幕間 ~神様はお見通し~
「あー、まったく進歩ないですねぇ」
珍しく部室の中はバーグさんと二人きり。
バーバラ編集長は生徒会の仕事で遅れるとのことだった。
ちなみにあの女傑はもちろん生徒会長だ。
「なんかお題が変に難しくって……」
そう。今回ばかりは苦労したのだ。
ラッキーセブンならまだしも、アンラッキーセブンとなると、なんか核になるネタがわいてこなかったのだ。
「……でも、こういう恋の話もいいもんですね」
「え?」
「実はあたし、そういう感情とか感覚とかってよく分からないんですよ」
バーグさんはため息交じりにそう言った。
なんかいつものバーグさんらしくない。
なんというか、そっと秘密を話してくれている、そう感じられた。
「でもバーグさん、アイドルだし、みんなにすごく愛されてるんじゃない?」
「それはそうなんだけど、それはアイドルとして、ちゃんと計算して作ったキャラクターだからですよ。簡単に言うと与えられた仕事をこなしているだけなんです」
「そんなものなの?」
「そんなもんですよ。本当のあたしはそういうの、よく分からないんです。なんか感動とかそういうのがすごく薄いというか、下手したらないんですよ。なんか自分がロボットなんじゃないかってくらい」
そういってバーグさんは自虐的に微笑んだ。
「あ、でも、バーバラ編集長の作品だけは別なんですよ。あの人の物語を読んだとき、なんかこうグワァってこみあげてくるものがあったんです。キャラクターたちが楽しい時は笑えて、悲しい時は自然に涙が出て、怒ってるときはアタシも一緒になってオラァって怒るんです。なんかそんな時、あたしも心があるんだなって実感できるんです」
「いいな。そういうの。そういう作品が書けるのってすごいことだよな」
「そうですよ。すごいことなんです。バーバラ先輩には大げさって言われちゃうんですけど」
「ねぇ、バーグさんは自分で物語を書かないの?」
「そりゃ書いてみたいとは思うんですよ。でもストーリーとかキャラクターとか全然考えつかないんですよ。だからそういうのができる人ってすごいと思っちゃう。まぁ関川先輩もそうですけどね」
「オレはそんなでもないよ」
「ほら、楽器が引けるとか、絵が上手に書けるとか、そういうのって素直にすごいと思いませんか? そういうのと同じです。自分にないものを持ってる人って、それだけですごいなと思っちゃう」
「それは分かるな、すごく」
それからバーグさんは窓辺に行き、ガラス窓をガラリと開け放った。ふわりと夕暮れの風が舞い込んできて、彼女のベレー帽を飛ばした。その帽子はひらりと私のところに落ちてきた。
「最近分かったんです……私は自分で物語を書けなくてもいいんです。物語を書く人の応援をしたいな、って。その手助けができればいいなって。ほら、知ってます? パソコンでたまにイルカのアシスタントが出てくるでしょう? ああいうのになりたいなぁって」
バーグさんは窓の夕日を見つめたままそうつぶやいた。
そうか。この世界ではまだパソコンが普及したばかりなんだ。それがいまさら分かった。同時にフラッシュバックが起こり、わたしはバーグさんと初めて会話を交わした時のことを思い出した。あの瞬間はイルカのアシスタントを消そうとしたところから始まったんだった……
「……将来、パソコンはまだまだ発展するよ。物語もね、たくさんの人が自由に書いて、自由に読める巨大なコミュニティーみたいなものになっていくんだ」
「関川先輩すごいこと考えますね。でもそうなったら面白そうかな」
「ああ、たくさんの物語が生まれるだろうね、それこそ普通だったら出版されないような変わった作品、個性的な作品、マニアックな作品……」
そういいながら私は立ち上がり、窓辺に立ったままのバーグさんの頭に帽子を返す。すると不意にバーグさんが振り返り、私のことをじっと見つめてきた。
うん、やっぱりバーグさんは可愛い。くらくらするくらい。本当だったらこのままギュっと抱きしめたいところ。でもこの世界では私もバーグさんも中学生、まじめな先輩と人気アイドルという役どころなのだ。それを壊すことはできないし、してはいけないのだ、少なくとも今は。
「そんな世界ならわたしも物語が書けるかもしれませんね」
「ああ。誰もが創作者になれるんだ。そうしたら僕が読者第一号になるよ」
「一号になれるかは分かりませんよ、あたしこう見えてもファンがたくさんいるんですから!」
と静かにほほ笑みを交わした瞬間、不意に窓に黒い小さな影が跳躍した。
「きゃっ!」と小さな悲鳴をあげてバーグさんが私の胸に飛び込んできた。
「なんだ? って、大丈夫、黒猫だよ」
この部室は一階にあるのでネコなら楽々入ってこれるのだ。
その黒猫は優雅に長い尻尾を振って、また窓の外へと行ってしまった。
……だがトラブルはこの瞬間に幕を開けた。
次の瞬間、ガラっと部室の扉が開かれ、バーバラ先輩が現れたのだ。
「いやぁ、くだんない会議が長引いちゃったから、ついでに次のお題を考えてきてやったぞ、ありがたく思えよ……関……川……」
バーバラ先輩の言葉が途切れた。
先輩の目に映ったのはわたしと私の胸の中にいるバーグちゃんの姿だ。
「わ、悪かったな……」
そういうなり、バーバラ先輩はフイと顔をそむけて走り出してしまう。
完璧に誤解されたな。
「関川先輩、追いかけなくていいんですか? バーバラ先輩、泣いてましたよ?」
「え? 泣いてた?」
「はやく追いかけてください! バーバラ編集長、関川先輩のこと好きなんですよ、ちゃんと追いかけてください!」
だが私は走り出せなかった。
私はやっぱりバーグさんのことが好きだったから。
でもバーバラ先輩のことも好きになっていた。
どっちも好きで、どっちも傷つけたくなかった。
今はただ三人のこの関係を壊したくなかった。
だからこの瞬間の私はなにも判断できず、行動に移すことができなかった。
こういう時はどうしたらいいんだ?
わからない。最適解がわからない。
ふと床を見ると、バーバラ先輩の落とした紙片があった。
二つ折りの紙を開くと、そこに次のお題が書かれていた。
【いいわけ】
はは。どうやら創作の神様はすべてお見通しのようだ。
私の心はまさに『いいわけ』でいっぱいになっていたのだから。
今は言い訳を並べるよりなにか行動しなくちゃいけないんだろう。
わたしはひとつ深呼吸をした。
そして……
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