幕間 ~フランク・デッパ登場~

「なるほど、なかなかうまく料理したじゃないか、チミ」


 私の書き上げた原稿を読み終えると、フランク・デッパはワインをグビリと飲んでそう告げた。それから分厚いステーキ肉をせわしなく切りわけ、血とソースと油を滴らせながら口の中に放り込んだ。


「うん。とりあえず今日の課題はクリアだ。労働も二日間を免除しようじゃないか」


 フランク・デッパ……シャトー・マサキのオーナーにして成金趣味全開の男。体つきはごくごく普通の標準体型、顔つきもハンサムの部類に入るだろう。だがなにより特徴的なのは、名前通りの大きな前歯だ。


「ありがとうございます。デッパ様……」

 私は石床に膝をついて深くお辞儀する。言葉遣いにも気を付ける。というのもこの男の機嫌を損ねることは死に直結すると分かったからだ。


「……とても想像力を書きたてられる素晴らしいお題でしたので、私も書きやすかったです」

 と、お世辞を挟むのも忘れない。この辺り元・サラリーマンの経験が物を言う。


「そうだろう、そうだろう。だがそれに応えたチミの作品もなかなかだった。そうだな、これはワインと料理の関係に似ているな」

 再び肉を切り分け、ソースをたっぷりと絡めて口に運ぶ。それから大ぶりのグラスに赤ワインをたっぷりと注ぎ、しばらくグラスを回してからゆっくりと流し込む。


「フルボディーのどっしりとした赤ワイン、華やかさのない、どちらかというとしつこいくらいの味わいだ、そしてこのビフテキ、こちらも脂身多めのサーロイン、そしてガーリックとトリュフの味わいで胸焼けしそうな料理だ。だがこの二つが交わると不思議なハーモニーが現れる。それはフルオーケストラのハーモニーだ。口の中で交響曲が大音量で流れだす。クライマックスが何度も何度も繰り返される! これぞ至福! チミに分かるかね?」

 デッパは興奮したのか、次々に肉を食べ、ワインをガブガブと飲み、大声でまくしたてる。そのたびに肉片とワインのしぶきが巻き散らかされるが、もはやそんなことも気にする様子はない。その上、持ったフォークとナイフを指揮者よろしく振り回し、一人オーケストラに興じている。


「ご冗談を……私のようなものには想像もつきません」

「まぁそうだろうな。だがそう悲観するな、チミもこの仕事をやり終えた時には、わがワイナリーのワインを特別に飲ませてやろう。もっとも、生きて収獲祭を乗り越えられればの話だがな……」


 そう。ここのルールは単純だ。巨大な葡萄の収穫を体が壊れるまで続けるか、その労働を免除してもらうためにお題小説を書き上げるか。

 私は体が強い方ではない。ここの収穫に付き合っていたら身が持たないのは分かりきっている。となれば、選択肢はあってないようなものだ。


「さて。次のお題だがもう、考えてある。次のお題は【住宅の内見】だ」


(やべぇな。また変なお題きた……最初の段階でなんにもインスピレーションがわかねぇ……なんだってまたこんなお題を? なんか建築系から案件でもきてんのかな? そもそも内見したことある人間なんてそんなにいないんじゃないの? まぁアパート借りたりすりゃするけどさ、あと家買ったり? でもそういうのと無縁な人も結構いるんじゃないか? 特にこう、若い人とか、実家暮らしの人とかさ、カクヨムで遊んでる人たちならさ)


 という心の声は胸の奥にしまって、元・サラリーマンの私はこう答える。


「さすがデッパ様、素晴らしいお題です。もうアイデアが湧き出るようです」

「そうだろう、そうだろう? 素晴らしいお題と素晴らしい回答、まさにワインと料理だ。二つが組み合わされることで極上の味わいが生まれる!」

「まさに、まさにその通りでございます」

「素晴らしい作品を期待しているぞ、もう下がれ」

「はい。それでは失礼いたします」


 それから私は自分の部屋に戻った。

 窓の外に目をやると、カノーさんがバスケットボールほどの大きさのブドウの粒を抱えて走っているのが見えた。途中で息が上がったのか、足を止めた。と、そこにボンデージ姿の監督者が現れ、カノーさんの背中を鞭でピシリと叩きつけた。

 背中の生地が裂け、血の雫が散るのが遠目にもはっきりと見えた。だがカノーさんはなぜだかニッコリとほほ笑み『ありがとうございますっ!』と大きな声を上げて再び走り出した。

 あれがこの農園の日常なのだろうか? それともカノーさんだけだろうか?


「どちらにしても、ああはなりたくないものだな……」


 私はカーテンを引いて、その光景を眼前から締め出す。


「そうだ。ああなりたくなかったら、書くしかないんだ。たとえどんなお題がこようとも!」


 私は真っ白い原稿用紙を机に広げ、ペンを握る。

 とにかくなんか考えろ、てか、でっちあげろ!


 といういきさつで書き上げたのが、つづく『どうして内見にキタノ?』である。

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