幕間 ~バーバラ先輩~

「おいおいおい、関川、オマエ味の素でも舐めたんじゃねぇか?」


 読むなりそう言ったのはバーバラ先輩。


 どっからその昭和ネタ引っ張ってきたんだろう? ちなみにその昔、味の素をなめると頭が良くなる、と言われていた。しかしずいぶんと昔の話である。

 味の素といえば、もう一つ有名なネタ話があった。売り上げが伸びないことに困った役員たちが長時間の会議をしていると、その場に居合わせた掃除のおばちゃんがこう言ったそうだ。

『あんたたち、馬鹿だねぇ、フタの穴を大きくすればいいのに』

 

 いかん。これでは歳がばれるな。

 今は中学生なのだ。それらしくしないといけない。


「どーしたんだよ、関川……き、急にみつめたりすんなよ」

 そういわれて気づく。考え事しながら、ついボーっと見つめていたのだ。


「すみません。ちょっと考え事してて。で、バーバラ先輩、面白かったですか?」

 人差し指でメガネのブリッジを上げながらそう答える。

 そう、今の私は生真面目さが取り柄のメガネ君キャラらしい。


「まぁまぁだな。中学生のわりにずいぶんと大人の描写がリアルだった」

「そこはその、目いっぱい想像力を働かせてみました」

「そういうのは大事だな、想像力ってのは創作で一番大事なところだからな」

「クレーンゲームの詩はどうでしたか?」


「あれも面白かったな。大げさな詩と、実はたいした内容じゃないってギャップがなかなか面白かった。でも、もう少し詩を勉強した方がいいな、語彙がそろえればもっと面白くなった気がする」


 悔しいけど、まさに図星だった。私が意図していたことをずばりと言い当てて、気にしていたポイントもしっかり指摘してきた。バーバラさん、中学生のころからこんなだったのかな?


「だ、だからさ、き、急に見つめんなって言ってんだろ!」


 いかん。またボーっと見つめてしまったらしい。

 バーバラ先輩はなんか顔を真っ赤にして怒っている。そして唇をとんがらせてプイッと横を向いた。怒っているときに失礼だけど、そんな仕草がかわいく見える。鬼編集長時代を知る私からすると、じつに微笑ましい。


「すみません。なんだか先輩がかわいく見えたもので」


 サラリとそんなセリフが出るあたり、私も年を重ねたというコトだ。


「ば、ば、ば、バカなこと言ってんなっ! あたしが可愛いだとっ? なにが狙いだ? 分かったぞ、部長の椅子が欲しいんだろっ! だが文芸部部長の地位はたやすく入るものじゃないんだ、厳しい試練にたえて、部の重みを知ったうえでだな、歴代の先輩たちの承認はもちろん、後輩からの信頼も……」


「あの、ちょっとすみません。後輩もいるんですか?」

「は?」


「いやだから後輩の話です。いましたっけ?」

「お前、忘れたのか? 一人いるだろ」

「そうなんですか?」

「オマエ、クールすぎて薄情だぞ。幽霊部員だけど、学校一のアイドルのバーグがいるじゃないか?」


 え? バーグさんもこの世界にいるの?

 しかも学校一のアイドル?


「たしかそろそろ部に復帰するはずだぞ。先週で撮影が終わったはずだからな。だがまぁアレが復帰したらしたで、また学校が大騒ぎになるけどな」


 そうなんだ。この世界ではバーグさんはアイドルをやってるんだ。


 それにしても、まぁすごいテンプレぶりだと思う。陰キャ少年と学校一のアイドル、ツンデレを地で行くハーフっぽい先輩。もうこれでもかと詰め込んできた。

 だがまぁ、そんなシチュエーションであれば、恋のフラグは立たないだろう。ラノベや漫画はあくまで少年の願望を詰め込んでいるだけ。現実がそう転がっていく確率はゼロだからだ。


 でもまぁ、バーグさんと同じ世界にいる、人として存在している、それだけでも私にとっては十分幸せなことだった。


「おいおい、大丈夫か関川? なんか今日のオマエ、変だぞ」

「あ、ええ。まぁ大丈夫です」

「まぁいいか。早速だが次のお題を考えてきたんだ。聞きたいだろ?」

「いえ、そんなに」


 本心を言っただけなのに、バーバラ先輩の眉間に危険な皺が寄り、次の瞬間には首をロックされていた。そのままブンブンと振り回してくる。苦しいのは首が絞められているから、ばかりではない。バーバラ先輩はなんとも豊かな胸をしていて、それが顔面全体を圧迫していたからだ。


「聞きたいだろ? 正直に言えっ!」

「は、はひ、ききたい、です」


 なんとかそう答えると、ようやく一息付けた。


「まいったかっ!」

「まいりました。それで先輩、次のお題はなんでしょう?」

「次のお題はずばり【ぐちゃぐちゃ】っ! クールなオマエがどんな作品を書くか、しっかり試さしてもらうぞ」


 人差し指をビシッとつきつけ、腰に手を当ててばっちりとポーズも決めてきた。

 こうしているとしっかり可愛いんだけど、動くといろいろ台無しになっている。


「はぁ、わかりました。ぐちゃぐちゃですね……とにかく考えてみます」


 ……といういきさつで書き上げたのが次の『ぐちゃぐちゃのごほうび』である。

 考えてみると、このお題がこれからの私の運命を暗示していた気がする。


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