㊺【どうして内見にキタノ?】
人と人との出会いというのは不思議なもの。
それは偶然なのか? 必然なのか?
あるいは運命とよばれるものなのか?
よくわからないから人はそれを『縁』と呼ぶのだろう。
また、縁とは人と人とのつながりばかりではない。
人とモノの結びつきにも『縁』というものがある。
たとえば偶然みつけた食器だったり、本だったり、服だったり。
そしてなにより住宅にもまた『縁』というものがある。
思い返せば、あれは十年前ほど前。
妻の『かな子』と結婚してから五年、娘の三奈が幼稚園に通いだした頃だった。
なにより念願のマイホームをローンで買ってから二年目の時だったと思う。
〇
その日……
リンゴーンと、華麗なチャイムの電子音が居間に響いた。
その日は日曜日。親子三人でのんびりと朝食をとっていた時だった。
「あれ? 誰だろう、こんな時間に?」
少なくともお客さんが来る予定はない。それはかな子も同じだったようで、さぁ? と首を傾げた。となると、セールスか宗教の勧誘か。どちらにしても日曜の朝に歓迎したい来訪者ではない。
「はーい、どなたですか?」
「ご無沙汰してます、
蕪木不動産の大城さんといえば、この家を買うときにお世話になった人だ。まだ若くて駆け出し営業マンだったが、熱心に相談に乗ってくれたのを覚えている。ただ、なんかそそっかしくて、適当なところを熱意だけでカバーするタイプだったのをよく覚えている。
それはともかく、一体なんの用だろう?
住宅の様子でも見に来たのかな? 分からないけど。
「はーい。今、開けます」
扉を開くと、その懐かしい顔が現れた。さっぱりとしたスポーツ刈りの頭と、学生服みたいな紺色のスーツ。自分だけが気に入っている真っ白な歯を見せつけるような営業スマイルも昔のまま。
「お久しぶりです、北乃さんっ!」
「ええ、お久し……」
と、その大城さんの後ろに女性がいるのに気が付いた。一目でわかるすごい美人さんだった。年は大城さんと同じく二十代の半ばくらいだろうか? つやつやの長い黒髪と眼鏡に隠れたきれいな瞳が印象的だった。
(ははぁ、さては大城さんの彼女か。自分の売った家で家族が楽しく暮らしているところを彼女に見せたい、とまぁそんなところだろう)
とは、思ったものの、口に出しては野暮というものだ。事情は分かった。大して仲がいいわけでもないが、少しぐらいは付き合ってやるのが優しさというものだろう。
「……お久しぶりですね、大城さん。まぁ上がってください」
「はい。では、お邪魔します! あ、こちらはモモカさんです。すいませんね、日曜日のこんな時間に」
「いえいえ。さぁ、モモカさんもどうぞ上がってください」
その女性はにっこりと会釈し、ヒールを脱いで玄関に上がった。
と、同時に大城さんのトークが始まった。
「どうです、モモカさん。玄関も広いでしょう? 靴もたっぷり収納できますよ」
「ほんまやわぁ、ウチ、靴だけはぎょうさんあんねん! それにこのライトもモダンでいい感じやわぁ!」
モモカさん、以外にも関西の人だった。その喜び方がダイレクトに伝わってきて、なんだかわたしまでうれしくなってしまう。
「まずはリビングからですね」
わたしよりも先に大城さんがリビングの扉を開けてモモカさんを迎え入れる。そこには当然、妻のかな子と三奈がいた。
「あら、大城さん、ご無沙汰してます」とかな子。
「こちらこそご無沙汰してまーすっ。かな子さんもおかわりないようで」
なんて言葉を交わしていると、モモカさんは感激しきった様子で部屋の中を見回している。
「明るいわぁ……なんか団らんって言葉がぴったりやわぁ……あっ!」
と何かを発見した様子。そしてススッとキッチンに移動した。
なんとなくかな子もそのあとについてゆく。
「このキッチン、センスあるわぁ、素敵やわぁ! 大理石の天板と、この花柄のタイルがめっちゃ可愛いっ!」
「でしょ? ここだけは特注で作ってもらったの」
「これ、奥さんがデザインしはったんですか? ひょっとしてプロの方とか?」
「まさか! でもそう言ってもらえて、なんやうれしいわぁ……あ。なんかうつっちゃったみたい」
ほんの一瞬で二人は打ち解けたようだった。
「このリビングは十畳あるんですよ。窓も南向きですから、日当たりもばっちりです。夏はちょっと熱いかもしれませんけど」
と、大城さん。まるで我が家のようにわたしの家を案内している。
「うち明るい方がだんぜん好きや! それにこのフローリングの色、白系って珍しい! こんなん売ってるんですか? やっぱり奥さんが選ばれはったんですか?」
「ええ。そこはこだわったところなのよ、あと壁紙ね。最初は小花のついた白い壁紙だったんだけど……」
「ああ、小花っ! あれは微妙やからなぁ、うちもなんか苦手やわ」
「ね。だから白無垢つぽい木目のあるものにしたのよ」
「ホント奥さんセンスあるわぁ! こういうナチュラルな感じて、やっぱり素敵やわぁ。うちのセンスとドンピシャや」
それからベランダに小さなウッドデッキ、小さな庭と見せて回り、途中で三奈も一緒に二階の子供部屋を見て回り、最後には意気投合したかな子が寝室から物置まで案内した。
大城さんもニコニコと家のいいところをアピールし、モモカさんがそのたびに感嘆の声をあげている。『素敵やわぁ』とか『気に入ったわぁ』とか『もう他は見んでええわ』とか。
……と、この辺りではすでに何が起こっているのか分かった。
大城さん、モモカさんに我が家を内見していたのだ!
なぜ傍点をわざわざつけたかといえば、
わたしが家を売る予定が全くなかったからだ!
まぁ、居住中の物件の内見があるというのも知っているが、これはもうただただ大城さんの勘違いに違いない。
「いかがです? モモカさん。すごくいい家でしょう?」
とすっかり満足した表情の大城さん。これだけ見ていれば、大城さん、きっと大きな商談がまとまる期待に胸を膨らませていることだろう。
「もう最高やわ! でもやっぱり住んでる人たちの雰囲気のせいやね、これは。で、大城はん、この家、ほんとに売りに出とんの? なんか勘違いしてへん?」
そう言ってくれたのはモモカさんだった。
「え?」
と大城さんがわたしの顔を見る。なんか顔が一瞬で青ざめた。
「あー。たぶん隣の家じゃないかな? 先月引っ越しして空き家になってたけど?」
大城さんがカバンから資料を取り出し、そしてがっくりと肩を落とした。
「すみません。間違ってました。お隣でした。北乃さん、すみません。モモカさんもすみませんでした……」
がっくりくる大城さんには悪いが、みんなで爆笑させてもらった。
〇
それから?
なんとモモカさんは隣の家に引っ越してきた。
理由はご近所づきあいが楽しくなりそうだから、とのことだった。
そしてたまに我が家に遊びに来ては、BBQパーティーをいっしょにやったり、DIYを一緒に楽しんだりするようになった。長く話していると、彼女の関西弁がたまにうつったりするのだが、そんなことも我が家の楽しみになっている。なんといってもモモカさん、明るくて楽しい人なのだ。
人と人との出会いというのは不思議なもの。
それは偶然なのか? 必然なのか?
あるいは運命とよばれるものなのか?
やっぱり『縁』なんやろなぁ。
~終い~
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