㊴【ぐちゃぐちゃのごほうび】
今日は三月三日。
孫のサクヤのひな祭りで、わたしとかな子は娘の家族に呼ばれていた。
日曜日のお昼時、娘の三奈は豪華なちらし寿司を作っていた。
〇
「どうよ、このビジュアル、完璧じゃない?」
とは三奈。どうも口が悪いのが気になる。
「すごく美味しそうだね、さすが三奈ちゃん」
とはダンナの小森君。どうも三奈をおだてる癖がついているのが気になる。
「……まるでお花畑を踏んだみたい!」
とは孫のサクヤちゃん。なんか独特の感性だな、この子も。
〇
それはともかくちらし寿司は実においしそうだった。
緑も鮮やかなエンドウ、赤い粒々はいくらと、とびっこだ。
そこに桜でんぶの花が咲き、海老が泳ぎ、鮮やかな錦糸卵が流れている。
〇
「どれどれ、三奈の料理の腕は上達したのかな?」
かな子がそんなことを言いながら、一口食べて親指でグーサインを出した。
「お、これは本当に美味しいな!」
かな子の作るちらし寿司にそっくりな味だ。
こうやって家庭の味は引き継がれていくんだなぁ、と思ったところで、三奈の左手の絆創膏に気が付いた。
「それ、切ったのか?」
「違うよ、転んじゃっただけ。それより、デザートがあるんだよ、もちろん食べるでしょ?」
ははぁ。そこでピンときた。
〇
「ジャンボプリンだろ?」
わたしがそういうと、かな子がプっと吹き出した。
「あんたそそっかしいのは変わらないのね、小森君のこと言えないよ」
「あれ、どうして分かったんです?ボクは分かりませんでしたけど、今の会話からは」
とは小森君。彼はミステリー好きで、こういう推理が大好きなのだ。
「これにはちょっとした昔話があってね……」
●
三奈は子供の頃からどうもそそっかしいところがあった。
集中したり、夢中になると、周りのことが見えなくなるタイプ。
その日はかな子に頼まれて、私と一緒に近所のスーパーに買い物に出かけたのだ。
メモを頼りに食パンとキャベツと卵とサラダ油とジャガイモと……と、買い物リストのモノを一通り買った。
ついでに荷物を持つお駄賃にとおまけ入りのお菓子も買ってあげた。
それがうれしかったのだろう。
早く帰って箱を開けたいと、帰り道もスキップだった。
●
そして勢いよく玄関の扉を開けようとして、段差につまずいた。
ぐしゃ。という音がはっきりと聞こえた。
「おかえりぃ、早かったね……」
と、かな子がちょうど出迎えたところだった。
「……ごめんなさい」
三奈がそっとスーパーの袋を持ち上げた。
白いスーパーの袋の中で、あるはずのない黄色い液体がタプンと揺れた。
卵だ。一パック。おそらく全滅。ぐちゃぐちゃだ。
「おかあさん、ごめんなさい……」
三奈は今にも泣きそうだった。
●
「お買い物ありがとう!」
かな子はそう言って、当たり前のようにその袋を受け取った。
幸い、卵だけは割れないようにと別の袋に入れてあったのだ。
「お買い物してくれたご褒美に今日はプリンを作ってあげる!しかもジャンボプリン!」
こういうところだ。私がかな子に惚れるのは。いつだって。
「いいね、今日はプリンパーティーだな、よしボクも手伝うよ!三奈も手伝ってくれるよな!」
●
それから三人で台所に並び、プリンづくりを開始した。
カラメルソースを作り、牛乳と砂糖と卵を混ぜてプリン液を作り、ザルで濾して、カップに入れる。
台所にバニラの甘い香りが広がり、カップに入れたプリンは固まる前からおいしそうだった。
もちろん完成したプリンが美味しかったのは言うまでもない。
「三奈、あんたそそっかしいところがあるんだから、ちゃんと前見てないとダメよ」
「はーい」
「本当に分かったの?」
「うん!」
〇
「……という家族の歴史があったわけだ」
「三奈ちゃんにとってはぐちゃぐちゃのごほうびだったというわけですね」
小森君はうんうんとうなづいてそう言った。
「素敵な歴史ですね!そっか、絆創膏だけでそれが分かったんですね」
「そんな昔話はもういいでしょ!それよりプリン食べるでしょ?」
「食べる!」
と元気にサクヤちゃん。
「ママのジャンボプリンはいっつも美味しいの!」
〇
そうか。いっつも美味しいのか……
と、私だけはその本当の意味に気づく。
三奈のそそっかしいところは生来のモノらしく、よく卵を割った。
買い物帰りでなくとも、冷蔵庫にしまおうとして落としたり。
そのたびに我が家ではジャンボプリンが作られたきたのだ。
「いやぁ、うれしいなぁ、ボクもプリン大好きなんですよ」
「たぶん、これからもたくさん作ってもらえると思うよ、小森君」
つまり今も三奈のそそっかしさは治っていないということ。
こういう形で引き継がれる家庭の味もあるということだ。
終わり
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