第15話 針千本

  ――バタバタバタッ、バタバタバタッ



 俺の搭乗する哨戒ヘリは、駆逐艦後方デッキにあるヘリポートへと静かに降り立ったんだ。



「大尉、こちらです」



「あぁ、ありがとう」



 機体のドアを開けるのもそこそこに、俺はハンガーデッキの方へと誘導されて行く。



「集められたのは、これだけか?」



「はい、大尉殿、これだけであります」



 ハンガーデッキの片隅に寄せられた破片の数々。


 最も大きい物は、全長およそ十フィート、直径およそ二十インチ。


 黄色い塗装が施されたその物体は、ほぼ原形を留めたままの姿で横たわっていた。


 形状、大きさ……どう見ても魚雷にしか見えないな。



「X線検査は?」



「はっ、先程、爆発物処理班が非破断検査を実施した所、内部はほぼ空洞である事が判明しております。信管、可燃物はおろか、推進装置などもみあたりません。唯一、後方の三次元方向舵を制御する為と思われるサーボモータ、及びリチウムイオンバッテリーが確認されました」



「うぅぅむ、そうか。海底の方はどうだった?」



「はっ、残念ながらMK魚雷の至近弾による爆発にともない、四散したものと思われ、回収出来たのはこちらの破片のみです」



 だろうな。


 完全に潜水艦からの攻撃だと思い込んだ俺達は、対潜ミサイルを三発も打ち込んでいる。


 原型がどうの……と言うよりも、破片が回収出来ただけでも奇跡だ。



「例のソノブイは回収できなかったのか?」



「はっ、残念ながら未だ発見されておりません。観測班の報告によると、空母への未確認物体アンノウン衝突に合わせて自壊し、海中へと没した模様です」



 証拠隠滅か……用意周到な事だな。


 となると、表立った敵対行動と言うよりは、警告示威的なもの……と考えた方が良いだろうか?


 いや、結論付けるのはまだ早い……な。



 結局あの後、未確認物体アンノウンは三本ともに空母右舷後方に


 正確な所は分らない。


 後から海中音の分析を行った結果、衝突直前に未確認物体アンノウンが発したと思われる注水音と、その後、空母側へ接触したと思われる衝突音が僅かに確認されているのみ。


 更に詳細な分析が必要ではあるけれど、ソナーチームの見解では、未確認物体アンノウンは、衝突直前に注水する事で減速し、空母への被害を最小限にする様、配慮したのではないか? と推測されるそうだ。


 確かにそれであれば、注水音と衝突音の間に発生しているタイムラグについても説明がつく。



「おぉ、か。わざわざこんなおんぼろ駆逐艦にまでやって来るとは、やはり最高学府を卒業されたインテリは違うなぁ」



 ハンガーデッキの奥から、陽気な声が聞こえて来た。


 数人の下士官を引き連れ、突然現れた大柄な人物。


 日に焼けた肌は赤銅色に輝き、口元からは冗談の様に輝く白い歯が覗いている。


 典型的なアメリカンスタイルを地で行く軍人だ。



「おじゃましております、艦長。それに教授プロフェッサーは止めて下さいよ」



「なんだ、教授プロフェッサーは気に入らんか? それでは博士ドクターと呼んだ方が良いのかな? ハハハハ」



 彼はおどけた様に両手を広げて見せている。


 艦長は俺がまだ新米の士官候補生として教育を受けていた際の講師の一人だ。


 とにかく気さくな艦長で、俺とは何かとウマが合い、よく何軒ものナイトクラブを梯子したものだ。


 根っからの船乗りで、今回の騒動の際も破片の回収を含め、最も活躍してくれた一人だと言える。



「どうだ、コーヘー、何かわかったか?」



「いいえ、残念ながら正体は全く不明です。ただ検査の結果、危険物では無い様に思われます」



「そうか。まぁ、細かい所はお前達専門家に任せるとして、ちょっと気になる所があってな」



 そう言いつつ、艦長は無造作に魚雷と思しき未確認物体アンノウンを持ち上げて見せたのだ。



「艦長! 危ないですよ?」



「ハハハハ、危ないもんか。大体、お前が危険物じゃ無いって言ったんだろう? それに見て見ろ、この軽さ。三メートル近くあるのに、簡単に持ちあがるんだぞ。完全にハリボテだなぁ。これは」



 いつもながらこの艦長、見ていてハラハラする。


 人間として雑と言うか、大雑把と言うか。


 まぁ、こう言う人間味のある所が、艦長の魅力なのだとは思うのだけど。



「それでなぁ、コーヘー。見てくれ、この裏側の所にマークがあるだろう」



 確かに。


 黄色にペイントされた未確認物体アンノウン。その腹部には確かに色の違う箇所が。



「ほらほら。赤と青の星マークが見えるだろう? 最初は星条旗かとも思ったんだが……それとも近隣国のマークか何かかな?」 



「艦長、これは……」



「なんだ、コーヘー。これに見覚えがあるのか?」



「はい。これは、同盟国にあるのマークだと思われます」



「ホビーメーカー? って事は、これは、おもちゃだって言うのか?」



「はい、艦長。よくよく見れば、形状、デザイン、カラーリング等を含め、同盟国にある有名ホビーメーカーの水中モーターと酷似している様に思うのです」



「なんだ、同盟国ではトイザ〇スで、こんなダブルベッドみたいな、キングサイズの水中モータをバカスカ売ってるって事か?」



 と、驚きの表情。


 最初はふざけているのかとも思ったけれど、どうやら本気で驚いているみたいだ。



「いえいえ、流石に私もこのサイズのものを見た事はありませんよ。普通は五、六インチ程度の大きさなのですが……」



 と言いつつ、マークの横を見て見ると、何やら文字が記載されている。



「コーヘーも気付いたか? ここに文字が書かれているんだ。型番か何かかとも思ったが、部分的にメールアドレスの様にも見える。お前はこれが読めるか?」



「はい、艦長。どうやらこの文字は、私のの国、日本の言葉だと思われます」



「おぉ、そうか。何て書いてあるんだ?」



「えぇっと……これは小学校最後の夏休みの宿題として、自由研究用に作成した水中モータです。もし習得された方は、下記のメールアドレスまでお知らせください。お手数をお掛けしますが、何卒宜しくお願い致します。……との事です」



「……マジ……か」



 艦長ったら、開いた口が塞がらないって感じだ。


 と言うか、本当に塞がって無いな。開きっぱなしだ。



「なんと! これが小学生プライマリスクールの宿題だって!?……日本と言う国は、恐ろしい国だなぁ、って事ぁ中学生ジュニアスクールぐらいになると、学校で地対空ミサイルの作り方とか普通に勉強するのか? いやぁ、恐れ入ったなぁ。確かにあの国じゃあ、戦艦が宇宙を飛んでるし、人型軍事兵器ロボットがお台場に実戦配備されたらしいからな。ハハハハ!」



 うぅぅん、艦長ぉ。


 艦長ってば、日本のアニメヲタクだったんだよなぁ……。



 ◆◇◆◇◆◇



 ……それから更に一か月後。


 国防省の一室にて。



「ヨシダ大尉……あぁ、失礼。今回の試作機の実地実験成功により、少佐に昇格したんだったな。おめでとう。ヨシダ少佐」



「ありがとうございます、准将閣下」



「うむ。君のレポートは読ませてもらったよ。つまり、これは日本の子供が造った代物だと言うのだね」



「はい、そうであります。閣下」



「それで、その子供が造ったが、我が精鋭軍の防御線をかいくぐり、巨大空母スーパーキャリアに一撃を食らわせたと言うのかね?」



「はい、そうであります。閣下」



「ふぅうむ。……少佐。私は我が軍にとって有益な事が一ミクロンでもあれば、常に学びたいと考えている。たとえそれが、一体何を言っているのか分からない大統領であっても、道端にたむろするホームレスするであってもだ。ましてや、彼らよりよっぽど知能レベルが高いと思われる同盟国の小学生であれば、なおの事だな」



「……」



 これ、笑う所か? 笑えば良いのか?


 小粋なアメリカンジョークってヤツだよなぁ。


 でもこの准将、顔が怖いから、笑って良いのかどうかわかんねぇぇー。


 やっぱやめとこ。


 黙ってよ。


 とりあえずスルーだ。


 ここは無視するに越した事は無い。



「少佐、君の意見を聞こう。今回の事例から、我が軍は何を学ぶべきかね?」



「はっ。恐れながら申し上げます」



「最大のポイントは、巨大空母をベースとした我々の軍事ドクトリンに、大幅な転機が訪れたと言う事であります」



「ほほぉ、転機か」



「はっ、転機……パラダイムシフトと言っても過言ではありません。今回の事象は、全世界の原子力潜水艦を保有する国々、及びその情報を共有する国々へと伝わったものと思われます」


「なにしろ、我が最強、最大戦力である空母打撃群が、インターネットで購入できるマイコンセットと、ワンコインショップで購入できる機材を寄せ集めれば、子供でも簡単に壊滅出来てしまうと言う事が証明されたのであります」


「確かに技術的な問題も重要ではありますが、それ以上に問題なのは、我々が数兆ドルを投入して築き上げた軍事力が、子供のお小遣い程度の投資で無効化されると言う点であります。これにより、経済的に弱小と呼ばれる国々、更にはテロ組織などへ与える影響は計り知れないものと考えます」


「早急に新たな軍事ドクトリンの検討と構築が急務であると具申致します」



「うむ。君の言いたい事は分った。それで、このレポートにある通り、このを作った人間を我が国へ招聘すべきだと?」



「はっ、そうであります。天才とは根本的な発想力の問題です。早急にこの人物を確保する事が最優先事項であると考えます」



「それだけこの人物が我が国にとって有益だとでも? 調べた所によると、現在は日本の大学……それも歴史ある大学とは言え、文系に進学していると言うではないかね?」



「いえ、そうではありません閣下。彼が有益かどうかは問題ではありません。問題は、彼が他国へ連れ去られた場合、我が国にとって無益どころか、有害であると考えられる点であります。天才はどこで開花するかは分かりません。いや、開花しない可能性の方が高いと言えるでしょう。ただ、開花しなくても構わないのです。他人の窓辺で綺麗な花を咲かせるよりも、種のまま自分の引き出しの奥へとしまい込み、腐らせてしまった方が良いと愚考致します」



「ふん。天才は天才を知ると言う事か」


「確かに日本のことわざには、『豚に真珠』、『猫に小判』、『馬の耳に念仏』と、同じ意味のことわざが三つもあると聞く。さすが、貴重な人的資源を埋もれさせたまま無駄にすると言う観点では、昔から全く変わらない民族であると言えるのだろうな」



 最後の『馬の耳に念仏』はちょっと意味が違うけど。


 ……って、これもアメリカンジョークなの? ここも笑うとこなの?


 わかりずれぇぇーぇぇ。


 まぁ、良っか。


 ここもスルーだ。



「分かった。本案件はCIAの領分だろう。後は彼らに任せれば良い。長官には私の方から話を通しておく。仮に身柄を確保した場合は、君の配下へ配属と言う事で良いのかな?」



「はっ、私の方で預からせて頂きます」



「よろしい。それでは、今後も合衆国への更なる献身を期待する」



「はっ、ありがとうございます。それでは失礼致します」



 ――パタン。

 


 ふぅぅ……。


 廊下に出るなり、俺は深いため息を一つ。


 いつ会っても、あの准将の前では緊張する。


 それにしても、これを作ったのが、あの少年だったとはなぁ。


 当時そんな片鱗は全く見えなかったし……。


 まぁ、自分で言っておいてなんだけど、人は見掛けでは判断できんからな。



「それにしても、良いなぁ……」



 俺は廊下を歩きながら、やおらポケットからスマホを取り出そうとしたんだ。


 その途端。



「少佐殿、失礼致します。当エリアでの通信機器のご使用はお控え下さい」



「……あぁ、申し訳ない」



 いかん、いかん。いつまでたっても研究施設ラボの感じが抜けないな。


 これが下士官程度であれば、このままどこかに軟禁されてしまうんだろうけど、流石に佐官である俺は、お目こぼし頂けた様だ。


 俺は早足に建物から飛び出すと駐車場の方へ。


 這う這うの体で自分の車へと乗り込んだのさ。



 ――バタムッ



「ふぅぅ……」



 本日二度目の深いため息とともに、俺はポトマック川沿いにある駐車場から、フロントガラス越しに夜空を見上げてみる。


 都会から見える星空としては、十分な輝きだと言えるな。


 今、日本は何時頃なんだろう。


 確か……時差は十三時間だっけ? って事は、向こうは昼前ぐらいかなぁ。


 俺は空に輝く星々を見つめたままで、ただ時間だけが過ぎて行く。


 やがて、その星空に小さい流れ星が。


 いや、見えた様な気が……した……かな。


 俺は、意を決してスマホを持ち直すと、アドレス帳の中の一つをタップしたんだ。



 ――ルルルル、ルルルル



「Hello. SAEKI Holdings, This is Daniela speaking. How may I help you?」

(翻訳:はい、SAEKIホールディングスのダニエラでございます。ご用件をお伺い致します)



「あっ、あのぉ……」



「……」



「えっ、えっとぉ……」



 一体どうしたと言うんだ、あれだけ考えてたのに、全く次の言葉が全く出てこない!



「はて? 十年ぶりにお電話を頂いたと言う事は、わたくしとつり合いの取れる男性になったと言う事でよろしいでしょうか? ……吉田さん」



 電話口で冷静に話始める彼女。



「えっ? はっ、はいっ。俺……いや、僕、頑張りました。がんばって、がんばって。……神にはまだなれないけど……それに近い『力』は……てっ、手に入れました」



「……そうですか。それでは、まずはお話しを伺う前に……」



「あぁ、ちょっと待って。多分もうすぐ、もうすぐですから、もう少しだけ待って下さい」



 俺は彼女の言葉を途中で遮ると、少し焦りながら腕時計を確認。


 暫くすると、彼女が通話先で誰かと会話を始めたみたいだ。



「……お待たせしました。急な荷物が届いたと言う事で……あら、吉田さんからですね」



「はい、そうです。……あのぉ、開けてみてもらえますか?」



「はい……あら? チョコレートですね」



「えぇっとぉ。大変遅れて申し訳ありませんでした。あのぉ……」



「いえいえ。そうですね。私の用件もこの事でした。吉田さんのお話しを伺う前に、まずは針千本飲んで頂くつもりでしたので」



 たははは、怖っ! まぁ、そう来ると思ってたよ。



「それでは吉田さん、改めてお話しを伺いましょうか?」



「……はいっ!」



 十年の月日なんてあっと言う間さ。


 なんだったら、あの日の事がつい昨日の出来事の様で。


 僕たちはそのあと、色々な話をしたんだ。


 例の事件の事、僕の事、彼女の事、そして未来の事についても……。

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