幕間 ~思春期の男子たるもの~
「またビミョーなとこ書いてきたなぁ、おい」
と書いたばかりの原稿を丸めて、私の頭をスパーンと叩くバーバラ先輩。
「いてて……」
なんて痛くもないのに頭をさすってみせる。
なんかこういうコントじみた小芝居もまた楽しいのが中学生というものだろう。
「今回のコンセプトを言ってみろ」
「微妙にエロい路線に行くと見せかけて、実は女性陣が逆に恥ずかしくなる、そんなところですかね」
「この『本』はその、いわゆるエロ本のことをさしているのか? やっぱり」
「そういうミスリードを誘ったつもりですけど、分かりませんでしたか?」
「そ、その、中学生くらいの男子はそういうのに興味があるものなのか?」
「まぁ一般的にはそうじゃないでしょうか?」
「そ、その、関川も、その、そういう本を持ってるのか?」
そう聞いてくるバーバラ先輩の顔はすでに真っ赤になっている。
照れるのはどちらかというと私の方なのに。
「……フッ。ご想像にお任せしますよ、センパイ」
とだけクールに答えておく。
すでに真っ赤になった先輩はさらに頭から湯気を出し始めている。
ここは話題をそらしてあげるのが後輩の優しさというものだろう。
「今回のコンセプトのもう一つはリフレインですね。コメディー色を強くしたかったので『なになにはピンときた』というフレーズを繰り返し使ってます」
「な、なるほどな。コメディーの基本は重ねて重ねて落とす、だものな」
と、バーバラ先輩のペースが元に戻ったのもつかの間、ガラリと部室の扉を開けてバーグさんが入ってきた。今日は珍しく、緑色のベレー帽をかぶっている。なんとも懐かしく可愛い姿につい涙ぐみそうになる私。
「編集長、撮影終わったんで駆けつけてきましたっ!」
「おお、バーグ。えらいぞ、ちょうどいい、関川のが書きあがったので読んでいけ」
と、バーバラ先輩。
「えぇー、そんなのどうでもいいですよ」
と、つれないバーグちゃん。
「それより、バーバラ編集長は書かないんですか? わたしあのファンタジーの続きずっと待ってるんですけど」
「あー、あれか……それがさっぱり先が思いつかなくてな」
「大丈夫ですよ、あたしちゃんと続きを待ってますから。それじゃ仕方ないですね」
と、バーグさんは丸められた私の原稿を手に取った。
そしてぱぁーっと読んでポイと私に返してよこした。
「どうだった?」
あまりに冷たい反応につい聞いてしまう。
「いまいち」
あ。やっぱりね、がっくり肩も落ちようというもの。
「関川先輩、あたしに読者になってほしいなら、もっと本気で書いてくれないと。でないとあたしの心には響きませんよ」
その言葉は電撃のように私の体を貫いた。
何気ない言葉のつもりだろうが、それはまさしく真実だった。
そう。書き手の気持ちってのは文字を通じて読者に伝わるものなのだ。
それこそが物語の神髄なのだ。
もちろん軽々しく書いていたつもりはない。
難題だからと言って逃げていたわけでもない。
だからこそ、バーグさんの言葉は私の胸に鋭く突き刺さったのだ。
これじゃだめだ。ちゃんとお題に真正面から向き合って、本気で北乃サーガを書き上げなきゃならないんだ。
「いいこと言ったぞ、バーグ。関川もやっと本気になったようだ、あの目を見ればそれがわかる」
「フッ。まさかバーグ君に諭される日が来るとはね。でも確かに君の言葉はまっすぐに僕の心を光で満たし、淀んでいた思索に一筋の光明を照らしてくれたようだ」
「おいおい、関川、なにやら文学少年っぽくなってきたじゃねぇか」
「あなたたちのせいですよ。あなたたちは怪物を目覚めさせてしまったんです。もはや中途半端なお題では満足できないっ!」
「そうこなくてはなっ! では次のお題だ」
バーバラ先輩はチラッと二つ折りになった紙片を指先でピッと渡してきた。
「フッ。後悔しても知りませんよ」
私もまた指先でピッと受け取り、かっこよく紙片を開いた。
【アンラッキー7】
「なにこれ?」
「次のお題だ」
「これで何を書けと?」
「なんかいい感じの話にまとめて見せろ」
私はがっくりと膝を折った。
思い出した。KACはいつもこうだ。何を期待してるんだ? このお題は?
いかん。突飛すぎる。さっぱり思いつかん。
心が再び闇に満たされ、目覚めたはずの怪物はまた寝床に戻っていた。
……という失意の中で書き上げたのが続く『2億5千万分の1のアンラッキーセブン』である。
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