卒業の花
てる
約束は今も
体育館に、校長先生の声が響く。綺麗に並べられた椅子の1つに座ったまま少し目線を横へ向けると、窓からは風に煽られて舞う桜が見えた。
――こんな風に桜を見上げるのも、もう最後なんだろうなぁ。
そんな風に思いながら、また少し視線を落とした。自分の胸元に付けられた造花をそっとなぞり、気持ちを整えるように、そっと息を吐く。
今日、私は高校を卒業する。それは嬉しいことで、況してや悲しいことではない……その筈なのに。
どうして私は今、こんなにも胸が苦しいんだろう。
◇
――この後打ち上げ行かない?
――いいねー
――写真撮るよー
卒業式が終わると、教室で卒業証書が全員に配られてから晴れて解散となった。
周りの人はこの後何をしようかと話しているようで、ワイワイと賑やかな雰囲気だ。
私は僅かに感じる心の苦しみをギュッと押し込めて、周りと同じような雰囲気で、中学から一緒だったユラちゃんと話していた。
「ミホは内部進学だっけ?」
「うん。ユラちゃんは東京の方、だったよね。寂しくなるなぁ」
なるべく明るいトーンで私はそう言う。こうしていないと、押し込めた悲しみがまた溢れてしまいそうだから。
「でも、私たちはずっと友達、でしょ?」
「……うん!」
友達。言われた言葉を心の中で反芻して、少しだけ胸の苦しみが強くなる。でも、表情には出さない。
「あっ、そうだ! せっかくだし一緒に写真撮らない? どうせなら屋上で!」
「うん、もちろん。撮りに行こ」
屋上には私たちだけだった。屋上一面に敷かれた人工芝が、春の少し強めな風に吹かれて、揺れている。
屋上の周りを囲う柵の隙間から下を見ると、卒業生たちが校門のところで写真を撮ったり、親御さん達が楽しそうに話したりしているのが見えた。
「んー! やっぱりこの高校の屋上っていいねー」
ユラはそう言いながら、いくつか置かれているベンチの一つに腰を下ろした。
ここは私たちにとって思い出の詰まった場所だ。
一緒にお弁当を食べたり、部の宣伝用の懸垂幕を2人で下ろしたり、あと2人で授業をサボってここでお昼寝していたこともあった。
その全てが大切な思い出で、……そして私がユラちゃんに恋慕を募らせた日々だ。
……私は中学生の頃から、ユラちゃんが大好きだった。はじめは友達として、だったのだけど。高校に上がって、毎日一緒に笑い合ってるうちに、気が付いたときには、恋をしてしまっていた。
でも、言ったら変わってしまうだろう。いままで同性の、親友だった人に、実は好きだったと言われたらどう思うか。……きっと、引かれてしまう。ユラちゃんは優しいから、表には出さないかもしれないけれど、気持ち悪いと思われても、きっと仕方ないことだ。
……もちろん、分かってる。十分に分かっているけれど、それでも。
「ねえ、ユラちゃん」
私は声を出した。胸の内に従って。……きっと、このまま居ても自然消滅してしまうだけだから。
「ん、なあに?」
ユラちゃんはいつもの調子で返事をする。
だぶん予想もしていないのだろう。
「えっと、前からユラちゃんに言いたいことがあって。……聞いてくれる?」
話す声が自然と震える。もし嫌われたら、もし拒絶されたら、もし気持ち悪いと思われたら。
私はどうなってしまうのだろう?
「えー、なに?」
その声を聴きながら、心の奥底に不安を押しとどめる。後のことなんて、きっと考えてはいけないから。どんなに遠回しに言っても、事実は変わらない。私は言う。すべてを投げ打ってでも、言わなければ————。
「私、ずっと前からユラちゃんのことが——————!!」
——ふいに、風が吹いた気がした。
目を開けると、ユラちゃんが目元を赤くして、驚きの表情で口を覆っていた。
何も、言葉はない。……私は、ちゃんと伝えられた。そしてきっと今、反応に困らせてしまっている。
それは、そうだろう。現実は、こんなものだ。
「……ごめん。突然変なこと言って」
「……」
何も話さない。……そろそろ、我慢してた涙がこみ上げてきそうだ。
「っ……忘れてくれて、いいから。じゃあ、ね」
そう言って私は、後ろを振り向いて屋上の扉へと駆け出す。
震えた声も、声に混じった嗚咽も、荒くなる鼓動も、いまはどうでもいい。逃げ出したかった。この嫌な空気から、この思い出の場所から、……そして何より、ユラちゃんから。
溢れ出る涙をぬぐうことも無く、勢いそのままに扉を開けようとしたとき————。
「————待って!!」
その声に一瞬ビクッと反応し止まると、背中へドンと衝撃が伝わって、————ギュッと、抱きしめられた。
それを頭が理解する前に、背中からは嗚咽の混じった声が聞こえた。
「待ってよ……私も、ミホのこと、好きだった、よ?」
途切れ途切れのその声に、ピクッと身体が反応する。私のお腹の前に回された手に触れて、私は恐る恐る、出ない声を振り絞る。
「……本当?」
「……当たり前、だよ」
ゆっくりと後ろを振り返ると、ユラちゃんは私の両手をしっかりと包み込む。
私は、溢れ出る涙で前が見えないけれど、ユラちゃんが優しく微笑んでることだけは、なんでか、自然と理解できた。
それからユラちゃんはハンカチで私の目元を拭って、もう一度微笑む。まだ目元は赤いけれど、気持ちはきっと、一緒なんだ。
そしてまた、今度は静かに、落ち着いて言い直す。
「……私、ユラちゃんのことが好き」
「……うん。私も、ミホのことが好き」
「私と、一緒?」
「一緒だよ」
――ユラちゃん、ありがとう。
気付くと私は、そう小さく、呟いていた。
◇
ベンチに戻った私たちは二人で横に並んだ。
「じゃあ撮るよー!!」
「うん!」
「「ハイ、チーズ!」」
――――そのときの写真は、今も大切な宝物だ。隅の方に色ペンで書かれた、あの時の約束も、ちゃんと消えずに残ってる。
「みほー、シャンプーどこだっけ?」
「あー、ちょっと待っててー」
ふと見ていた懐かしい写真を目覚まし時計の隣へと置きながら、私はそう返事をしてリビングへと向かう。
先ほど見た、懐かしい言葉を反芻しながら――――。
『約束! 私たちは、いつまでも一緒だよ』
卒業の花 てる @teru0653
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