第12話 世界一の幸せ者
痛恨っ! こっそり覗き見るタイミングを逸してしまったぁぁ!
後悔先に立たずっ!
僕が半泣きのまま振り向いてみると、ボートは既に元通りで、早紀さん達はバスタオルにくるまれ、身を寄せあっている状態。
あのタオルは、ダニエラさんが持ってきたヤツだな。
更にそぉぉっと目玉だけ動かしてみると、視界の端にダニエラさんを発見!
おぉっ!
そこには、既に浴衣を身に着け、髪をタオルで拭いているダニエラさんの姿が。
早ぇぇよ! 着替えるの、めっちゃ早ぇぇよっ! どこの演歌歌手だよっ、そんな早着替え、誰も望んでねーっつーの!
「はい? 何か?」
そんな僕の視線に気づいたダニエラさん。
「あぁ、いやぁ、みんな助かって……良かったですね」
「えぇ、今回はアルちゃんも居てくれたので、大助かりでした。彼女達を見つけてくれたのも、ボートを元通りにしてくれたのも。全部彼女のおかげですね」
なんて、嬉しそうに話してる。
うぅぅむ、そうかぁ。あの金髪元気印の人魚娘が、まさか今回のキーパーソンだったとは。
くぅぅ、
――ザパァ!
「ヒィッ!」
突然海の中から現れる人影!
「吉田さん、水上バイクとボートをロープで繋いだよ。もう、いつでも帰れるよぉ」
「あっあぁ、ありがとう。アルちゃんも大変だったね。そうだ、この水上バイクは三人乗りだから、一緒に乗って行ってよ」
そうだ、そうだ。大活躍してくれた彼女だもの。きっと疲れているに違いないからね。
「うぅぅん。全然大丈夫ながやちゃ。私、このまま泳いで帰るし。それにねぇ。海に入る時、着物を全部イカダに置いて来たがやちゃあ。だから私、今スッポンポンながぁ。そいがやから、このまま海から出るがは、恥ずかしいがやちゃぁあ。でも、どうしても乗らんならん?」
(翻訳:うぅぅん、全然大丈夫ですよ。私、このまま泳いで帰りますから。それにね。海に入る時に
ちょっと困った様子の
うぉぉぉ! 何ぃぃ、この表情っ! ちょっぴり困り顔のアルちゃんったら、めっちゃ可愛い、めっちゃ可愛いじゃん。しかもこの娘、今、スッポンポンなんだよね、海の中はスッポンポンのポンなんだよねっ! どう言う事、どう言う事なんだよぉ。僕はいったい、どうすれば良いってんだよぉ!
って思ってたら、ダニエラさんがアッサリ回答を。
「アルちゃん、ボートは水上バイクで引いて行きますから、早く帰って浴衣を着なさい」
「はーい、それじゃあ、先に帰るねぇ」
うぅぅん、アルちゃん。アルちゃんってば、とっても素直な良い
そのまま彼女は、さっきと同じ様に海面を飛び跳ねながら、イカダの方へと行ってしまったのさ。
あぁ、でもそんなに飛び跳ねちゃ駄目だよっ、夜とは言え、月明かりで照らされているからねっ! 大変な事に、大変な事になっちゃうからねっ。
そんなアルちゃんの姿を見送っていた僕に、ダニエラさんがそっと一言。
「吉田さんは、ロリ系なのですか?」
――ギクッ!
いやいや、ロリ系って事に驚いたんじゃないよ。そうじゃなくって、ダニエラさんに突然話し掛けられたから、驚いただけなんだよ。そうなんだよ。本当だからね。
「まっ、まさか……」
「……ふぅぅん」
なんだか思わせぶりなダニエラさん。
「そう言えば……」
「え?……そう言えば……って?」
「先程は、どうして振り向こうとはされなかったのですか?」
「えぇ? そっ、それは……ダニエラさんと約束を……したから?」
どうして僕はここで疑問形?
「しかし、殿方はその様な約束を反故にしてでも、女子の裸を見ようとされるのではありませんか?」
だいたいそんな事したら、ダニエラさんに海に沈められると思ったから……なぁんて、言える訳ないじゃん。
「えぇ? そそ、そう言うものかな?」
「はい、そう言うものです。『鶴の恩返し』しかり、『グリム童話』しかり。大体、やっては駄目……と言われる事をしてしまうのが、殿方の習性であると思われます」
「それじゃあ、あの時、僕が振り返ってたら、どうなってたの?」
「いえ、別に何も。特に減るモノでもありませんし」
そう、事も無げに言うダニエラさん。
「だっ、だって、ダニエラさんが見ちゃ駄目って言ってたんだよ?」
「あら? そうでしたかしら?」
マジか、この娘、マジなのか? あの時、振り向く方が正解だったって事なのか?
いや、良く考えろ、これは罠かもしれない。
そう言っておいて、本当は振り返った途端に怒りだす。
きっと、これは罠だ、罠に違い無いっ!
「いやいや、僕はちゃんと約束は守る男だからね」
「ふぅぅん、そうですか。てっきり私は、大人の女性より、幼女がお好みなのかと」
「えっ?」
うわぁぁぁ、そっちかぁ! そっちなのかぁぁ。ダニエラさんの機嫌を損ねたのは、そっちだったのかぁぁ!
さっきアルちゃんを見てた事が、尾を引いてるんだぁぁ!
「とっ、とんでも無い! ぼぼぼ、僕は大人の女性、特に大人の女性の裸が大好きですよっ!」
「はて? そんな事を突然面と向かって言われましても、女性の身としては、ドン引きで御座います」
――ツーン
うわぁぁ、なんじゃそりゃぁぁ。
僕は何て言えば良かったの? この場合、何て言うのが正解だったのぉ!
「まぁ、そんな事はさておき、皆さん無事な様ですので、イカダの方へ戻りましょうか?」
僕の狼狽ぶりなど、どこ吹く風。
ダニエラさんったら、涼やかにそう言ってのけたんだ。
「うっ、うん。もう帰ろう……か」
僕は返事もそこそこに、水上バイクのスタートボタンを押したのさ。
帰りは、更に安全運転。
とってもゆっくりしたペースで進んで行く。
当然、来た時と違って緊張感も無いから、ダニエラさんと色々な事についてお話ししたんだ。
例えば、僕の子供の頃の話や、ケンちゃんと知り合った時の話とかさ。
「もともと僕は、アメリカ人の父と日本人の母を持つハーフなんだ。生まれはアメリカのコロンビア州」
「へぇぇ、コロンビア州」
「でも、僕が小さい頃に父が戦死しちゃってね。あぁ、父は海兵隊員だったんだよ。それで、アメリカで身寄りの無い母は、親戚を頼ってこの日本に帰って来たって訳さ。ただ当時の日本って結構閉鎖的でね。昔は良くいじめられたもんだよ」
「でもね。そんな僕を
「そうなのですか。
「あはは、そうだね。まさにヒーロー、正義の味方だったよ。あぁ、もちろん、今でも僕のヒーローだけどね。それに、僕がアメリカの大学に行くって言う話をした時も、一番最初に応援してくれたのは、ケンちゃんなんだ」
「そうでしたね。吉田さんはアメリカの大学に行ってしまうのですよね……」
僕の腰に回すダニエラさんの手。
なぜだろう、ちょっとだけ強張った様な気がする。
「うん。もし合格出来て、お金の工面がついたらね。でも、なかなかお金って、誰も貸してはくれないんだよねぇ。世の中って、結構世知辛いものさぁ」
「そう言えば吉田さん。父上様はお亡くなりになったとお聞きしましたが、母上様は?」
「うん、三年前に他界しちゃってね。今は親戚の家で暮らしているんだ」
「そうでしたか。大変不躾な質問をしてしまいました」
「うぅん、良いんだよ。それでね。元々アメリカ生まれの僕は二重国籍になっててさ、折角だから、父の国であるアメリカに行こうかなぁって」
「なるほど。そう言う事情でございましたか」
彼女はそう言いながら、僕の背中に身を預けて来たんだ。
「そっ、それでね。ダニエラさん」
「……はい、何でしょう、吉田さん」
彼女の温もりが背中から伝わって来る。
「じっ、実はねぇ。まだお金の工面が出来て無くてさぁ、多分今年中にアメリカに行くのは難しいと思うんだ。だから、来年まではまだ日本に居るんだけど……。うーんと、それでね、もし、もし良ければなんだけど……」
言え、言うんだ、吉田浩平っ!
言うんだったら今しか無いっ!
間違い無い、吉田浩平! お前の探していた理想の女性は彼女だっ!
彼女に違い無いっ!
「あっ、あのぉっ! ぼぼぼ僕と付き合ってもらえませんかっ!」
言ったぁ!
言っちゃったよっ! 生まれて初めて告白しちゃったっ!
でかしたっ、吉田浩平!
やったなっ、吉田浩平っ!
はうはうはう!
「……」
「あっ、あぁぁ、突然こんな事言ってごめんね。あの、あのぉ、良いんだよ。そんな直ぐに返事をくれなくても。そそそ、それにね。まだ、今日会ったばかりで、僕がどんな人間かもわからないものね。そりゃそうだ。そりゃそうだよ。それなのに、いきなり付き合って欲しいなんてオカシイよね。あぁ、そうだっ! それだったら、こうしてはどうだろう。まずはお友達からって事で。それで、返事は僕の事を色々知ってからで全然OKだから。僕、頑張るから。すんごく頑張るから。だから、逆に今、返事はいらないよ。そう、僕と言う人間をよぉぉく知ってもらってから判断して欲しいな。是非、是非それでお願いしますっ!」
もう、どうして良いやら、悪いやら。
とにかく僕は、自分の思いのたけをぶちまけたんだ。
すると……。
「……ふふっ、うふふふふっ」
背中からきこえる、可愛い笑い声。
「え? 僕、オカシイ事言ったかな」
「いいえ、おかしな所はありませんでしたよ。吉田さんのお気持ちは良く分かりました。それでは、吉田さんのご要望通り、まずはお友達からでお願い致します。その後、吉田さんの事を十分理解した上で、お返事を差し上げたいと思います」
「ほっ! 本当にっ! ありがとうダニエラさんっ! 本当にありがとう!」
「いえいえ。ただお友達になっただけで、感謝される様な事は何もしておりませんよ。……それに」
「そっ、それに?」
「それに、もし私と付き合いたい、との事であれば、私と
「えぇ? ダニエラさんと
「そうですねぇ。私と釣り合うとすれば……それは
「かっ、
「ふふっ、神は神でも、宗教的なものではありませんよ。そうですねぇ。もう少し分かりやすく申し上げれば、世界をその手に掴む事が出来る男……とでも申しましょうか」
「世界……ですかぁ」
「えぇ、世界です。吉田さんは、世界を手にする事ができますか?」
「うぅぅん、世界かぁ……」
「男子たるもの、その程度の
「そっ、そうですね、そうですよね。えぇ、任せて下さい。僕は必ず世界を手に入れて見せますっ! ダニエラさん。きっと神のごとき力を手に入れて、ダニエラさんを迎えに来ますから」
「ふふふっ、それは楽しみです。でも、あまり時間をかけてもらっては困りますよ。あまり待たせると、いつ私の気が変わるやもしれませんからね」
「はっ、はい。絶対にお待たせしませんからっ!」
やったー!! やったよー!!
この時の僕は、間違いなく世界一の幸せ者だったに違いないのさ。
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