第2話 お弁当の時間
「ただいまぁ……」
今日は夏休み初日から、近くのサッカーチームでの練習試合に参加。
正直、僕は体も大きく無いし、足もそんなに速い訳では無いから、割とベンチにいる事が多いんだけど、なぜだか長距離を走るのが得意なんだ。
特に家族の誰かが見に来てくれた時なんて、フル出場したにも関わらず、全然息が上がらない事もある。
きっと、家族に見られてると、緊張で気合が入るんだろうなぁ。
そのおかげで、格下相手の試合の時は、わりとレギュラーメンバーとして使ってもらえる事が多いんだ。
ウチのクラブにはU-12(12歳以下のチーム)とU-15(15歳以下のチーム)があって、今日はそれぞれ1試合ずつ。隣の市のクラブチームと練習試合って訳。
今日は、母さんとアル姉が応援に来てくれてたから、俄然やる気が出たのかなぁ。やっぱり全然息が上がらない。
まぁ、息は上がらないんだけど、アル姉の応援が凄まじくって、グラウンド内で赤面する事もしばしば……。
だって、他の本気なママさん達に混ざって、「けーちゃーんっ!」とか「いっけー」とか。まぁ、それならまだしも、「いてコマセーっ!」って叫ばれた時には、グラウンド中が大爆笑だったもんなぁ。
午後は、アル姉のお弁当を食べてから、U-15の試合をいっしょに見学。
アル姉のお弁当は、本当に美味しい。しかも、とってもボリュームがある。
残念だけど、ダニエラさんのお弁当とは全然比べ物にならないぐらい。お昼休みにグラウンド近くの木陰でお弁当を広げるんだけど、もう、花見にでも来たのかってぐらいお重が並ぶんだ。
同じクラブチームの友達は、みんなアル姉のお弁当が凄い事を知ってるから、わざわざ僕たちの近くに陣取って、ちょっとずつ摘まんで行くのが通例。
今回も、太陽に当たるのを極端に嫌う母さんが、しっかり大きな木の下で場所取りをしていてくれたおかげで、10人以上が座れる大きな場所を確保済。
「けーちゃーん。さっきは惜しかったちゃねぇ。もうちょっとで点入ったがんにぃ」
(翻訳:慶太さん、さっきは惜しかったね。もう少しで点が入ったのにね)
アル姉はダニエラさんと同じ、金髪碧眼の外人さんなんだけど、日本語は完全に方言を覚えてしまってるんだ。折角綺麗なのに、ちょっと残念感が半端無い。本名はアルテミシアって名前なんだけど、みんなからは、アルちゃんとか、アル姉とかって呼ばれてるんだ。
それに、じーちゃんの所に住んでいるからなのかなぁ、ちょっと茶色系のお惣菜が多い様な気がしないでも無いけど、その部分は近所のママさん達に配っちゃって、僕には、キャラ弁の様なとっても可愛いお弁当が別に用意してあると言う念の入れ様。
「アルちゃん、慶太の食べとるやつ、うまそうやのぉ……」
(翻訳:アルちゃん。慶太君の食べてるお弁当、美味しそうですね)
横から話しかけて来たのは、近所の魚屋さんのお兄さんで、辰兄ィ。ちょっと親分肌で、いつも僕の事を気にかけてくれている頼れる兄貴分だ。
この後、U-15の試合に出る予定なんだけど、アル姉がいる時は、必ず僕の所に寄って来る。……絶対辰兄ィは、アル姉が好きなんだと思う。
「なんなん? 辰ちゃんも欲しかったん? ……えへへぇ。実は辰ちゃんがそう言うか、思って、もう作ってあるがいちゃ。いかろう?」
(翻訳:どうしたの? 辰ちゃんも(お弁当)欲しかったの? えへへ。実は辰ちゃんがそう言うと思って、もう(お弁当)作ってあるんだよ。良かったでしょ?)
そう言うと、ある姉は、僕のよりもちょっと大きめのお弁当の包みを辰兄ィに渡してあげる。
「うおぉっ……きゃなんながよぉ、そんなんなるとちゃ思っとらんだわぁ。まぁ、そう言うがやったらもらっといてやっちゃ。悪なったらしゃーないからのぉ」
(翻訳:おお、これは何かな? そんな風になるとは思ってもみなかったです。まぁ、そこまで言うのであれば、もらっておきましょうか。(折角のお弁当が)腐ってしまってはもったい無いですからね)
辰兄ィは、日に焼けた顔を更に赤く染めながら、アル姉からお弁当を受け取っているよ。
「辰ちゃん、おいしなかったら、無理せんでもいいがんよ。それに午後から試合やし、あんまり食べたら、お腹痛くなるかもやし。……午後の試合がんばられっ! 応援しとっちゃ!」
(翻訳:辰ちゃん、(お弁当)あまりおいしくなかったら、無理に食べなくても良いんだよ。それに午後から試合があるから、あんまり食べ過ぎるとお腹が痛くなるかもしれないからね。……午後の試合、頑張ってね! 応援してるよ!)
更にアル姉から励ましの言葉を掛けられると、辰兄ィは無言で下を向いたまま、何度か“ウンウン”と頷いている。
そんな辰兄ィがU-15のチームメンバーの所にお弁当を持って帰って行くと、恐らくアル姉のお弁当を皆の見ている目の前で開けたのだろう。急にそこだけ大歓声が巻き起こる。しかもその後「うらやましー」だの、「こいつー」だのだの……。辰兄ィが袋叩きになっている光景がここからでも見えるよ。
辰兄ィが喜んでくれてるのであれば、まぁ良っか。
午後からは、辰兄ィの出るU-15の試合。
辰兄ィは運動神経も良いから、がっつりレギュラーで
アル姉の声援を一身に浴びて、得意絶頂だ。
そんな辰兄ィだけど。ハットトリックとなる三点目、ゴール前のこぼれ球をしっかり相手ゴールに押し込もうとした瞬間、グラウンドの外からアル姉恒例の「いてコマセーっ!」コールが炸裂っ!
思わぬ掛け声に、辰兄ィがボールをけり損ねると言うハプニングはあったものの、キッチリと快勝してる。
「あぁ、夏休み初日から疲れたなぁ……」
僕が汗で濡れたユニフォームなんかが入った大きなバッグを抱えて、玄関で靴を脱いでいると、台所の方から母さんの声が聞こえて来たんだ。
「慶太ぁー。今日は泥んこでしょぉ。そのまま先にお風呂入っちゃってぇ」
「はーい。分かったぁ……」
僕は、バッグを洗濯機の横に置くと、そのまま汗だくになったジャージを脱ぎ捨て、お風呂場へと入って行ったんだ。
「……あぁ、そうだぁ。先にアルちゃんが入ってるから、ちゃんと体洗ってもらいなさーい。あなたこの前一人でお風呂に入ったら、耳の後ろから砂が落ちて来てたからねぇ。……アルちゃーん、お願いねぇー」
「はーい。美穂ちゃーん。わかったよぉー。任せといてぇー」
目の前には、湯舟の中で頭にタオルを乗せたアル姉が、にっこりと微笑んでいたのさ。
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