第14話 アルゴスの目
「コーヘー、見てみろ。お前が試験導入した曳航式の新型アクティブソナーに感がある」
壁一面に配置された大型ディスプレイ。
その内の一つに、微妙な色のグラデーションで表現された
ここは、空母内の一室。
部屋、と言うには余りにも広い。
そう、テニスコート一面分ぐらいは優にあるだろうか。
この
「確かに……。岩陰に入り込んでいてわかりにくいですが、間違いなく人工物ですね」
「お前はこれをどう見る」
指令所の中央に陣取り、鋭い眼光でディスプレイを指さすこの男性。
カーク中将。
この空母打撃群を統括する第七艦隊司令官であり、最高責任者である。
「はっ。現時点では破損した難破船等の船体の一部であると考えます」
ディスプレイに表示されているのは、自分が開発した新型の三次元ソナーによる解析結果だ。
通常、光の届かない海底の情報を探るには、音波の力を活用する事になる。
構造的には漁船に付いている魚群探知機と同じ原理で、陸上におけるレーダーの役割を担っているのだ。
ただ、音と言うのは、反射する物体の大きさや形状、表面の材質などによって大きく変化する。その上、海底内の岩礁など入り組んだ地形の場合は、反射音が共鳴、拡散してしまい、正しい形状を把握する事が非常に難しい。
しかも船体と言うのは推進力を得る為、スクリュー等の駆動系回転体を内包している事から、どうしても微妙な
そこで、通常船体の下部に取りつけられているセンサー群を、全て曳航式の外部センサーとして船体から切り離し、かつこれらのセンサーで集めた情報を、リアルタイムで本国の統合スーパーコンピュータ上のAIに転送して解析。
これまで確認する事の出来なかった深深度の海底地形情報まで、驚く程精細な三次元画像として見る事が出来る様になったのである。
これさえあれば、潜水艦がどの様な岩陰に隠れ潜もうとも、その姿を白日の下にあぶり出し、先制の鉄槌を下す事が出来ると言う訳だ。
全世界の七割を灰にするだけの攻撃力を有する
現代における神の力を持つ巨人に対し、俺は更に
まぁ、神は神でも、破壊神の方だけどね。
「難破船の一部か……他の可能性は?」
「はっ、円筒菅の形状が見受けられる事から、海中投棄されたドラム缶の可能性も……ただ……」
「ただ……なんだ、言ってみろ」
「はっ、申し上げます。
「うぅぅむ」
「中将閣下に申し上げます。このまま進みますと、当該人工物の直上を空母が通過する事になります。そこで、先行駆逐艦による調査の継続、及び空母打撃群の進行コース変更を具申致します」
俺は直立不動のまま中将の言葉を待った。
「ふむ。近くの潜水艦、特に原子力潜水艦の位置は?」
「はっ、近くの原子力潜水艦は全部で四隻。全て打撃群の外側で、本空母と並走しており、本艦の進行方向には存在しておりません」
オペレータの一人が即答する。
既に中将からの指示を予測し、情報を確認済だったのだろう。
言われてから動くような者など、一人もいない。
「だろうな。わざわざ
「
「はっ」
命令を受けた
「念のためだ。哨戒配備をレベル3に変更。
レベル3の指示を受け、急に慌しくなる艦内。
あぁ……ジェニファー少尉も、折角の休憩時間が吹き飛んだんだろうなぁ。
先程はまんまと俺を嵌めようとした彼女だったけど、自分の新型ソナーの所為で折角の休みをフイにしてしまうのは、少々気が引ける。
先程は可能性の範囲として上申はしたものの、危険性があるとはとても思えない。
この海域は、過去に何度も同胞の巡洋艦や駆逐艦が往来している場所であり、その安全性は折り紙付き。
確かに新型ソナーは高性能であるが故に、見えなくても良いものまで見えてしまうと言う、軍人からみると少々面倒なものと言えなくもない。
レベル3が宣言されたと言う事は、空母は準戦闘配備の状態であり、乗員は二交代制に移行する。
自身も観測班の専任士官として、TFCCに詰めなければいけないだろう。
一旦自室に戻るべきか、それともこのまま居座るべきか?
暫くもの想いに耽ったその時であった。
「パッシブソナーに反応! 海底より
観測担当のオペレータが叫ぶ!
担当士官は一斉に持ち場へと着き、情報収集を開始。
「大きさ、速度は?」
「速度およそ三十ノット以上、更に加速しています。水平距離、約二千フィート。深度一千二百フィート。本艦への衝突コースではありません。直上へと浮上しております」
「海上まで二十秒、カウントダウンします、十八、十七、十六……」
「衝突コースに艦影なし。甲板上の観測員は前方を確認!」
「
「なにっ!」
予想外の言葉に、思わず聞き返す
「九、八、七……、外部モニター、望遠に切り替えます」
「形状があまりにも小さい、ミサイルでも魚雷でも無いだろう。スクランブル準備急げっ! もっとも近い駆逐艦からヘリを飛ばせ。
「はっ!」
「三、二、一、海面に到達っ!」
――バシュッ!
その形状のせいなのだろう。
その
「観測班、観測班っ! 目視確認結果を報告せよっ!」
「こちら、アルファーチーム観測班。目標
「こちら、ブラボーチーム観測班。
「駆逐艦から爆弾処理班を出せ、スクランブル発艦許可。上空で待機っ! イージスは近隣諸国からの飽和ミサイル攻撃に備えよ! 原潜の位置、見失うなっ! 近くから撃って来る可能性もある。 ミサイル発射深度まで上昇して来たら、即時報告せよっ!」
「「はっ!」」
日頃の訓練の賜物と言う所か。
人類の持つ最強兵器システムのなんとおぞましくも、美しい事か。
しかし、この騒ぎはこれだけでは終わらなかった。
「
オペレータの一人が、更に叫ぶ。
「三体ともにピンを打っています。間隔はランダム。海中音声、スピーカーに切り替えます」
――カン、カカカカカンッ、カン、カン!
――カン、カン、カカカカンッ、カン、カン、カン!
――カン、カカカンッ、カン!
三体の
「
俺は振り返りざまに
「許可するっ!
「アスロック準備っ、二番、四番、六番。オールグリーン」
そんな中、カーク司令官がその口を開いた。
「統合軍司令部へ連絡。我々は本艦への攻撃予備動作を確認した。只今より我が艦隊は
――ブィィィィーー! ブィィィィーー! ブィィィィーー!
全艦に響き渡る緊急警報。
「行け行け行けぇぇ、Go!、Go!、Go! 上げろ、上げろぉぉ!」
最新の電磁式カタパルトからは、艦載機が次々と発進して行く。
もちろん、外部からの攻撃に備えての事ではあるのだが、それ以外にも理由が。
それは、万が一空母が沈められた場合を想定し、艦載機とそのパイロットを温存する為なのた。同盟国に近いこの海域であれば、同国の空港へと緊急着陸する事も出来るはず。
まずは虎の子のパイロットをこの様な所で損耗させる訳には行かないのである。
「
海中では各艦が発するアクティブソナーに加え、
にも関わらず、いかに深深度とはいえ、人工物の吸水音を確認したと言うのは、オペレータの恐るべき技能の高さもさることながら、
「くっ、やはり来たかっ! 魚雷回避運動を継続しつつ、全速前進! アスロック! 発信源を特定、データ入力次第発射せよ。合わせて、デコイ射出っ!」
――バシュッ、バシュッ……バシュッ!
およそ一海里離れた場所へ、一直線に飛翔する対潜水艦ミサイル。
規定の場所に到着すると、飛翔エンジン部分を切り離し、パラシュートにより海面に着水。今度はスクリューによる自走にて目的の対象物目掛けて突き進んで行く。
「人工物、新たに三体の
「デコイ、発射急げ! 敵魚雷の音紋データを照合! データ入力次第、アスロックで迎撃せよ!」
オペレータの額に浮かび上がる脂汗。
「
「何っ! どう言う事だ。どうやって進んでいる!」
「推進方法不明、しかも方向制御用のピンも発しておりません。完全に……完全に無音です」
「本艦下部到達まであと二十秒!」
別のオペレータが叫ぶ!
「デコイは! デコイに食らい付かないのか?」
「駄目です。全弾無視されました。まっすぐ本艦をめざして突進して来ます!」
「なぜ本艦が見えるっ! くそっ! 駆逐艦だっ! 駆逐艦を盾にしろっ! 射線を防ぐんだ!」
「駄目です。深深度からほぼ直線で本艦に到達します。海上艦による防御壁は無効です!」
「ちっ! 深度設定で、迎撃用アスロック発射準備!」
「
「本艦下部到達まであと十秒!」
「うぅぬぬぬっ! 全艦対雷ショック防御、バブルパルスに備えよっ! 水密気密ドアロック確認! 全員衝撃に備えよっ!」
「三、二、一、接触っ!」
一斉に防御姿勢を取る士官たち。
「……」
そして……静まり返る
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます