。

 羨ましいなぁ。

 そんなことを思いながら、俺は店を後にしようとすると、


「スワ!」


 呼び止められる。


「ありがとな」


 お礼を言ったジカさんに、俺も手を挙げて答えた。

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