幕間 ~また中学生からかよっ!~
「オイ関川ぁ! いつまで寝てんだよっ!」
言葉遣いは乱暴だが、女性の声が聞こえた。
かなり若い感じだ。
私はゆっくりとまどろみから目覚めた。
どうやらバックアップからのリロードが終わったらしい……にしてもまだ眠いな。ゆっくりと体を起こそうとすると、口からオイルが……いや、これオイルじゃなくてヨダレ? って、よだれ? どういうこと?
私は自分の手をじっと見つめる。たしかに生身の肉体だ。グーパーして体が動くのを確認してしまう。うん。間違いない。それにしても思っていたより小さくて、貧弱だ。というか、かなり若い感じがする。着ているのは半袖の学生服らしいし……
「戻れたんだ……いや、ここは別の世界線ってことか?」
「なに異世界帰りみたいなこと言ってんだよ。それより課題は書けたんだろうな?」
ハッと体を起こすと、制服姿の少女が一人。みたところ、たぶん中学生。肩でそろえた金髪に、赤い縁のメガネを掛けている。なんとも尊大な感じで、腕組みして私を見下ろしている。
「てか、キミ誰?」
「いい度胸してるじゃねぇか。次は定番の記憶喪失ネタか? バーバラって名前を忘れたって言いたいのかよ?」
「バーバラ!」
バーバラ編集長といえば、私の人生をいろいろと振り回してくれている張本人だ。金髪に赤いルージュの妖艶な編集長、だがその正体は稀代の魔女だ。そういえば、なんとなく面影がある。かなり若いけど。いや、若すぎて分からないくらいだけど。
「な、なんだよ急に呼び捨てにしやがって……ちゃんと、せ、先輩ってつけろよ」
と、ちょっと顔を赤くして照れている。なんだよ、こんな可愛い時代があったのかよ、と言いたくもなる。毒舌ぶりの萌芽はたしかにあるけど。
「すいません、バーバラ先輩」
知っている人間の登場で(厳密には違うけど)、なんとなく安心する。というか、
ちょっと落ち着いた。一つ呼吸をして状況を整理。ここはどこかの中学校。今は放課後ですでに夕方。薄暗い室内はとにかく狭く、スチールのキャビネットには種々雑多な本が並んでいる。たぶんここは文芸部の部室。そこにバーバラ先輩と二人きりという状況だ。
「まったく、人をからかうのもいい加減にしろよ。それより、読んだぞ『本屋にて』。オマエの願望だけが駄々洩れで、なんだか物足りなかったな」
あれ。そんなの書いたっけ? 思い出そうとしたとき、不意に記憶が流れ込んでくる。ああ、この世界の私が書いたようだ。確かバーバラさんと古本屋さんを話題にしたとき、大好きな作家の絶版になった本を探しているという話をしたんだった。そうしたら、『本屋』をテーマに短編を一本書いて来いと言われて……
「はぁ、すいません……」
「でもまぁ、テンポはよかったし、サクッと読めるところだけはよかった。中学生なのにオッサンの主人公を書いたのも悪くなかった」
「はぁ、ありがとうございます」
うん。的確な評価だと思う。ちゃんと読んでくれたのがよく分かる。
「褒めてねぇぞ。まだまだ修行が足りないみたいだな……」
と。バーバラさんがくるりと背を向けた。窓ガラスいっぱいに夕暮れのオレンジが染まっている。カラスの鳴き声が遠くに聞こえてくる。なんだろ? 急に黙ったりして……と、思ったところで再び振り返る。
「よし、決めた。しばらくはあたしが課題を出してやる。オマエは三日以内にその課題に沿った短編を書き上げるんだっ! 我ながらナイスアイデア!」
(いやいやいや、それKACと一緒じゃん)
とはもちろん、心の声。しかも三日間のピッチまで一緒とか。
バーバラさん、この世界でもやってること変わってないじゃん。
「なんだよ、関川、不満か?」
「いや、そういうわけじゃないですけど」
後輩という設定が染みついたのか、なんとなく敬語まで板についてくる。
「仕方ねぇな、中間テストも近いからな、これからあと6つのお題を出す、全部のお題に作品書いたら……」
「書いたら?」
「ご、ご褒美をくれてやるっ!」
と、顔を真っ赤にしてうつむく。
なんだよ、可愛いじゃないか、魔女の面影なしじゃないか。
「その、ご褒美ってなんですか?」
「ごほーびは、ごほーびだっ! それより次の課題だ、次の課題は……」
「それもまだ、決めてなかったんですね?」
「ちゃんと決めてある! 次は、次はだな……そうだ、そうだった。『ぬいぐるみ』だっ!」
「えーーーっ」
またなんとも書きづらいお題を。ここだけはまったく変わってないんだ……
「うっさい! とにかく書いてこい!」
……なにやら妙なことになったのだが、とにかくこうした経緯で書き上げたのが、つづく『ぬいぐるみの詩』である。
うん。形を変えただけで、KACは終わっていなかったのだ。
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