幕間 ~コメディーの神髄~
「今回もコメディー路線で書いてきたようだな」
フランク・デッパはフランスパンの欠片にフォークを突き刺し、それを鍋に溶かしたチーズの中に突っ込んだ。そのままくるりとフォークを回し、たっぷりと溶けたチーズを絡め、熱々のうちに口の中に放り込む。
たしかに美味しそうだ。美味しそうだけど、この匂いは強烈だ。およそ食べ物とは思えない匂い、私にとってみれば悪臭を放っている。なんというか、ものすごく臭いお父さんの靴下を煮詰めたような匂いなのだ。
それはともかく、私は石床に片膝をついて重々しい感じで答える。
「やはり笑いというのはいつの時代にも必要なものですから」
「それがコンプラに引っかかってもか?」
フランク・デッパは試すようにニヤリと笑ってそう聞いてきた。
それから私の答えを待つ間、白ワインをグビリと飲んだ。
ちなみにチーズフォンデュに白ワインというのは合理的な理由があるらしい。濃厚で油の多いチーズは胃にもたれやすいのだが、というか確実にもたれるのだが、白ワインはそれを緩和してくれるという。つまり味的にも、料理的にも相性のいい組み合わせなのだ。
「コンプライアンス、ですか……コメディーにとっては難しい問題ですね」
たしかに昨今はコンプライアンスの壁が年々高くなっている。差別的ととられる言動、行動、偏見にみちたもの、そもそも笑いの対象にすることの是非、そんなものが見つめなおされる時代になってきているのだろう。
「そうだよ。年々、笑いから毒がなくなってつまらなくなってきた、そんな風に思わないかね? このフォンデュだってそうだ。癖のある匂いではあるが、一口食べれば味は濃厚、チーズのうま味を存分に堪能できる。これがもし当たり障りのない匂いになれば、このチーズの味もまた当たり障りのないものになってしまう、そんなチーズばかりではどれも同じ、まったくつまらない食材になってしまう、違うかね?」
あれ。意外とザッパさん、まともなことを言ってる気がする。
「……おっしゃる通りですね」
たしかにそうなのだ。笑いというのは少なからず毒を含んでいるものだ。だがその毒の奥にある本当の味わいに気が付いたとき、笑いが生まれるのだ。人の不幸は蜜の味、喜劇と悲劇は表裏一体。これもまた笑いの神髄なのだ。
「そういう意味で、チミの作品は実につまらない。笑えない。毒もなければ悪臭もない、ただただ薄っぺらい笑いがあるだけだ」
はは、ひどい言われようだ。
でもまぁ確かにそうかもしれない。私が書きたいのはクスリとした笑いだから。日常のちょっとしたことで、ちょっと笑えて楽しい気持ちになれる、そんな笑いを書きたいからだ。
「おっしゃる通りです。食通のザッパ様のお口には合わなかったみたいです」
それが前回で不合格を出された理由なのだろう。そして今回の『カルトナージュとミッドナイトレディオ』も不合格で労働が言い渡されることになるのだろう。
「そういうことだ。今回も不合格だ、葡萄の収穫をしてもらおう。どうせコメディーを書くのなら、もっと爆笑の渦に叩き込むくらいのものを書いてこい!」
「……承知、」
だが次の言葉が出てこなかった。承知しました。そういえば済むだけなのに、どうしても最後まで言えなかった。
たしかに笑いというのは自由だ。誰しも好きな笑いがある。漫才が好き、コントが好き、落語が好き、ギャグマンガが好き、ナンセンスコメディー、ラブコメ、ホームコメディ、好きな笑いは様々だ。
コンプライアンスの行き過ぎともいえる状況はたしかに笑いの、コメディーの世界を狭めていっている。
だが私はこの流れに一つだけ共感できることがある。
人を傷つけるコメディーは笑えない。
そう、それだけは守りたいのだ。
笑いというのは、自分が傷ついたとき、疲れて気力をなくしそうなとき、そんなときに吹く風であってほしいのだ。そんな自分の状況を笑い飛ばして、前に進むための追い風になってほしいのだ。誰かの身を傷つける烈風であってはならないのだ。
「なんだね、チミ? 私の意見に同意できないとでも?」
「残念ながら」
「いいだろう。次のテーマは【ささくれ】だ。チミのいうコメディーでも書いてみるといい」
「承知しました」
私は立ち上がり、さっさと部屋を後にした。
そして部屋を出たとたんに頭を抱えた。
ささくれ……ってどうコメディーに持ってくんだ?
といういきさつで書き上げたのが、つづく『ササクレの夜』である。
ささくれ
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