㊲【本屋にて】

 その日はカタリと初めて行く町に来ていた。

 彼が水族館に行きたいといったからだ。

 その帰り道のことである。


「せっかくだから、ちょっとドーナツ屋さんによって帰ろうか?」

 カタリはコクリとうなずいただけ。

 まだ僕たちが完全に打ち解ける前のこと、家族になったばかりでちょっとぎくしゃくが残っていたころのことだ。

 

 そのドーナツ屋さんは本場アメリカから上陸してきたばかりで、ちょくちょく話題になるおしゃれな店だった。

 並んでいるのは着飾った女の子と、若いカップルばかり。二人でちょっと気おくれを感じながら、それぞれドーナツと飲み物を頼み、フカフカのソファー席に座った。


「水族館はどうだった?」

「すごく楽しかったです」


「何の魚が好きだった?」

「えと。全部です」


 と、男同士でなかなか会話が弾まない。

 まぁ僕も話し上手なほうじゃなかったし、彼も聞き上手なほうではなかったし。

 でも二人で甘いドーナツをほおばって、お互いに楽しく過ごしていた。


「そうだ、この後さ、ちょっとだけ付き合ってくれないかな?古本屋さんに行きたいんだよね」

「え? 古本屋さんですか?」

 と、珍しくカタリが驚いたように僕をみる。

 こういう展開は初めてだったかな?


「僕はさ、初めて行った街では古本屋さんを探すんだよね、この街は初めてでさ」

「安くなった本を探しているんですか?」

「ちょっと違うな。むしろ高くなってるかもしれない」


 カタリは不思議そうな顔をしている。

 だよね。ちょっとなぞなぞみたいだし。


「実はずっと探している本があってね、SF小説なんだけどさ。この街の商店街は古そうだろ? そういう古本屋さんには掘り出し物があるかもしれないんだ」

「なんか有名な本なんですか?」


「有名な作家なんだけれど、その人のあまり有名じゃない作品があって、しかも絶版になってるんだ」

「ゼッパン?」


「もう印刷されないってこと。普通の本屋さんには並ばなくなるんだよ。だから存在するのは個人が持ってるか、古本屋さんに売られているかのどちらかなんだ」

「それを探しに行くんですね!なんか面白そう!なんていう本ですか?」


「アルフレッド・べスターの書いた『コンピューター・コネクション』っていう本なんだ」

「アルフレッド・べスター。コンピューターコネクション。うん。覚えました!」


「一緒に探してくれるかい?」

「もちろんです!」


 こうして僕たちはドーナツ屋さんを出て、ちょっと古びた商店街へ向かった。

 アーケードになった一本道の商店街。おいしそうなコロッケを並べているお肉屋さん、どっさりと野菜を並べた八百屋さん、金物屋さんや洋服や、帽子を売ってる店もある。

 こういう商店街はなんか楽しい!

 そして商店街のはずれ、そこに古本屋さんがあるのを見つけた。


「いい感じの本屋さんだな。そこそこ広いし、本がきれいに並んでいるね」

「なんか宝さがしみたいですね」

「まさにそれだよ。探しているのは文庫本なんだ、小さいやつね」


 カタリはひとつうなずくと、ささっと外国文学の棚を見つけて探し始めた。

 僕はと言えば、SF小説を集めたコーナーを見つけ、とにかく端から物色を開始する。古本屋さんのもう一つの楽しみと言えば、目的の本を探すばかりでなく、知らない本の発見にもあるのだ。


 が、くまなく探してみたが、結局目的の本は見つけられなかった。まぁそういうものだ。かれこれ10年はあちこちの古本屋さんを探してきたのだ。

 しかし今回は別の作家の知らなかった短編集を見つけていた。それだけでもこの店に来たかいがあったというものだ。


「さて、カタリ、そろそろ帰ろうか? どうやら無いみたい……」

 という言葉が途中で消えた。


「あの、コレ、ですよね?」

 もうビックリ……まさか本当に見つかるなんて……もう何年も探してきて見つけられなかったというのに……


「そう、これだよ! コンピューター・コネクション! これだよ、まさにこれ!」


 もう興奮を抑えられなかった。

 ああ、どんなストーリーがこの中に詰まっているんだろう? あらすじはわかっているんだけど、どうせあらすじなんてあてにならない。べスターはそういう作家だ。とにかくぶっ飛んでいるのだ。それに、その表紙のレトロさ加減がまたたまらない!


「ありがとう、カタリ! すごいよ、本当に見つけるなんて!」


 かわいそうにカタリはボクの興奮に戸惑っていた。

 でもカタリもなんだかすごくうれしそうだった。


「あの、でも、これすごく高くなってます……ガラスケースの中に入ってたんです」

「いや、見つけただけでもすごいことなんだよ。コレなら、いくらだって買うよ」


 しかし背表紙をひっくり返して固まった。

 二万円……文庫本で……いくらなんでも高すぎる……高すぎるけど。



 どこかで聞いたセリフにちょっと似ている気もしたが、カタリは神妙にうなずいた。そう、これは男の世界だ。その世界の中でだけ通じる言葉があるのだ。


「今がその時だ。キミにもいつかそんな時が来る。その時は遠慮なくいってくれよ。僕は借金してでもそれを叶えてあげる」


「いやそんなことできませんよ」

「忘れないでくれよ、僕はそういう気持ちが分かる親だってこと」


 うん。いい話にまとまった!


「さぁ、お会計して帰ろうか! 今日はホント楽しい日になったよ」

「ボクもです」


 男二人のデートは大満足のうちに終わったのだった。






 おわり

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