現実の第3話

「あれまー」


 初クエストで失敗とかどんなスタートダッシュだよほんと……

 俺は頭を抱えながら立ち上がる。


 周りの視線を気にしながら、こっそりと見渡す。

 ここは先程ログインした時に現れた場所。

 後ろの噴水をに目を向ける。

 そこにはゲームという事を忘れさせる様な現実のような水とが、いくつもの波紋を作っていた。


 探索してみたい、そんな気持ちに駆られるが、初プレイは三時間しかできない。

 これは俺がそうしたいわけではなく、ゲーム側のシステムだ。

 多分全国のVRプレイヤーにとっては煩わしい機能なんだろうなぁ。

 そんなことを思いながら、俺はメニューを開き、ログアウトを選択した。

 エレベーターのような些細な浮遊感を感じながら、俺の視界は闇に包まれた。











『諦めと休憩は一見似ている』











 現実に戻ってきた俺は、ダイブギアを外す。

 先程まで体を動かしていたはずなのに、体は昼寝した後のように、少し調子がいい。


 一応外す前にダイブギアに表示されていた方法で、体に異常がないか確かめる。

 異常はない。


「まぁあったら大変なんだけど…」


 独り言を話ながら、俺は時計に目を向ける。

 その時間は、俺がログインしてから40分程度。


「すげーな……」


 思わず声に出てしまった。


 俺はゲームを二時間プレイした。

 そう、二時間だ。

 そして現実ではたったの40分しか経っていない。

 つまり、ゲーム内の120分は、現実世界での40分。


 流石最高峰の人気のゲーム。

 そんなことを思いながら、俺はリビングに向かう。


 もうすぐ夕暮れが見えるであろう空模様を眺めながら、冷蔵庫を開け、麦茶を取り出した。


 考えているのは、なおもゲームのこと。

 ここまですごいゲームだが、もちろん不満なところもある。


「デスペナ、ねぇ……」


 実を言うと、俺は後もう一時間は初回のプレイができた。

 それなのに俺がクエストを失敗してすぐにログアウトしたのは、何も疲れた、とかクソゲーだ、なんて理由ではない。


 【クエスター】にはクエスト失敗によるペナルティが存在する。


 それは、一定時間のほとんどの機能制限。


 まずはクエストの受注の禁止……ゲームの根底ができない。


 次に買い物の禁止……準備ができない。


 特定エリア外への外出。


 現代世界……ゲーム内では【ホール】と呼ばれている場所は、クエストだけでなく、様々なミニゲームを遊べたりできるが、できない。


 詳しく言うともっとあるのだが、それほどに制限が多い。


 というかほとんどゲーム出来ない、と言っても差し支えないだろう。


 できることと言えば、制限エリア内でのおしゃべりくらいだ。


 そして、それがゲーム世界で24時間。

 つまり、現実での8時間。


 8時間の間、ゲームがほぼできない状態になるのだ。


「なーんでそんなペナルティ大きいんですかね」


 高校生という貧乏人にはこのゲームを買うだけでお金が溶けるんですよ、と麦茶を飲みながらテレビをつけた。


 あ、ちなみに課金によってそれは短縮できるらしい。


 やっぱ世の中金だね。


 時間的にも明日にならないとプレイできない感じなので、今日の【クエスター】は諦めるしかない。


 さっきやられたのは、単純に数が増えたことでミスったのが原因である。

 たった一撃をもらったと思ったら連鎖的に突進祭りになってしまいやられた。

 正直防げない攻撃ではなかったために、少し悔しい。

 だが最初にしては良くやった方ではないだろうか、と思いながら、俺は麦茶のコップをキッチンに下げた。


 つまり何が言いたいかというと、わりと不完全燃焼、ということだ。


 ゲームで上がったテンションがまだ胸に残っている俺は、リビングから庭に出る。



『ほっほっほ、やられたのぉ』



「うるさい」


 そこで聞こえる声…………はない。


 この声は、あくまで俺の妄想だ。

 俺の作りだしたものであり、ただの幻想。


『久しいと思ったら、なんだその顔は』


 そこで不意に声をかけられる。

 …………いやぁ、自分のことながら、気持ち悪いよね。


 誰も居ないはずのそこに、


 軍服姿の、白い髭を蓄えた、威圧感の半端ないじいちゃんがいるように見えるなんて。


『ほっほ、そんな想いとはもう決別したんじゃないか?』


「勝手に心を読まないでくれますか」


 というか、俺の心の中の人だから、読む読まないとかないけど。


『とりあえず』


 いつもより若干威圧感大きめのじいちゃんの体重移動を確認した。

 そして、


『そんな面をされたら楽しみたくなるじゃろうが』


 いつの間にか額に拳銃を突きつけられていた。


「なんだよじいちゃん……」

『だからそんな顔されたら』


 俺は腰からモデルガンを引き抜く。

 これはさっき俺がリビングに来るときに持ってきたものだ。

 それは記憶にある限り、現実のものに最も近い形状、重量をしているものである。

 それを、目の前の爺さんに向けるが、


『甘い』


 じいちゃんは身軽にバク転をし、俺のモデルガンの射線を躱す。

 着地した瞬間に、俺は仕掛ける。

 ただの踏み込み。

 あくまで俺は実戦経験なんてない普通の人間。

 この目の前の爺さんみたいに人間離れした動きはできない。

 銃を持っていない方の腕で最短距離で殴りにいく。


『鈍ったの』

「うるさいっ」


 避けられる。


 このじいちゃんは、俺の前世の記憶の持ち主。


 あ、別によくある転生物みたいに意識毎来ている、なんてものではない。

 あくまでこれは俺の妄想だ。


『ふむ、でも、いい顔じゃ』

「はぁ?!」


 攻撃しているが、頭の中では攻撃は弾かれている。

 拳はいなされ、

 蹴りを繰り出せば次の瞬間転がされている。


 叶わない。


 個人的には、普通の人でも己との対話とかしているから、その上位互換かな、と結論づけている。


 だからこのじいちゃんは、俺とじいちゃんの記憶にないことは知らないし、本当にその反応をするかは定かではない。

 ただの俺の妄想の具現化。

 だけど、この妄想には色々助けられた。


『お主、自分の顔を見たらいいんじゃないかのぉ?』

「なんでだよっ」

『笑っておるぞ』


 俺は、そこで拳銃を額に突きつけられ、気づいた。


 胸の高鳴りに。


 理由はまだわからないけど、確かに心臓が、血が、熱く感じる。


『儂はお主じゃ』

「確かに」

『だから今、儂も高鳴っておる』


 このじいちゃんには何回も助けられた。

 そんなじいちゃんとは、もうさよならしたはずなのに。


「ありがと」


 そう言った頃には、じいちゃんはいなくなっていた。


 俺は突如現れて、消えたじいちゃんのことを考え、頭を掻き、


「明日学校だっ…………」


 宿題をやっていないのを思い出した。

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