第7話 いやぁ助かりました

「いやぁ、のおかげで、本当に助かりました」



 真っ白い歯がとってもまぶしい、爽やかイケメン風のお兄さん。


 ついさっき、母さんの運転する車にひき殺されそうになってたけど、今では、これでもかっ! ってくらい笑ってるね。


 そりゃそうか。


 結局あの後、ダニエラさんの鋭い視線と一喝で、車に乗ってたお姉さん達が全員降車。


 しかも、アル姉が「私やってみるねぇ」って言って、運転免許も持ってないのに、お兄さんの代わりに運転席へ。


 様子を探る感じでしばらくエンジン吹かしてたと思ったら、そのウチ、「行っくよぉー!」の掛け声の後、思いっきり車を急発進!


 何度かタイミングを合わせて前進と後進を繰り返し、だんだん揺れ幅を大きくして行ったと思ったら、最後は一気に小川の外へっ!



 ――ガウゥゥン! ブロロロロロロ。


『『『おぉぉぉ!』』』



 その様子をただ眺めていただけのお兄さん達からも、どよめきと大きな拍手が。


 後でアル姉に聞いたら、「全然大した事無かったよぉ。あんなん普通やし」とか言ってたっけ?


 お兄さんの運転が下手なのか、それともアル姉の運転が上手いのか?


 まぁ、どっちもなんだろうけどね。



「いいえぇ、大丈夫ですよぉ。また、小川にハマったら、連絡下さいねぇ~」



 出たよ。母さんの十八番おはこ


 超若作りの猫なで声。絶賛大炸裂さくれつ中だね。


 でも母さん……。


 人って、そうちょくちょく小川にハマったりなんてしないよ。


 それにもし、お兄さんがもう一回ハマったとしたら、とんでもない大馬鹿野郎だよね。


 しかも、またハマって連絡もらったとしても、母さん困るでしょ?



「あのぉ、もしよろしければ、メアド交換させてもらっても良いですか?」



 爽やかイケメンお兄さん、めっちゃ前向きポジティブだなぁ。


 って言うか、これ、新手のナンパなの? でも、車に大学生ぐらいのお姉さん達、乗ってたよ?


 にも関わらず、アラフォーの母さんナンパしてどうすんの?


 いいの? 大丈夫なの? そんな事して。


 ここに、小学生の息子がいるんだよ。


 その小学生の息子の目の前で、母さんがナンパされてるって、どういう事?


 うぅぅん……。


 本人母さんは嬉しそうだから、まぁ、良っか。


 そんな母さん、アル姉にコソコソ話なんかして、どうしたんだろ?



「ねぇ、ねぇアルちゃん。アルちゃん。って何? 交換するって、名刺みたいな感じぃ?」



 あたたたた。


 そう来たか、母さん。IT系はからっきしだからなぁ。


 携帯電話すら持ってないし。


 この前も、どうして携帯電話持ってないの? って聞いたら、「だって、電話番号覚えられないんだもん」とかって言ってたっけ。


 母さん、今時の携帯電話って、電話番号覚えておかなくても良いんだよ。



「うーんとぉ、連絡先みたいなヤツやがやちゃ。でも美穂ちゃんパソコンもスマホももっとらんやろぉ。ダニちゃんにお願いしたらどうけ?」

(翻訳:うーんとぉ、連絡先みたいなものですよ。でも、美穂さん、パソコンもスマホも持ってないでしょ。ダニエラさんにお願いしたらどうですか?」



「あぁ、そなの? それは難儀なんぎねぇ。うーんと、ねぇねぇ、ダニーちゃん。このお兄さんが、交換したいんだって。代わりにやってくれる?」



 母さん、メアドだよ。メアド。


 だと、宇宙怪獣か、ドンブリ物かの二択になっちゃうよ。



「はい、承知致しました。美穂さんのお言いつけであれば、仕方がありませんね」



 あらら。


 ダニエラさんったら、めちゃめちゃ嫌そうな顔つきだけど、母さんの言う事は、ちゃんと聞くんだよなぁ。まぁ、ダニエラさんはしっかり者のお姉さんだからね。



「あ、あのぉ。僕、吉田浩平よしだこうへいって言います。よっヨロシク」



 あらぁ。爽やかお兄さん。吉田さんって言うんだぁ。めっちゃ緊張してるみたい。



「はいはい、吉田さんね。私のアドレス入れときましたから」



 うわぁぁ、ダニエラさん、めっちゃ事務的。めっちゃ塩対応。


 しかも、むちゃくちゃスマホ打つの早っ!


 一刻も早く立ち去りたいんだね。そうだね。そう言う事なんだね。



「あっ、あのぉ……」



 おっ、吉田さん爽やかお兄さん粘るのか?



「それでは失礼します」



 かー、ダニエラさん、聞く耳を持たないゾ!



「あの、あのっ……今日の夜、マリーナの方で花火大会があるんです。もしよろしければ……」



 え? 花火大会があるの?



「よろしくありません。それでは」



 あぁぁぁ、完全スルー。


 全く見込み無し。


 でも、ちょっぴり花火、楽しそうだなぁ。



「あっ、あの。よっ夜八時から……。八時からですから。それに、メール。メールしますからっ!」



 結局ダニエラさんたら、一度も振り返ること無く車に乗っちゃった。


 でも吉田さん爽やかお兄さんったら、僕たちが車で立ち去るまで、手を振ってくれてたっけ。吉田さん爽やかお兄さん本当にめっちゃ前向きポジティブ


 って事は、吉田さん爽やかお兄さんのお目当ては、母さんじゃ無くて、ダニエラさんだった……って事なのかな?


 うんうん。それならありえるかもね。歳も近そうだし。


 って言うか、母さん。そんな事より、運転しながら後ろを向いて手を振るのだけはやめてね。


 マジで轢いちゃうから。正面からガチでヒト轢いちゃうからね。


 そんなこんなで、ちょっと時間を食っちゃったものだから、今日の海水浴はお預け。


 母さんも折角のビキニをお披露目できずにガッカリしてるみたい。


 って言うか、母さんもビキニなの?


 アラフォーなのに?


 あぁ、歳は関係無いのね。本人の気の持ちようなのね。


 そうだね。うんうん。わかるよ。僕にはわかる。


 って事で、僕たちは海岸沿いの高台にあるばーちゃんの別荘の方に向かったんだ。


 別荘は管理人さんが居るらしいから、特に掃除をしなくても大丈夫。


 到着早々、母さんとアル姉は、夕飯の準備を始めたみたい。


 僕とダニエラさんはと言うと、トラックの荷台に積んで来た荷物を開けてみる事にしたのさ。



「じゃじゃーん。こちらが、慶太ぼっちゃんが発明された試作品。KEITA01βでございます」



 颯爽と荷台のブルーシートを開けて見せるダニエラさん。


 うんうん。ダニエラさんったら、めっちゃ嬉しそう。


 何と言っても、その可愛い小鼻がぷっくり膨らんでるもの。


 これはかなりの自信作らしいね。



「うわぁぁぁ」



 荷台から姿を現したのは、途方もない大きさの機械装置。


 中にはドラム缶三本分程の長さを持つ円筒管が三つも。


 って言うか、これ、夏休みの宿題なんだよね。自由研究なんだよね。


 確かに発案は僕なんだろうけど、どうなってるんだろう……この大きさ。



「だっ、ダニエラさん……とにかく……凄い……ねぇ」



「おーっほっほっほ! そうでございましょう。そうでございましょう。不肖ダニエラ、全精力を傾けて造り上げた逸品でございます。この様に慶太ぼっちゃんにお喜び頂けるとは……、わっ、わたくし……嬉しさのあまり……ぐすっ、ぐすっ。うぇぇぇん」



 はわわわわ。ダニエラさんったら、突然泣いちゃったよぉ。頑張ったんだね。本当に頑張ったんだね。そりゃそうだよね。これだけ大きいもの、そりゃがんばったんだよね。



「ぐすっ……あぁ、ぼっちゃん。お見苦しい所をお見せしました。大変申し訳ございません。慶太ぼっちゃんにお褒め頂くなど、望外の喜びを感じた途端、感極まってしまいました。何卒ご容赦願います」


「さて、ご説明をさせて頂きます。基本コンセプトは慶太ぼっちゃんの発案をベースに、私ダニエラの方で、少々改造カスタマイズを加えさせて頂きました」



 うんうん。改造カスタマイズ改造カスタマイズ、大改造カスタマイズだね。原型をほぼ留めて無いよね。



「全長三メートル、直径六十センチの円筒管をベースに、耐腐食性を考慮して、FRP強化プラスチックとグラスファイバーをベースとした、複合新素材を外装として採用致しました。しかも、カラーリングにもかなりこだわりが」



 トラックの荷台に颯爽と飛び乗るダニエラさん。


 あぁ、あぁ。そんな足を広げちゃったら、パンツ見えてるよぉ。


 でも、全くお構い無しだね。そんな事、どうでも良いんだね。



、慶太ぼっちゃん!」



 なんて言うから、思わずパンツ見ちゃったじゃん。


 思わず、そっちに目が行っちゃったじゃん。もぉぉ。ダニエラさんたらぁ。


 ちゃんと洋服とコーディネートされた白なんだね。そう言う事なんだね。


 あぁ、そんな事より、ダニエラさんが円筒管の中から取り出したには、とっても見覚えのあるがペイントされてたんだ。



「おぉぉ、そのまんまだぁ」



「ふふーん。でございましょう? 紛れも無く、これは慶太ぼっちゃんのご発明でございます。私は、そのほんの手助けをさせて頂いたのみ。本実験の成功は、全て慶太ぼっちゃんの成功に他なりません。と言う事で、間違い無く、これは慶太ぼっちゃんの夏休みの自由研究なのでございます」



「ははぁ……」



 かなり無茶苦茶な論理だけど、まぁ良いか。夏休みの宿題は、親が手伝う事なんてザラだからね。近所のお姉さんが手伝ってくれてもバチはあたらないよね。


 なぁんて話してた所に、見知らぬおじさんが訪ねて来たよ。



「こんにちは、ダニエラさんはこちらに?」



「あぁ、会長。お久しぶりです」



 あれ、ダニエラさんの知り合いなのかな?



「先日は大変お世話になりました。も大変お喜びで……」



 あぁ、ばーちゃんの知り合いかぁ。ダニエラさんって、ばーちゃんの会社でアルバイトしてるって言ってたから、それ関係なんだね。



「いやいや、社長には俺の方が世話になりっぱなしで、逆に肩身が狭いよ。たははは。で? 荷物って言うのはソレかい?」



「はい、試作品が出来上がりましたので、海の方へ沈めて様子を見ようかと」



「ほほぉ、コイツぁ、新しいタコつぼか何かかい? 変わった形してるねぇ」



「えっ、えぇ、まぁ。まだ試作品ですので、色々データを取りませんと」



「そうかい、そうかい。それじゃあ、これ預かって行くから。そしたら、どの辺に沈めておけばいいんだい?」



「そうですねぇ。だいたい水深200からぐらいのにお願いします」



「おぉ、わかったよ。って事ぁ、狙いはじゃ無くて、だな? よぉぉし、明日出航予定のイカ釣り漁船で運んでおくよ。任せといて」



「え? えぇ、まぁ」



「あははは、良いよ、いいよ。どうせ詳しくはまだ話せない新商品ってヤツなんだろ。ちゃんと沈めて来るから安心しといてよ」



「はい、ありがとうございます」



 なんだか顔はちょっぴり怖いけど、優しそうなおじさんだったな。


 後から聞いたら、この辺りの漁業協同組合の会長さんなんだね。って事は、結構偉い人なのかもね。



 ――ブロロロロロロ。



 あ、会長さんと入れ替わりに、父さんを迎えに行ってた、母さんが帰って来たみたいだ。



「「「お帰りなさーい!」」」



 玄関先に並んで、みんなでお出迎えさ。


 さてさて、父さんの釣果はどうかな? これで、今日の晩御飯が決まるからね。



「いやぁ、今日はさぁ……」



 って、父さんが話し出そうとした所で。



「アルちゃん、オペレーションB発動!」



「了解です、美穂ちゃん!」



 父さんの話を全く聞かずに、アル姉が厨房の方へと行っちゃった。



「はいはい、慶一郎さんは先にお風呂に入っちゃってくださいな。ダニーちゃん、庭でバーベキューするから、準備をお願いねー」



「はーい、美穂さん、承知しました」



 ダニエラさんも半分苦笑いで、そそくさと庭の方へ。



「慶太も父さんと一緒にお風呂に入って来なさいね。うふふふ」



 そう言いながら、母さんも厨房の方へと行っちゃった。


 玄関先に取り残されたのは、高橋家の男二人だけ。



「慶太ぁぁ、聞いてくれよぉ。本当はさぁ、こーんな大物を釣るだったんだよ。だけどさぁ……」



「はぁぁぁ……。はいはい、はお風呂で聞くから、早くお風呂場に行こ」



 結局父さんの愚痴を聞くのは、僕の役目なんだよなぁ。

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