第8話 花火大会に行こう!
――白ヤギさんたら、読まずにたべた、しーかたが無いので……
あ、これ知ってる。『ヤギさんゆうびん』の歌だ。
って言うかこれ、ダニエラさんのメール着信音じゃん。
だいたいメールが来たのに、読まずに食べじゃダメでしょ。
それに、いきなりこのフレーズから、ってどう言う事?
あぁ、そう言う事。
読みたく無いって事なのね。
だって、ダニエラさんの眉間に、めっちゃシワが寄ってるんだもの。
まぁ、そんな事より父さんが釣って来たのは、結局小型のキスを十匹ほど。
そう言う事もあろうかと、事前にお肉や野菜を買い込んであったから大丈夫。
お庭で無事バーベキューを楽しむ事が出来ました。
「ふぅぅ……」
あらかた食べて、ひと段落。
もう六時を過ぎてる頃なのに、ようやくこれから夕焼けって感じ。
高台にあるばーちゃんの別荘からは、海に沈む夕日が見えて、とっても綺麗なんだ。
「ダニちゃん、メール?」
眉間にシワを寄せたまま、スマホ画面を覗き込んでるダニエラさん。
そんなダニエラさんの肩越しに、アル姉が更に画面を覗き込もうとしているよ。
「えぇ、昼間の大学生ですね。花火大会を見に行こうとのお誘いの様です」
ダニエラさんたら、全く興味も無さそうにスマホをアル姉に渡しちゃった。
「えぇぇ花火大会かぁ、行きたいなぁ。ねぇ、慶ちゃーん、一緒に行こうよぉ」
今度はアル姉が僕に抱き付いて来ます。
もぉぉ、アル姉はおっぱいが大きいんだから、そんな
「えぇぇ。まぁ、僕も行きたいけどぉ。ダニエラさんはあんまり行きたそうじゃないしぃ」
って、僕が言った途端。
「えっ、慶太ぼっちゃんは、花火大会行きたいのですか? えぇ、そうですか。そうでしょうとも。私も行きたいと思っていた所です。慶太ぼっちゃんの行きたい所が、私の行きたい所。えぇ、このダニエラは、何処へでもお供させて頂きますよ」
って、急に元気になっちゃった。たははは。面白いダニエラさん。
「父さん、母さん、行って来ても良い?」
僕はちょっとおねだりモードだよ。
「そぉねぇ。慶一郎さんはどう思う?」
母さんは既にワインが入っちゃって、良い感じに出来上がってるから、全然行く気無しって感じだね。
「そうだなぁ、ダニエラさんが付いていれば、大丈夫じゃないかな?」
「はい、このダニエラ、
ちょっと食い気味に言葉を被せて来るダニエラさん。
父さんも苦笑しているよ。
「わーい! それじゃあ、準備して来るねぇ」
言うが早いか、アル姉はバーベキューの洗い物を持って台所へ。
「それでは、
って言いながら、ダニエラさんも部屋の方へと行っちゃった。
たははは。本当にこう言う時の高橋家の行動力はスゴイよね。
ここから花火の見えるマリーナまでは意外と近くて、歩いて十五分ぐらいかな。
車だと結構大回りしないといけないんだけど、歩きだったら林道を下ればすぐって感じ。
花火大会は夜八時からって言ってたから、まだ一時間以上あるよね。
二人は何の準備してるんだろう。
まぁ、女の子だから、そりゃあ色々と準備も必要だよね。
「はい、慶ちゃん、アルちゃん特製、梨のコンポートだよぉ」
アル姉が運んで来てくれたのは、とっても美味しそうなデザート。
気付けば、バーベキューで使ったお皿や機材も全て片付け完了。
父さんと母さんの前には、赤ワインにチーズのオードブルがそっと置かれてる。
二人とも、夕日を見ながら嬉しそうに乾杯しちゃってるよ。
もぉ、アル姉の準備ってこの事かぁ。
本当にアル姉は、家事全般、特に料理はプロ並みだからね。
「アル姉ぇ。このデザート、とっても美味しいよ」
「でしょぉぉ! ちょっと洋菓子も勉強中なんだぁ。明日も新作が出るからねっ!」
本当にアル姉は勉強家で働き者だね。
「アルちゃん、アルちゃん!」
あれあれ、ダニエラさんが呼んでるよ?
「アルちゃん、髪の毛セットしてあげるから、早くシャワー浴びなさい!」
「えぇぇぇ。私は別にこれで良いよぉ。臭くも無いしぃ。シャワーは帰って来てからじゃ駄目ぇ?」
面倒臭そうに返事をするアル姉。
ちょっと自分の腕の臭いを嗅いでみながら、頭をひねってる。
まぁ、今はバーベキューの臭いしかしないと思うよ。
「駄目よっ! 女の子がそんな事じゃ駄目っ! 早くシャワー浴びてらっしゃい!」
「はぁぁぁい」
たははは。アル姉怒られちゃった。
アル姉は、家事全般は得意なんだけど、どうにもオシャレ分野が不得意だよね。
って言うか、全く気にならないんだろうね。
逆にダニエラさんは機械いじりは滅法強いし、いつもオシャレは完璧。ただ、どうした訳だか、料理がからっきしなんだよねぇ。ほんと、世界の七不思議に入れたいぐらいだよ。
なんて事をしている内に、日も沈んで夜七時半。
「それじゃあ、父さん、母さん、行って来るねぇ」
「あぁ、行ってらっしゃい。あんまり遅くならない様にね。ちゃんとダニエラさんの言う事を聞くんですよぉ」
「「「はーい」」」
元気に三人でお返事です。
なんと、ダニエラさんとアル姉は、いつの間にか浴衣にお着替え完了。
ダニエラさんは淡いブルーに、風鈴の絵柄がとっても涼し気。大人の雰囲気だね。
アル姉の方は、赤い金魚の絵柄が手持ちの巾着とペアになってて、とっても可愛い。
いつの間にか、僕も子供用の甚平を着せられて。まぁ、これはこれで動きやすいから、とっても『良き』って感じさ。
三人で手を繋いで林道をゆっくり、ゆっくり降りて行く。
「むふふふっ。慶太ぼっちゃん、危ないですから、ダニエラの手は決してお放しにならないように」
「うん、わかったよ」
まぁ、林道って言っても綺麗に舗装された階段状になってるから、草履履きの足でも全然大丈夫。危なくないよ。
「わぁぁ、人が一杯だねぇ」
マリーナは、個人所有のヨットやボートなんかが停泊している場所で、近くには小さなホテルやお店なんかが沢山あるんだ。
多分、今日の花火大会を目当てに、遠くから来た人達も大勢いるんだろうね。
――デーデーデーデッデデーデッデデー……
どこかから、ダー〇ベーダーが来るよ。
あぁ、ダニエラさんのスマホか。って言うか、着信音がダース〇ーダーって誰なの?
「はい、もしもし。……はい、はい。……はい、構いません。……はい。それでは」
うぅぅわぁぁ。めっちゃ事務的。めっちゃ塩対応。
多分、例の大学生だな。
「慶太ぼっちゃん。マリーナの第二桟橋の方に小さなボートが停めてあるそうです。そちらの方にお越し下さいとの事でした。如何いたしましょう」
もぉ、ダニエラさんったら、さっき
本当に僕にだけ優しいダニエラさん。
「あぁ、うん。折角誘ってもらったからね。行ってみようか?」
「はいっ! そうしましょう」
二つ返事のダニエラさん。
「えぇっとぉ、第二桟橋はっとぉ……あっ! あった、ここだ、ここだぁ」
そんなに大きなマリーナじゃ無いから、直ぐに場所が分かったよ。
桟橋の一番先頭部分。
そこには三人乗りの手漕ぎボートが停めてある。
「あぁ! ここ、ここですよ。ダニエラさん、ここです!」
桟橋の端で手を振ってるのは、昼間の爽やかイケメン、吉田さんだ。
「わぁ、ダニエラさん、浴衣ですかぁ! めちゃくちゃイイです。凄く綺麗ですよ」
うぅぅん、結構ナンパな吉田さん。
かと思ったけど、吉田さんたら顔真っ赤っか。
ナンパと言うよりは、単なる正直者なのかもね。
「あっ……ありがとう……ございます」
ふふ。ダニエラさんたら、真面目な顔しちゃって。
でも、まんざらじゃないみたい。
だって、可愛い小鼻がぷっくり開いてるんだもの。
絶対これ、嬉しい時の顔だよ。
「ねぇ、吉田さん。ボートから花火を見るの? でもこのボート三人乗りでしょ?」
確かにマリーナの方は、沢山の人出で、足の踏み場も無いぐらい。
今から場所取りするのは、結構難しそうだよね。
そう言う意味では、ボートで花火を見るってのは良い考えだね。
だけど、定員を超えてると危なく無いかなぁ?
「あぁ、そうだね。でも大丈夫。花火を見るのは、もう少し先にあるイカダの上だよ。そこまでは僕が水上バイクで曳航するから安心して」
あぁ、本当だ。
確かに手漕ぎボートの向こう側に、水上バイクが停めてある。
「それじゃあ時間も無いから、乗って、乗って。ボートの中にライフジャケットが置いてあるから装着してね。ちょっと浴衣には合わないんだけど、ほんのちょっとの辛抱だから」
本当に申し訳無さそうな吉田さん。
「ほいほーい」
とっても気軽に返事をしたのはアル姉。
一番最初にボートへ飛び乗ると、まずは自分のライフジャケットを装着。次に僕にもアッと言うまに着せてくれたよ。
ただ、ダニエラさんは最後まで抵抗してたね。
何て言うかなぁ、ダニエラさんの美的感覚に、どうしても合わないんだろうね。
ずーっと嫌がってたけれど、最後の最後に僕がお願いをしたら、引きつった笑顔を見せながらも承諾してくれたのさ。
ふぅ。手間の掛かる人だよ。
「それじゃあ、曳きますよぉ」
――ブロロロロロロ
吉田さんが運転する水上バイクが滑る様に海面を走って行く。
多分あまり飛沫が僕たちに飛ばない様、曳航用のロープを長めにして、ゆっくり走ってくれてるんだろうね。
手漕ぎボートは殆ど揺れる事も無く、ゆっくりと沖にむかって進んで行く。
ほんの数分かな。
進む先に、ロの字型の大きなイカダが見えて来たんだ。
このイカダ、今の時期は釣り人に解放してるらしいけど、今日だけは貸し切りみたい。
おや? でもイカダの上には先客がいるみたいだよ。
「おぉぉい、コーヘー! 早くしろよぉ。花火始まっちまうぞぉ」
イカダの上から大声で叫んでる男の人がいるよ。
「あぁ、ごめんごめん。すぐに寄せるから。あぁ、それに一人で出来るから大丈夫。ケンちゃん達は、そのまま花火見ててぇ」
「おー、わかったぁ! 助けて欲しくなったら言えよぉ」
大きなイカダの端に腰掛ける人たち。
きっと、さっきのケンちゃんって人のお友達なんだろうね。
いち、にぃ、さん……。
男の人が三人に、女の人が三人。
みんな、大学生ぐらいかなぁ。
そんな皆の前を、ボートがゆっくりと通り過ぎて行く。
「おぉぉ、マジかぁ。浴衣だよ、浴衣。しかも、めっちゃ可愛いじゃん!」
お兄さん達、心の声がそのまま口から出ちゃってるよ。
ダニエラさんなんて、ちょっと機嫌が悪くなっちゃって、つーんってしてるし。
でも、アル姉は全然お構いなし。
みんなに向かって元気に手を振ってるよ。
「「おっ、おぉぉぉ!」」
「揺れてる、揺れてるよぉ、おい! どうなってんだ、あれぇ」
アル姉を見て、更に騒ぎ出す男子諸君。
まぁね。そりゃ揺れもするだろうさ。浴衣の時は、下着って着けないらしいからね。それに、すぐ元気に走り回っちゃうアル姉は、アッと言う間に着崩れしちゃって、さっきからダニエラさんに何度もお直しされてるぐらいだからね。
ライフジャケット越しでも、その重量感は半端無いからね。
そんな騒ぎを巻き起こしつつ、ようやく皆の前を通り過ぎ、イカダの側面にある簡易な桟橋へ。
吉田さんが先に横づけしてから、ボートを曳航するロープを丁寧に手繰り寄せてくれたんだ。
全く揺れもせず、大イカダに上陸成功!
――ドーン、ドーン、パラパラパラパラ……。
丁度その時。
僕たちの上陸を祝うかの様に、待ちに待った花火が打ちあがり始めたのさ。
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