終幕 ~正解のない選択肢~

 あの日から三日後。

 私はいつものようにバーバラ先輩と部室にいた。


   〇


 いや、その前に前回の続きが先か。

 あれから私はバーバラ先輩を追いかけた。

 彼女は涙の粒をこぼしながら階段を上り、やがて濃密なオレンジのあふれる屋上にたどり着き、そこで振り返った。


「関川、どうして追いかけてきたんだ?」

「その、バーバラ先輩が泣いていたから」

「それだけの理由か?」

「まぁそんなとこです」

「やっぱりオマエはいつまでたってもダメなやつだな」

「すいませんね。でもこればかりはどうにもならないみたいです」

「中途半端な優しさ、そういうのはいらないんだ」

「それは……分かってます」

「たぶん、今頃バーグは泣いてるぞ」

「そうですかね?」

「そうだとも。行かなくていいのか? バーグのとこに」


 バーバラ先輩はまた難問を突き付けてきた。

 そしてなんとなくこのシチュエーションに見覚えがあることに気が付く。


(あ。これマク〇スと一緒だ。もちろんマクスじゃない。ロボットのアニメの方。年上の上官と年下人気アイドルの間で揺れてたアレだ。主人公は結局、上官の方を選んだわけだが、やっぱりなにか納得いかなかった。たぶん大半以上の少年たちがそう思ったはずだ……こんなん一択だろう、と。だが歳をとればものの見方も変わる。中年を経た今はこう思う、やっぱり二択で正解だったのだ、と。ただただ子供心では理解できなかっただけなのだと……今はそんな話をしている場合じゃないか)


「いや、今は行きませんよ、バーバラ先輩」

「……そうか。まぁいい。関川、最後のお題見たか?」

「はい。『いいわけ』でしたね」

「人生は正解の見えない選択の連続だ。それが正解か不正解か、その結果が簡単に見えてくるものじゃない」

「なにが言いたいのかよくわかりませんが?」

「ああすればよかった、こうすればよかった。そういうのが必ず付いて回るものだ。同時にそうできなかった『いいわけ』を無限に積み重ねていくのが人生だ。オマエが私を選ぶが、バーグを選ぶか、これもきっとそういう問題の一つになる」


 ふぅ。なるほどな。バーバラ先輩が言うことはもっともだと思う。

 ただそれじゃ悲観的に過ぎやしないだろうか。

 まぁ中学生くらいなら、それくらいまじめに恋について考えるのも分かる。

 ただそんな風に何でも悲観的に決めつけてほしくはない。

 今の私だからそう思える。

 まがりなりに大人を一周して、マク〇スを視聴した私だからわかることがある。


「バーバラ先輩。とりあえず最後のお題、アイデアが浮かんだんで帰ります」

「え? 今か? 今、結構シリアスなところだと思うんだが?」

「シリアス過ぎですよ。それにバーバラ先輩勘違いしてますよ、私とバーグさんが抱き合っているように見えたんでしょうが、あれ、バーグさんが猫に驚いてぶつかってきただけなんです」

「え? そうだったのか?」

「そうですよ。勘違いです。ということを説明したので、とにかく帰ります」

「まったく、クールというか鈍感というか、マイペースというか……いいよ、もう帰れ! 書きあがったらちゃんと見せに来いよ」

「もちろんです。


   〇


 といういきさつから三日後の部活の時間である。

 そこにはバーバラ先輩とバーグちゃんが二人揃っていた。

 そして先にバーグちゃんが、次にバーバラ先輩が私の原稿を読んだ。 


「少なくとも、これまでの中では一番マシだな」

「マシ、ですか。でも良かったです」

「なんかこう、大人の世界のことはよく分からんが、きっとそうなんだろうな、というのが伝わってきた」

「そうでしたね。なんか関川先輩、中学生じゃないみたいでした」

 とバーグさん。今日もグリーンのベレー帽かぶっている。もちろん可愛い。


「それはわたしも感じたぞ、さては関川、歳ごまかしてんじゃねぇか?」

「関川先輩、めっちゃ童顔なだけだったりして」

「それウケルな、実はオッサンとか」

「ひどい言われようですね、こんなに制服が似合う少年がどこにいますか」


 そういって三人でハハハと笑いあった。

 うん。なんかいろいろあったけど、楽しい空間が戻ってきたのを感じる。

 これでよかったのだ。


 なんて思った時だった。

 不意に冷たい風に包まれた。


 あれ?

 窓の外はいつの間にか夜になっていた。

 青白い月が校庭の向こうでぼんやりと揺れている。

 いつの間にそんなに時間がたったのだろう?

 さっきまで夕日がさしていたのに……


 「…………」

 バーバラ先輩が不意にそういった。


「……?」


 その瞬間に時が止まったように空間が凍り付いた。

 夜風に揺れていたカーテンは膨らんだまま動きを止め、バーグさんは笑顔を浮かべたまま凍り付いたように動かない。

 その中で動いているのは私とバーバラ先輩だけだった。


「え? これはいったい……」

「魔法が解ける時間が来たんだよ、関川」

「これもまた現実じゃなかったってことですか?」

「いいや、そうではない。これもまた現実の一つだ。数多あまたある可能性の一つ。魔法の本質というのはその可能性をすることにあるんだよ」

「パラレルワールド、並行世界、無限の可能性が展開している重層世界」

「そういうことだ」

「ならば私の役目ってなんなんでしょう?」

「旅をすることだよ。可能性の限り広がる世界を旅し、目にし、耳にし、風を感じ、味わい、その芳香をかぐことだ」


「バーバラ先輩、いや、バーバラ編集長、今ようやくわかりましたよ。ってことがね」

「おほめに預かり光栄だ」


「それで、僕はこれからどうなるんです? 次はどこへ行くんです? 僕の旅はいつ終わるんです? KAC?」


 おっと最後はつい本音が漏れてしまった。


 でも仕方ないのだ。毎度毎度忙しい時期にタイトなスケジュールで無理難題なお題をぶち込んでくるんだから! しかもこの世界でも条件は一緒とかっ! こっちの苦労も少しは分かってほしい。


「そうだな。オマエの次の旅は……」


 そういってバーバラ編集長はにんまりと笑った。


「……関川、よく覚えておけ、



 ……つぎのKACへつづく……







 たぶん、な。

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