幕間 ~バーグちゃんの帰還~
「意外だったぜ。『ぐちゃぐちゃ』のお題から、ずいぶんとハートフルに仕上げてきたじゃねぇか」
と、相変わらず口の悪いバーバラ先輩。いつもと同じ部室。時刻は夕暮れ。先輩は読み終えた原稿のフチをトントンと整えて私に返してきた。
「今回はすごく苦戦しました。なんかホラーに走りそうなお題だったんですけどね」
「それな。あたしもそれで書いてくると思ってた」
バーバラ先輩は肩にかかった金髪を書き上げて柔らかく笑う。
「それと先輩が言ってた『ご褒美』ってのがなんか頭に残ってて、それをくっつけたらストーリーが浮かんできました」
「なんだよ、まだ覚えてたのかよ」
「もちろんです」
「スケベなこと考えてねぇだろうな?」
バーバラ先輩はグイッと顔を近づけ、試すような目で私の目をのぞき込んでくる。ちょっと意地悪そうな笑顔がまたサマになっている。こんな風に迫られると、つい、からかいたくもなってくるものだ。
「それは例えばどんなことですか?」
クイッと眼鏡を上げてシンプルにそう聞き返す。
それだけでバーバラ先輩は真っ赤になってしまう。
「し、知るかよっ! オマエの考えそうなことなんて知らねぇよ!」
「そうですね、例えば……」
「言うなッ、ばかっ!」
と、言うが早いか、しっかりとビンタが飛んできた。その衝撃でメガネが飛んでしまう。
「あ。悪ぃ……」
「まったく。気を付けてくださいよ。メガネを掛けてる人の顔を叩いちゃダメじゃないですか」
「その通りだな、ごめん。ホント悪かった」
若干うろたえている姿がまた可愛く見える。ほんとこの人見てると飽きない。
「ま、気にしないでください」
「怒ってねぇのか?」
「怒りませんよ、こんなことくらい。それに僕も調子に乗り過ぎました」
「そっか。じゃぁ、仲直りだな」
「喧嘩もしてませんけどね」
オレンジ色があふれる狭い部室。遠くからカラスの鳴き声が聞こえる。音はそれだけじゃない。金属バットがボールをはじく音、陸上部の揃えた掛け声、ヒグラシの鳴く声、離れた部室から聞こえるピアノの音色……。
二人の間に急に現れた沈黙が、かすかな音を反響させているようだった。
「関川……オマエ、その……」
「なんです?」
「す、好きな……」
その言葉が終わらぬうちだった。
沈黙を派手に破って、部室のドアがバーンと開け放たれた。
「遅くなりましたっ、バーバラ先輩! バーグ、無事帰還しましたっ!」
そこに現れたのが、あのバーグちゃんだった。
「あ……バーグさん……」
思わず声が漏れる。うん。バーグさんも中学生になっている。でも私の知っているバーグさんそのものだった。
「あれ? なんか変な雰囲気じゃなかったですか? バーバラ先輩」
とバーグさん。どうもこの世界では、かなり積極的な性格のようだ。しかもそれだけじゃない。バーグさんはジロっと私を汚いものでも見るように睨んだ。
「関川先輩、バーバラ先輩にいかがわしいことしたんじゃないでしょうね?」
この一言で決定的だった。
どうやらバーグさんはバーバラ先輩に恋しているらしい。そして私はバーグさんにとって邪魔な存在らしい。ということはバーバラ先輩はどうも私に恋しているらしく、私は最初からバーグさんに恋していた……これってつまり、簡単に言うと……
恋のバミューダトライアングル確定案件だったのだ!
「バーグ、それは違うぞ……」
と、急に威厳を醸し出しながらバーバラ先輩。
「なんか、好きって言葉が聞こえた気がしたんですけど?」
バーグさんはグイグイとバーバラに迫っている。
「す、好き、じゃないっ! つ、ツギって言ったんだ」
「ツギ? 次ってなんですか?」
「今、関川にお題小説を書かせているのだ。それで次のテーマを言い渡そうと思っていたところだったのだ」
「そうだったんですか。それで次のテーマはなんだったんですか?」
「そ、それはだな……【深夜の散歩で起きた出来事】……だっ!」
なにそれ? 今思いついたんじゃないの?
という明らかな間があったのだが、ココはなにも言わない方がいいだろう。
「素敵ですっ! バーバラ先輩っ! さすがです、ロマンチック!」
「だろう。というわけだ。関川、ちゃんと書いてこいよ」
「そうよ、関川先輩、バーバラ先輩が考えてくれたお題なんだから、ちゃんと考えて書きなさいよね」
女子二人にそう迫られては、もはや頷くことしかできなかった。
といういきさつで書き上げたのが『深夜の散歩とハサミとイケメン』である。
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