㊳【ぬいぐるみの詩~ヌイグルミノウタ~】

 いい歳をして、なんて言われたことがないだろうか?

 たいていは子供っぽいものへの執着があるとそう言われるものだ。


 いい歳して漫画が好き、アニメが好き。

 いい歳してアイドルが好き。写真集が好き。

 いい歳してプラモデルが好き。フィギュアが好き。

 いい歳してぬいぐるみが好き。ファンシーグッズが好き。

 いい歳して特撮ヒーローが好き。魔法少女が好き。

 いい歳して、いい歳して、いい歳して……うるさいわ。


 だいたい子供っぽいなんて前提、誰が線を引いてんだよ?

 小説なら、クラシックなら、ジャズなら、お茶やらお花なら、ファッションなら、カフェ巡りなら、旅行なら、スポーツなら、大人っぽいのか?

 アホくさ。本当にアホくさ。


 そもそもが人が何を好きだろうと、何を愛そうと別にいいじゃないか。

 関係ないじゃないか、誰にも迷惑かけてないんだし。

 いや、迷惑かかってたとしても、人間って誰かに迷惑かけてるものじゃないか?


 ……という一連の思惑と言葉をサクヤはグッと飲み込んだ。


   ●


 今日、高校に行った時の出来事である。

 気の合う友達と、アニメ談議に花を咲かせていた。

 ちょうど春から二期目が始まるダークファンタジーの『サイコロ・ガーデン~悪魔はサイコロを振らない~』の話になった。

 その中にマスコットキャラ『クールグール』が出てくるのだが、これがまた絶妙にキモ可愛いと盛り上がっていた。


「おまえら、ホントガキだな。くっだらねぇアニメとか見てないで、勉強した方がいいんじゃね?」


 悔しいことにあたしたちは何も言い返せなかった。

 なんか急に冷たい水をかけられたみたいで、びっくりしてしまったのだ。


 だが、その水が乾いてみると、ふつふつと怒りが湧き上がってきた。

 否、怒りがその水を沸騰させ乾かしたのだ。

 なにより『クールグール』をけなされて何も言い返せなかった自分に腹が立ってしまった。


 サクヤはその怒りを胸にノートパソコンを開いた。

 脳裏に浮かぶのは『クールグール』との出会い、そして過ごした日々の事。

 その楽しい思い出を再確認すべく一連の詩を紡ぎ、それをブログにアップした。


   ●


【~コノハナのシークレットガーデン~】


 硝子の塔に幽閉されし獣がいた

 それを哀れんだ魔性の少女が一人

 硝子の包囲は堅牢にして何人たりと獣に触れること叶わず

 途方に暮れし少女は自らの命を削り、人の手ならざる第三の手を差しのべる

 だが獣の体躯は巨大にして、その性格は粗暴、救いの手は無惨にも拒絶される

 少女の必死の想いは届くことなく、その命の灯がまさに尽きかけた時

「なんじ希望を捨てるなかれ、救えぬ命など一つもない」

 悲嘆にくれ、慟哭する少女の前に一人の神がついに降り立つ

「我が全霊をかけ、かの獣を救って見せよう」

 神は自らの魂を削り、堅牢なる囲いを一瞥するや、必然の一手を打ち出した

 それは奇跡か、おとぎ話か?

 突如として従順となった獣は、神の手に救い上げられ、硝子の塔より解き放たれる

 少女は涙し、神に感謝を捧げるとともに、獣を抱きしめたのだった



   ●


「お義父さん、見ましたか?今回のブログ」


 と言ってきたのは小森君。娘の旦那である。

 彼が聞いてきたのは、小森君の娘であり、私の孫のであるサクヤちゃんが書いたブログのことだ。毎度難解な詩を載せており、そのたびにその内容が家族内で物議をかもしているのだ。


「ああ、見たよ。今回はなんか悲しみと絶望みたいな感じがあふれてたね」

「そうなんですよ、なんか心配で心配で」


 二人で縁側に座り、春の日差しに体を温めながらみたらし団子に手を伸ばす。

 渋みとコクの強い芽茶との取り合わせは絶妙だ。


「でも今回は神様が登場してたよね」

「でしたね。こういうパターンは初めてですよ。なんか恋する女の子の気持ちも入ってるみたいで」


「それもやっぱり心配なわけだね?」

「まぁそうなんです。あれ、でも今回はお義父さんは心配してないみたいですね」


「うーん、そんなに悲観する感じでもないのかなと」

「お義父さんには意味が分かったんですか?」


「まぁね、察しはついている」


 が、それを披露するのはちょっとためらわれる。


 いい歳をして、なんて言われたことがないだろうか?

 たいていは子供っぽいものへの執着があるとそう言われるものだ。


 だがまぁあまり心配させるのもかわいそうだ。

 今回は私からあの詩の『超訳』を聞かせることにした。


   ●


【~コノハナのシークレットガーデン~】


 硝子の塔に幽閉されし獣がいた

(クレーンゲームに可愛いぬいぐるみがあった)


 それを哀れんだ魔性の少女が一人

(それに目をつけているのはマニアのあたしだけ)


 硝子の包囲は堅牢にして何人たりと獣に触れること叶わず

(でもコレ景品だからゲームでとるしかないんだよね)


 途方に暮れし少女は自らの命を削り、人の手ならざる第三の手を差しのべる

(だからお小遣いの全財産をつぎ込むことに決めた! でもアームの力がとにかく弱いんだよね……)


 だが獣の体躯は巨大にして、その性格は粗暴、救いの手は無惨にも拒絶される

(しかも大っきいし、バランス悪いし、全然持ち上がんない)


 少女の必死の想いは届くことなく、その命の灯がまさに尽きかけた時

(こんなに頑張ってるのにちっとも取れない。残金もやばい!)


「なんじ希望を捨てるなかれ、救えぬ命など一つもない」

(あきらめちゃだめだよ、取れない景品なんて一つもないんだから)


 悲嘆にくれ、慟哭する少女の前に一人の神がついに降り立つ

(もう泣けてきたその時、『北乃おじいちゃん』が現れた!)


「我が全霊をかけ、かの獣を救って見せよう」

(どれ。わたしのテクニックで、そのぬいぐるみを取ってあげよう)


 神は自らの魂を削り、堅牢なる囲いを一瞥するや、必然の一手を打ち出した

(おじいちゃんは追加の百円を入れて筐体に張り付くと、一点の迷いもなくレバーを動かした)


 それは奇跡か、おとぎ話か?

(すげぇぇぇ! 一発だよ!)


 突如として従順となった獣は、神の手に救い上げられ、硝子の塔より解き放たれる

(ぬいぐるみはあっさりとアームに抱えられて、あたしのものになった)


 少女は涙し、神に感謝を捧げるとともに、獣を抱きしめたのだった

(やっばりおじいちゃんすごいわ、ありがとう! ついにゲットだぜ!)


   ●


「って、お義父さん、クレーンゲーム得意なんですか?」

「まぁね。すごくはまってね」


「今度ボクにも教えてください!」

「え? 好きなの? クレーンゲーム」


「どーしても取りたいのがあるんです。でもどうしても攻略できなくて」

「なら任せなさい、クレーンにはそれぞれの攻略法ってのがあるんだよ……」


 そう。わたしはクレーンゲームが大好きなのだ!


 子供っぽいといわれても、もはやまったく気にならないのだ。


 終わり

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