㉗【勝手に(推)しやがれ】
~ 第一部 ~
とある日曜の昼下がりのことである。
娘の三奈が珍しくボクのところにやってきた。
「ねぇ、ちょっと聞いてよ! お父さん」
「いいよ、聞くよ」
〇
三奈はずいぶんとプリプリと怒っている様子。
こんなのどかな日曜日だというのに……とは思ったが聞かないわけにもいくまい。
ということで、テレビのスイッチを消して続く言葉を待つ。
「小森のやつ、アイドルにはまってひどいの」
「ふむ。まぁ彼も多感な年頃だからね、そういうこともあるんじゃないの?」
「えー、絶対だまされてるって! お父さんからも注意してよ」
「無理だよ。だって他所ん家の子だよ?」
〇
ちなみに小森君というのはうちの近所に住んでいる男の子で三奈の幼馴染だ。
ちょっとおっちょこちょいなところはあるものの、まぁ普通の男の子だ。
たいていは三奈が一方的に絡んでいるようだが、いつも一緒にいるのだからまぁ仲はいいのだろう。
「それでもアレはだめだよ」
「アレってなに?」
「CDとか写真集とかみんな三つずつ買ってるんだって」
「一つは使うため、一つは保存用だね。わかる気はするけど、三つってのは?」
「さらにスペア用だって。バカみたい! そのうちスペアのスペアのとか言い出すに決まってるのよ!」
「なるほどねぇ、でも彼、おっちょをこちょいだからね。慎重になってるだけじゃない?」
「慎重にも程がある、つーの!」
〇
と、ちょうどリビングの窓から噂の小森君がニコニコとしながら歩いているのが見えた。
どうやら買い物帰りらしい。紙袋が三つ、それぞれにポスターが計3本入っている。
三奈が言っているのはどうやら本当らしい。
だがまぁ本当だからといってなにも悪いことはないだろう。
「まぁいいんじゃないか? 自分の小遣いなんだろ?」
「そりゃそうだけどさーあ」
〇
まぁそれはアレだな。嫉妬だな。
身近に自分という女の子がいるのに、ほかの女の子に目がいってるのが許せないってことだろう。
三奈もそれなりに成長してきたってことなんだろう。
とはいえ、そんなこと言ったらますますプリプリになるのは目に見えている。
〇
「まぁそういう時もあるさ。そのうち飽きるんじゃないの?」
「でもなんか許せない!」
「あのね、三奈。自分が理解できないからって、人の好きなものを否定しちゃダメなんだよ」
「なんで?」
「だってその人にしか分からない好きって気持ちがあるからさ。人の気持ちって否定していいものじゃないんだよ」
「よくわかんない」
「まぁ三奈もそのうち分かるよ」
「あたし分かんない! 分かりたくもない!」
~ 第一部 完 ~
~ 第二部 ~
とある日曜の昼下がりのことである。
娘婿の小森君が珍しくボクのところにやってきた。
「あの、ちょっと聞いてくださいよ、お義父さん」
「いいよ、聞くよ」
●
小森君はずいぶんとプリプリと怒っている様子。
こんなのどかな日曜日だというのに……とは思ったが聞かないわけにもいくまい。
ということで、スマホをテーブルに置いて続く言葉を待つ。
「三奈さんが、アイドルにはまってひどいんですよ」
「ふむ。まぁ彼女もまだまだ若いからね、そういうこともあるんじゃないの?」
「アレは絶対だまされてますよ! お父さんからもそれとなく注意してくださいよ」
「無理だよ。だってもういい歳した大人だよ?」
●
ちなみに小森君と三奈が結婚したのは一昨年のこと。
小森君はちょっとおっちょこちょいなところは健在だが、まぁ普通の社会人だ。
まだ新婚ではあるのだが、どうも小さな言い合いや、もめ事は相変わらず絶えないようだ。
もっともこれは子供の時からずっといっしょで、結婚までしたのだから心配するようなことではないだろう。
「それでもアレはだめですよ」
「アレってなに?」
「CDとか写真集とか缶バッチとか、とにかくみんな四つずつ買ってるんです」
「一つは使うため、一つは保存用、もう一つはたぶんスペアだね。でも最後の一つは?」
「布教用ですって。ありえないですよ。そのうちスペアのスペアのスペアとか言い出すに決まってます!」
「なるほどねぇ、でも三奈のやつ、おっちょをこちょいだからね。よく本にお茶とかこぼしてたし」
「慎重にも程がありますよ」
●
と、ちょうどリビングの窓から噂の美奈がニコニコとしながら帰ってくるのが見えた。
買い物帰りらしい。紙袋が四つ、それぞれにポスターが計4本入っている。
小森君が言っているのはどうやら本当らしい。
だがまぁ本当だからといってなにも悪いことはないだろう。
「まぁ目をつぶるしかないんじゃないのか? 自分の小遣いなんだろう?」
「それはまぁそうですけど」
●
まぁそれはアレだな。嫉妬だな。
身近に自分がいるのに、ほかの男に目がいってるのが許せないってことだろう。
普段はクールな印象なのだが、なかなかにかわいいところがある。
まぁ若い証拠だ。
「まぁそういう時もあるさ。そのうち飽きるんじゃないかな?」
「でもなんか腹立たしいんですよね。明らかに無駄遣いじゃないですか」
●
(あー、それ言っちゃう? 昔、君のこと守ってあげたのにさ)
●
と、三奈がリビングの扉を開けて入ってきた。
「ただいまー! いやー、並んだ並んだ! でも大成果!」
さらに胸元につけたピンバッチを私たちに見せてくれた。
アイドルの顔がディフォルメされたごく普通のピンバッチ。
「コレ、限定品なの! ギリで買えた」
「また四つ買ったの?」
「もちろん! あたりまえじゃない!」
ちょっとあきれたように小森君。
だが三奈はそこに潜む嫌みには気づいていない。
買えたことがうれしくてしょうがないのだ。
●
「あのさ、四つも買うなんておかしくない?」
と、小森君。
その一言がピンと空気が張り詰めてしまった。
(やだなぁ。こんな空間にいたくないなぁ……)
だがわたしは二人の間に挟まれた状況、適当な言い訳で逃げることもできなかった。
●
「おかしくないよ。だって四つ必要なんだもん」
三奈はさも当たり前のように言う。
(おまえ、あの日の言葉の数々を覚えていないのか?)
(おまえ、今、あの時の小森君よりひどくなってるよ)
とは思ったけれど、もちろん口に出すほど愚かではない。
●
そして三奈はそのまま当たり前のようにつづけた。
「あのね、小森君。自分が理解できないからって、人の好きなものを否定しちゃダメなんだよ」
「なんで?」
「だってその人にしか分からない好きって気持ちがあるからよ。人の気持ちって否定していいものじゃないんだよ」
「なんかいい言葉みたいだけど、ちょっと違くない?」
「まぁ小森君にもそのうち分かるわよ。ね、お父さん!」
●
そこでわたしに振るのはやめてほしい。
もう勝手にしてください。
~ 第二部 終わり ~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます