幕間 ~回転ずしでバイト中~

(バーグさん、笑ってくれたかな?)


 私は黙々と寿司を握りながらずっとそればかり考えていた。


「ネギトロ、ネギトロ、卵、イカ、炙りサーモン、いくら、うに、うに」


 注文は次々に流れてくる。私は成形されたすし飯にネタを乗せ、ちょっと形を整え、海苔をまいて、またはバーナーで炙り、見本通りの寿司に仕上げて次々にレーンにのせてゆく。もちろん両手は寿司専用のアタッチメントだ。ちらっと振り返れば、同様のロボットたちが10体ほど並んですごいスピードで寿司を握っている。


 ここは回転ずし大手の『鮨道楽』。今や本物の寿司職人はいなくなり、厨房に立っているのはすべて私と同型機のロボットだ。安いのはもちろん、人件費を材料費に回すことで味も保証付き。当然地域の人気店でもある。


 ここで働きだしたのは先日のこと。バーグさんが就職口を見つけてくれたのだ。まぁ就職というよりはレンタルか。ただ充電はしたい放題だし、高級オイルも使い放題、店内にはWIFI設備もあるから環境は最高だ。職場の仲間もみな寡黙でプライバシーには立ち入ってこないし、整備士さんは腕が良くて優しい。

 なにより良いのは、こうして仕事をしながら執筆ができることだ。


「はまち、中トロ、大トロ、えんがわ、ネギトロ、唐揚げ、とびっこ、納豆」


 注文は次から次に飛び込んでくる。だが問題ない。シャリにネタを載せ、形を整え、見本写真と比較しながら最後の仕上げ。要は単純作業だ。それならばロボットにかなうものはないだろう。


 やがて閉店時間となり、清掃ロボットと交代する。私はタイムカードを押し、店長から日給と余ったネタとすし飯を詰めたパックをもらう。それをアームにぶら下げ、バーグさんの待つ家へ夜道をビーっと走って帰る。


「あ。関川さんおかえりなさい! 今日もお仕事ご苦労様です!」


 ああ、玄関で迎えてくれるバーグさんの笑顔と『おかえりなさい』の優しい言葉! 苦労が報われる瞬間だ。


「バーグさんこそお疲れさま。今日は中トロとかんぱち、ホタテといろいろもらってきたよ」

「やった! 好きなものばっかり!」

「どれ、さっそく握ってあげるから、テーブルについて」


 それからちょっと遅めの晩御飯。私はてきぱきと鮨をにぎり、大皿にササッと盛り付ける。もちろん食べるのはバーグさん一人。私が食べるのはコンセントから流れる電気だけだからだ。


「うーん、おいしー! なんか毎日お寿司食べられて幸せ!」

「ゆっくり食べるといいよ。なんかあぶってほしいネタがあるなら言ってね」

「そうそう、アレ読みましたよ、『人の散髪を笑うな』なんか勢いがあって笑っちゃいました!」

「あ、笑えた? それはよかった。なんか不安なんだよね、ああいうタイプの作品」

「なんかコメディーは関川さんが楽しんで書いているのが伝わってきます」

「そうだね、まずは自分が楽しいと思えないとダメだからね」


「そういえば今日はずいぶんと忙しかったみたいですね」

「今日はだったからねぇ」

「バンナラ? なんですかそれ?」

「ああ、バーグさんは若いから知らないか。お寿司屋さんで使う符丁があるんだよ。まぁ隠しメッセージ、暗号みたいなもんだね。すし屋では88のことをバンナラっていうんだ。まぁ今日は一皿80円、税込88円のサービスデーで『バンナラの日』って、仲間内で使ってるんだ」

「へぇぇ、面白いですね! そうだ!」


 ん? なんかちょっと嫌な予感がする。


「つぎのお題もそれでいきましょう88バンナラ!」

「88? なんか漠然としていないかい?」

「じゃあ、88歳! それでいきましょう」


 それでいきましょうって……それでどこへ行けというのだろう?

 とは思ったが、もちろん口には出さない。

 だってバーグさんが喜んでいるんだもの。

 

「あ! そろそろ黒須先生のところに行かなくちゃ!」

「これから出かけるの?」

「はい。黒須先生はご家庭の事情があって、真夜中に勝手口からこっそり原稿を受け取るルールになっているんです!」

「そうなんだ。はは。まぁ気を付けていっておいで」

「じゃ、行ってきまーす!」

 バーグさんは納豆巻きを咥え、靴をケンケンで履きながら出かけて行った。


 ……さて。困ったな。

 八十八歳なんてなにを書けばいいんだか、さっぱり思いつかない。


 と、さんざん悩んだ挙句にようやく書き上げたのが続く『人気作家は八十八歳!』である。

 かなり苦しい展開になってしまったのだが、あまり突っ込まないでほしい。




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