幕間 ~喜びは束の間~

 バーグさんと再会できた喜びは大きかった。

 そして予想通り、喜びは束の間だった……


 ジッと手を見る。

 プラスチックみたいな素材。

 一昔前のロボットみたいなマジックハンドみたいな変なアーム。

 もちろん二足歩行なんて高度なものはついていない。某自動掃除機みたいに円盤型のローラーで移動する仕様になっている。


 そう。わたしはブラックペッパー君となっていた。が。不思議とこの体にもなじみ始めていた。という状況で、バーグさんと向かい合ってテーブルについていた。


「関川さん、久しぶりの作品でしたね。なるほど、二刀流というのは仕事と家庭の両立だったと。そこから育児も入って三刀流になるというオチだったわけですね」


 バーグさんは自分のノートパソコンを開き、投稿したばかりのわたしの作品を読んでいた。おしゃれなグリーンのフレームの眼鏡なんかもかけていて、それがまた知的でクールで最高に似合っている。


「……でも、なんかモヤッとした感じがありますね。なんというか筆が乗り切っていないような、ちょっと語りにムラがある感じですかねぇ」


「やっぱり分かるかぁ。なんかアイデアがまとまらないうちに書き始めて、オチを思いついたのでそのまま書き切ったんだよね」とわたし。

「まさにそんな感じがしますね」

 眼鏡をずらして、フフッと柔らかく笑うバーグさん。


 ブラックペッパー君にはなったものの、こんな風にテーブルをはさんで創作の話ができるのは楽しい! こんな時間が持てるならブラックペッパー君でいるのも悪くない。まぁもともと私は順応性が高い方なのだ。


「でもまぁ、相変わらずひどいお題だったよね。二刀流ってアレでしょ? 大谷選手でしょ? 連日の活躍は本当すごいけどさ、それをそのままお題に持ってくるなんて安易すぎるよ、書き手のことなんかなにも考えてないよね」


 と、話したところでなぜかバーグさんの目が真っ赤になり、みるみる涙があふれて、ポトリポトリとしずくを流し始めた。


「あれ? オレなんか変なこと言った?」

「ごめんなさい! 全部その通りです。ごめんなさい」

「いや、バーグさんが謝ることなんてないよ。悪いのは編集部の連中なんだから」

……」


 バーグさんはそう言ってまたポロポロと泣き出してしまった。

 やってしまった……しかし出てきた言葉を戻すことはできない。


「で、でもさ、考え甲斐のあるいいお題だったよね!」

 と明るく言ってみたが、バーグさんはジトッとした目で見つめ返している。

「ホントにそう思ってますか?」

「ああ、もちろん! それにいろんな名作も生まれているしね! これもお題あってのことだよ、なに、わたしにはちょっと難しかっただけ、それだけだよ! それより、カクヨムの編集部で働いているんだって? ずいぶんと忙しそうだけど」


「はい。でもとっても楽しいです! ファンの作家さんのお手伝いをしているというか、そうですね【推し活】みたいなものですね……そうだ! こんどのお題はそれにしてみます! うん、いいかも!」


「そんな簡単に決めてもいいの?」

「はい! 今年はあたしが決める係だって、バーバラ編集長もそう言ってましたから。ということでさっそく書いてくださいねっ!」

「え? もう? しかも『推し活』って?」


「やっぱり変なお題ですか? 書きにくいですか?」

 そういうバーグちゃんの瞳がウルウルと滲み出す。


 ハッキリ言おう。すっごく書きづらい! だがバーグちゃんの涙を止めるためなら、私は鬼になろう! 悪魔にだって魂を売ろう! カクヨムのユーザー全てを敵に回そう!



「ですよねっ! やった、関川さんに褒めてもらっちゃった!」

「いやぁ、バーグさんにはお題の才能があるよ」


 ニッコリと笑うバーグさん。それに応える私。

 狭い六畳間、小さなちゃぶ台を挟んで座る二人。

 完璧じゃないか。幸せってのはこういうところにあるんだ!


「いっけない! もうこんな時間!」

「今日は誰のところに行くの?」

「出っぱなし先生のところに行ってきます。でもあの先生、いつもワイン飲んでるから書いてるかどうか……」

「まぁいろいろと気を付けてね」

「はい。では行ってきます!」


 バーグさんはあわただしく部屋を出て行ってしまった。


 さて困った。


「推し活? どうやって書いたらいいんだ? そんな活動したことないし」


 頭を抱えようとしたが、可動範囲の問題で両手はバンザイの位置で止まっていた。


 と、苦難の中で書いたのが【勝手に(推)しやがれ】である。

 二部構成にするなどホント苦難続きだった……

 

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