㊷【2億5千万分の1のアンラッキーセブン】
その日、僕は度重なる幸運に怯えていた。
○
その壱。
今日はかな子ちゃんとの初デートだった。
編集部にマメに送り続けたラブレターが功を奏したのだろう。
近所の公園で会ってくれることになったのだ。
しかもお昼時、なんとお弁当を作ってくれるというのだ。
「……僕は自分の幸運が怖い。こんなにもすんなりと会えるだなんて!でも油断しちゃいけない。幸運の後には落とし穴が待っているんだから!」
○
その弐。
まずは朝ごはん。
ここは平常心。いつものように朝ごはんをちゃんと食べるのだ。
と卵を割ったところ、なんと黄身が二個入った卵だった!
卵ひとつで目玉焼き。こいつは朝から縁起がいい。
「ああ、そうだ。縁起が良すぎて怖いくらいだ。勝って兜の緒を締めよ、思いあがるな僕!」
両手で頬を叩いて気合を入れる。いや、自分を戒める。
○
その参。
おっと忘れ物をするところだった!
僕は発売されたばかりの『血まみれドッグス』の第一巻をカバンに入れた。
これにサインをもらうつもりだった。
デートに浮かれて危なく忘れるところだったが、土壇場でちゃんと思い出せた。
「ここまで幸運が重なるともはや偶然とは思えないな。今日の僕には幸運の女神がついているようだ。いや、かな子ちゃんがいるからほかの女性に用はないんだけど、そんなこと言うと罰が当たるな。すみません」
○
その肆。
僕は張り切って公園に出かける。
なんと天気は快晴。空の神々の祝福を感じずにはいられない。
しかもデートは公園なのだ。雨天では中止になっていたのかもしれなかったのだ。
改めて僕は今日の幸運のすごさを実感した。
「あああっ!かな子ちゃん、もう来てる!なんてことだ。僕はまさか遅刻したのか?そんなしょっぱなからなんという失態!土下座だ!彼女が許してくれるまで僕は土下座をやめないっ!」
○
その伍。
なんと僕の間違いだった。うれしいことに彼女は僕よりもさらに早く待ち合わせ場所に着いていたのだ。
これを幸運と言わずして何を幸運というのだろう!
しかも『ちょっと早く着きすぎちゃったみたい』なんて『てへぺろ』までしてくれたのだ。
しかも猫パンチみたいなげんこつで頭をこつんとしながら。
「か、か、か、可愛すぎだろがぁぁぁ、もう心臓が持ちそうにない、だがそれでも本望だ、僕は幸福の絶頂で死ねるのだから!」
○
その陸。
なんとこの幸福の絶頂でも僕は生き永らえた。
心臓はまだちゃんと動いている。奇跡だ。正真正銘の奇跡が起きたのだ。
それからボクたちは漫画の話をした。かな子ちゃんは話し上手で、ボクにいろいろと聞いてくれて、話下手な僕もすごくおしゃべりを楽しむことができた。
「まさに天使。エインジェル。いや、彼女こそが女神だったのだ!」
何を言っているかよく分からないが、彼女はあははといつも明るく笑って話しかけてくれる。
もはや結婚を申し込むしかない。
まだ高校生だが、このチャンスを逃したら、彼女を逃したら、もうこんな機会は二度とない気がする。
それほどまでにこの瞬間は完璧だった。
だからこそ、この瞬間を完璧なものにしなければならない。
なにかこの場にふさわしい完璧な贈り物を!
その時、脳裏に神の声が聞こえた。
『クローバーを、四葉のクローバーを探しなさない』
「それだっ!」
足元にはたしかにクローバーがたくさん生えていた。
「この世界にいきてるみんな、オレにほんのちょっとづつ幸運を分けてくれ!」
○
そして、その七。
最後のラッキーセブン
見つけた。幸運のクローバー。
が……これは幸運のクローバーなのだろうか?
差し出したクローバーを受け取ったかな子ちゃんはぽかんとそれを見つめていた。
渡した僕もちょっと理解が追い付かず、それを見つめていた。
「これ、あたしにくれるの?」
四つ葉のクローバーだと思っていたのだが……なんか葉っぱが思ったよりも余計についている。
目で数えたところ、なんと七つの葉っぱがついている。
可愛い四つ葉のクローバーというより、ただの雑草みたい見える。
「あ。ごめんね。むしろ不気味だよね……七つ葉のクローバーなんて……アンラッキーセブンだよね、これじゃ……」
「すごい!すごい!本物なんて初めて見た!」
「え?そうなの?」
「そうだよ。母さんの本で読んだことある。2億5千万分の1なんだって!」
「そんなすごいものなの?」
「そう!すごいよ、北乃君。ちなみに花言葉は『無限の幸福』。これちょっと母さんに見せてくる!またね、北乃君!」
○
かな子ちゃんはそう言っていきなり走りだした。
あれデート終了?
まだお弁当も食べてないのに?
「そうだ!あの、お弁当!」
「あ、それ食べちゃって!」
「容器はどうしよう?」
「来週返して!」
……来週返して、か。
つまり来週もまた会えるってことだ。
「わかった!また来週!」
「うん、来週ね!」
○
かな子ちゃんは勢いよく走り去ってしまった。
でも僕はもちろん幸せだった。
短かったけれどデートは大成功。
幸運に怯える必要なんてなかった。
それが分かった週末だった。
終わり
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