第9話 指切りげんまん

 大イカダの上では、大学生のお兄さんお姉さん達が、楽しそうに宴会の真っ最中。


 飲めや歌えの大騒ぎって感じ。たははは。



「おぉ、コーヘー遅かったな、まぁ、間に合って良かったよ」



 缶ビール片手にやって来たのは、さっき吉田さんがケンちゃんって呼んでた人だね。



「あぁ、うん。……それじゃあ、僕たちはこっちの方で花火見てるから」



 吉田さんたら、遠慮がちにイカダの端の方を指さしてる。


 まぁ、端って言っても大人が二、三十人は楽に釣りができる大きなイカダだもの。


 どこに座ったって、大迫力の花火がしっかり見えちゃうから大丈夫。



「なんだよ、遠慮すんなよコーヘー。どうだ? お前達も飲むか?」



 ケンちゃんが缶ビールを目の高さまで持ち上げて、これ見よがしに振って見せてるよ。



「いやぁ、駄目だよぉ。だいたい、この後みんな、どうやって岸まで帰るのさぁ。なにより未成年だからね」



 吉田さんが僕たちの方を振り向いてにっこり笑ってる。


 なるほど、みんなも吉田さんが小舟で連れて来てたんだぁ。しっかり運転手扱いされてるんだね。


 って言うか、吉田さん、未成年だったんだ? 



「そりゃそうだ。だははは。そんじゃあ、今ジュースとか持ってきてやるからよぉ」



 ケンちゃんったら、今度は吉田さんの影に隠れてる僕たちを覗き込んで来たよ。



「あぁ、今日は迷惑かけてごめんなぁ。ちょっと彼女達に良いトコ見せようとしちまってさぁ。にしても助かったよ。本当にありがとう。今日は貸し切りだからさ。ゆっくり花火を楽しんでくれよ。酒は……まぁ、まだ駄目だろうけど、お菓子やジュースなんかも用意してあるからさ」



 おぉ、ケンちゃんたら。意外と良い人だったんだね。


 ダニエラさんが、あれだけ文句言ってたから、てっきりダメダメ人間だと思ってたけど、意外と素直な好青年だよ。


 と思ってたら、あれ? ダニエラさんが急に前に出て来たよ?



「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます。一同を代表しまして、お礼を申し上げます。わたくし若輩者故じゃくはいものゆえ、先程は少々行き過ぎた発言が御座いました事、この場をお借りして謝罪させて頂きます。大変申し訳ございませんでした。平にご容赦頂ければ幸いです」



 さすがダニエラさん。


 お姉さんだから、ちゃんと大人のご挨拶が出来るんだよね。


 それにしても、何だかケンちゃん、目を丸くしているよ。



「おっ……おぉ、俺ぁ、そそそ、そんな事、全然気にして無いよ。こっちの方が迷惑かけたってぇのに、えぇぇっとぉ、なんだかなぁ……。たははは、こんな可愛いにそんな事言われたら、逆に緊張しちゃうじゃんよぉ。なぁ、コーヘー、なぁ。あはは、まぁ、本当に気にして無いからさぁ、今日は楽しんで行ってくれよ。そいじゃ!」



 なんだかケンちゃんたら、うのていでみんなの所に帰って行っちゃった。あははは。



「そっ、それじゃあ、座って花火見よっか」



「「はーい」」



 元気よく返事をする僕とアル姉。僕たちは早速イカダの縁に腰掛けたんだ。


 そして、目の前に上がる花火を眺めて……と思ったら。


 ううん、そうじゃない。


 目の前どころか、なんと! 僕たちのほとんど真上に花火が上がるんだよ!


 どうやら、海上に浮かべた別のイカダから、花火が打ち上げられているみたいだね。



 ―ヒュゥゥ……、ドドーン! パラパラパラ……。



「うわぁぁ、凄いねぇ!」



 その迫力って言ったら、もう腰を抜かすぐらい。

 

 僕は口を大きく開けたまま、天頂で炸裂する大花火を見上げてたのさ。



「えぇ、そうですね、慶太ぼっちゃん。今打ち上げられているのは、五号玉と呼ばれる花火でございますね。約二百メートルほど打ち上がりまして、開く花の大きさは、直径およそ百七十メートル程でしょうか。この後、もっと大きな花火も打ち上げられますよ」



「「へぇぇ、そうなんだぁ」」



 僕と全く同じ事を言う吉田さん。


 もぉ、大人なのに知らなかったの? ダニエラさんの方がよっぽど物知りじゃん。


 と、その時。



「あっ! ハッピーチョコレート!」



 耳聡く聞いていたアル姉ったら、僕と吉田さんに素早くタッチ!



「あぁ! しまった! やられたっ! ハッピーチョコレート!」



 今度は僕が吉田さんにタッチ!



「はっ! ハッ、ハッピーチョコレートッ!」



 ダニエラさんも、ちょっとモジモジしながら、吉田さんと僕にタッチ!



「えっ えっ? えぇぇ!」



 突然みんなにタッチされた吉田さん。何の事だかさっぱりわかって無いみたい。



「はぁい、吉田さんの負けぇ。くすくすっ! これは、誰かが同時に同じ言葉を話した時に、最初にタッチされた人が、タッチした人達にチョコレートをプレゼントしないといけないって言う決まりなんだよ。今回は吉田さんと僕が同じ言葉を言ったから、みんな僕と吉田さんにタッチしたって訳。でも、僕は吉田さんに先にタッチしたから、吉田さんの一人負け決定でーす!」



 説明を聞いて、大きく頷く吉田さん。



「えぇっと、ダニエラさんとアル姉には、僕の分も含めてチョコを二つ。僕にはチョコを一つプレゼントしないといけないんだからね、約束だよ」



「あっ、あぁ、分かったよ。約束するよ」



「はい、それじゃあ指切りしまーす!」



 僕は吉田さんの小指に自分の小指を絡ませたんだ。



「ゆ~びきりげんまん、ウソついたら、針千本の~ます!」



「はいっはいっ! 次は私ね」



 アル姉もノリノリだよ。早速吉田さんと指切りさ。



 「ゆ~びきりげんまん、ウソついたら、針千本のむがやちゃ!」



 あははは。アル姉のはちょっと方言入ってるんだよね。


 次はダニエラさんだね。


 ダニエラさんもちゃっかり小指を出して、待機中だよ。



「あっ……えぇっとぉ……」



 どうしたの? 吉田さん。ダニエラさん待ってるよ。


 ほらほらぁ、早くしてあげないと、ダニエラさん、ちょっと困っちゃってるじゃん。


 なんだか、チョコ欲しさに、無理やりせがんでるみたくなっちゃうでしょ? これじゃあ、ダニエラさんが可哀そうだよ。


 だめだよぉ。男だったら大きな心で、堂々とチョコをプレゼントしてあげないとね。



「ほらほら、吉田さん、早く早く。ダニエラさん待ってるよ」



「あっ……あぁ、うっ、うん」



 もぉぉ、意外とケチ臭いんだなぁ。吉田さんたら。いまどきチ〇ルチョコなんて、二十円で買えちゃうんだよ。もぉ大人なんだから、いい加減覚悟を決めなさい!


 仕方が無いから、僕が吉田さんの手を取って、ダニエラさんの小指の方へ。


 しっかり小指が絡んだ所で、僕も一緒に歌ってあげたのさ。



「ゆ~びきりげんまん、ウソついたら、針千本の~ます! ゆびきった!」



 ようやく指切りが完了! 本当にもぉ、手間の掛かる人だよ、吉田さんて。



「あっ、あのぉ。ぼぼぼ、僕、じゅじゅジュース取って来ます」



 慌てた様に、ジュースを取りに行く吉田さん。


 どうしたんだろう。なんだか変なの?


 あれ? そう言えば、ダニエラさんも、ちょっぴり下を向いてモジモジしてる。


 そうか、そうだよね。


 チョコぐらいで、ガッツいてるみたいで、ちょっと格好悪かったよね。


 もぉ、吉田さんが悪いんだよ。すぐに指切りしないからぁ。


 でも大丈夫。これはルールだからね。何しろハッピーチョコレートは子供たちの間では、鉄の掟なんだからね。堂々と貰えばいいのさ。ダニエラさんはちっとも悪くないからね。


 そんな事をしている内に、打ち上げ花火の第一部が終了しちゃった。


 第二部が始まるまでの間は、海岸近くに設置された仕掛け花火が披露されるみたいだね。


 どうせだったら、ドンドン打ち上げちゃえば良いのに? って思ってたけど、吉田さんが言うには、色々と大人の事情があるんだって。



「慶太くんには分からないかもしれないけれど。例えばね、途中で休憩を入れると、その分みんなが屋台で買い物してくれるんだよ。そうすると、屋台の人がとっても儲かるのさ。僕、屋台でバイトした事があるから知ってるんだ」



 あぁ、確かにそれはあるかもね。



「それにね。もう一つ大事な事があるんだよ」



「え? もう一つ大事な事って?」

 


「それはねぇ。飛行機に関係してるんだ」



「飛行機ぃ?」



 僕には何の事だか全然わかんない。



「実はね。この近くに飛行場があるんだけど、ちょうどこの時間に飛行機が着陸するんだよ。まぁ、実際にはもっと高い所を飛んでるんだけど、この後打ち上げる尺玉は、かなり高い所まで打ち上がるからね。と言う事で、安全を見て、この時間帯は打ち上げない様にしているのさ」



「「へぇぇ、そうなんだぁ」」



 僕と全く同じ事を言うダニエラさん。


 おりょりょ。ダニエラさんでも知らない事があったんだぁ。まぁ、確かにその情報は、地元の人しか分からないよね。


 と、その時。



「ハッピーチョコレート!」



 やっぱり耳聡く聞いていたアル姉ったら、僕とダニエラさんに素早くタッチ!



「あぁ! まただっ! ハッピーチョコレート!」



 僕は急いでダニエラさんにタッチ!



「ひゃん!」



 ダニエラさんったら、変な声を上げてビックリしてる。あはは。おっかしいの!



「ほらほら、吉田さん、早く、早くぅ! ダニエラにタッチして!」



「えっ、あのっ、そのぉ……」



 もぉ、吉田さん、何やってるのぉ!



「ばっ、バァ~リア!」



 なんだか恥ずかしそうにうつむいちゃうダニエラさん。



「あぁぁぁぁ! ほらほらぁ、吉田さんがもたもたしてるから、ダニエラさんがバリアしちゃったじゃーん」



「えぇ? バリアってなんなの?」




 僕とアル姉は、すっかりあきれ顔さ。



「もぉ、吉田さんは何にも知らないなぁ。バリアされちゃうと、もうタッチできなくなっちゃうんだよぉ」



「えぇ!? もう、タッチできないの?」



「何そんなに驚いてるのさ。そうだよ。もうタッチしちゃいけませーん。タッチはバリアされる前にしないと駄目なんでーす」



「はぁぁぁ。そうなのかぁ……」



 なんだかとっても残念そうな吉田さん。


 まぁ、自業自得だから仕方が無いよね。


 それに、なんだかダニエラさんまで、ちょっと残念そう。


 そりゃそうだよね。バリアする前に僕とアル姉にタッチされた訳だからね。


 うんうん。分る、分るよ。僕は空気が読める男の子だからね。



「へぇぇ……本当に外人さんなんだぁ……」



 そんな僕たちの所に、突然ケンちゃんの友達だって言うお姉さん達がやって来たんだ。


 どうやら、ケンちゃん達男性チームは、この間に、連れ立ってイカダの端にあるトイレに行っちゃったみたい。


 まぁ、そうりゃそうだよね。あれだけ飲めば、出るものも出るよね。たははは。


 あ、そうそう。このイカダは、ちゃんとトイレも完備してるんだよ。すごいよね。



「やぁだぁ、黒髪かと思ったら、ちょっと赤毛入ってるじゃーん。ねぇ、これって、ヘアマニキュアなろぉ? ねぇ、そうれしょぉ?」



 お姉さんの一人が、綺麗に結い上げてあるダニエラさんの髪の毛を摘まんでみてる。


 やだなぁ、このお姉さん。かなり酔っ払ってるみたいだよ。だって呂律ろれつが全然回って無いもの。



「ねぇ、ねぇ。こっちのは完全に栗毛だよぉ。目も青いし、本当に外人さんっぽいじゃーん。キャハハハハ!」



 別のお姉さんが、今度はアル姉の髪の毛を引っ張ってる。



「あぁ、駄目ながよぉ。折角ダニちゃんにセットしてもろたがやから、そんながしたら、崩れてしまうやろぉ?」

(翻訳:あぁ、駄目ですよ。折角ダニエラさんにセットしてもらったのですから、そんな風にしたら、崩れてしまうでしょ?)



「キャハハハハ! なぁに? このぉ、めっちゃなまってるじゃ~ん。県外から来たんでしょぉ。やぁだぁ、折角外人さんなのに、こんな変ななまりなんて、超可哀かわいそぉ~」



 そんな風に言われて、少し悲しそうな顔をするアル姉。



「いやマジに悲しみぃ~。って言うかさぁ、ちょっと酷いわ、酷すぎるわぁ。ねぇ、あんた、もうしゃべらない方が良いんじゃね?」



 うわぁぁ。最後に出て来た、このお姉さん……ちょっと怖い。



「そんな事無いがんよ。私、この言葉、すごぉ~く大好きながよ。だって、この言葉しゃべる人ちゃ、みんな良い人ばっかりながやぜぇ。だから、私はこれで良いがやって、おもとるんぜぇ」

(翻訳:そんな事無いですよ。わたし、この言葉がすごく好きなんです。だって、この言葉をしゃべる人は、みなさん、良いひとばかりなんですよ。だから、私はこれで良いとおもってるんですよ)



「チッ! うるせぇなぁ!」



 突然声を荒らげる怖いお姉さん。



「田舎者は何言ってるか、全然わかんねぇって言ってるんだよ。ちょっと黙っとけよぉ。だいたいさぁ、今日の昼間に私達に向かって暴言吐いてたのって、コイツっしょ?」



 あぁぁ。その怖いお姉さんが、今度はダニエラさんの髪を掴み上げようとしてる!



「だいたい、外国人風情が、何様のつもりだっちゅー……」



 ――パァン!



 その時、海上に乾いた音が響き渡ったんだ。

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