④【紙とペンと……パニックの話】

 それは一家の団欒時に突然襲ってきた。


   ○


 嫁と娘、義母と義父で鍋を囲みながらテレビを見ていた時だった。

 そのテレビではアニメ『好きって言えないキミとボク』が放映されている。


   ○


 ちなみにそのアニメ。思春期の高校生の男女、しかも幼馴染同士がアレやコレやありつつ、視聴者をヤキモキさせながら、少しずつくっついたり、離れたりというストーリーだ。

 しかも夕食時にはふさわしくないちょっときわどいセリフと、ちょっとエッチなシーンがわんさか詰め込まれている。


   ○


 なのに、なんでそれを見ているかといえば、この原作漫画が義母『ハナさん』の作品だからだ。

 そしてハナさんは顔こそ知られていないが、現役の人気漫画家なのだ。

 そしてこの『好きって言えないキミとボク』、ついにアニメ化されて、その第一話をこうしてみんなで見ているというわけだ。


   ○


 そこまではまぁいいだろう。

「いやぁすっごく絵がキレイ!」とか「声優さんのイメージピッタリ!」とか「あ、ここのセリフ変えてある!」

 なんて鍋をつつきながら大いに盛り上がっていた。

 そこで娘の三奈がさりげなく、大きな爆弾を落とした。


   ○



   ○


 ボクの箸が止まった。いや、止まってしまった。

 ちょうど肉団子をポン酢だれにつけようとしていた時だった。

 だが!

 だが、まだ三奈にはボクの動揺を気づかれていなかった。

 三奈はテレビを熱心に見ている。


   ○


 ちなみにテレビでは早くもキスシーンが放映されていた。

 しかも濃厚なやつ……長い……まだキスしてる。離れた……唾液が糸を引いてる……ってコレ、ホントに幼馴染ものなの?

 これ、中学生の娘に見せていいものなの?


   ○


 いや、今がチャンスだ。

 ボクは肉団子を取り皿でなんとか受け止め、つとめてさりげなく二つに切って口に放り込む。

「熱っっっ!」

 熱い、熱いよ。冷ますのを忘れていた。

 慌ててビールを流しこんで熱源を急速冷却する。

 ふぅ、落ち着いた。


   ○


「どしたの、パパ?」

 三奈がしっかとボクをみている。

 まずい、興味の方向がこっちに向きつつある。


   ○


「え? なんでもないよ、ちょっと熱かっただけ。ハハ、おっちょこちょいだね、ハハハ。それより今日の鍋もすごく美味しいです、お義母さん。鶏だしですか? すごく濃厚で、ポン酢ともピッタリ合いますね」


 ちょっと長ゼリフだったけど、噛まずに最後までさりげなく言えた。

 そう、鍋だ。鍋の話にもっていかなくちゃ!


 な の に !


   ○


「これには面白い話があってねぇ」

 と、かな子。フフフと笑みを浮かべ、鍋の取り皿をコトリとテーブルに置いた。

 その上に箸を渡して、コップにビールを注いだ。

 どうやら本格的に話しだすつもりだ。

 やめて欲しい。


   ○


「そうそう、懐かしいわねぇ」

 と義母のハナさん。

 ニコニコとしながら、ボクの取り皿にさらに肉団子をよそってくれる。

 でも、ホント参加しないで欲しい。


   ○


「なんだい、面白そうな話じゃないか」

 と義父のマサヒコさん。

 ニコニコと穏やかな笑顔を浮かべておられる。


   ○


「さぁ、なんの話でしょうねぇ?」

 と言いつつ、ボクはお義父さんのコップにビールを注ぎたす。

 カタカタカタっとビール瓶がコップの縁に触れてリズミカルなメロディーを奏でる。ええいっ、震えるなボクの手!

 特にお義父さんには聞かれたくない、というか耳に入れたくない。


   ○


「紙とペン……」

 かな子が思わせぶりにつぶやく。


「……それから切手」

 フフフとお義母さん。


   ○


「なんだ、手紙じゃん」

 と三奈があっさりと正解を言い当てる。


「そう、そうなんだ。それだけの話だよ。ささっテレビを見ましょう、いよいよ、いいところ、クライマックスですよ!」


   ○


 と言ったのだが、画面では主人公の女子が、大胆にブラウスをはだけ、色っぽい流し目で別の同級生を誘惑していた。

 なにしてんだ、オマエっ! 幼馴染はどうしたっ! しかもなんだってこんな時に! 

 もはや八方ふさがりのボク。

 だがまだこっちを見せるほうがいい!


   ○


「紙とペンと切手、つまりかな子にラブレターを書いたのかな?」

 とお義父さん。ちょっと酔いが回って来たのかニコニコと喰い付いてきた。

 もうつぶすしかねぇ、酔いつぶすしかねぇ。


「ささ、お義父さん、ビール空きましたよ」

「おお、すまないね」

 とまた一気に飲み干す。ケロリとしている。

 ……そうだった……お義父さん、お酒強いんだった……この人、うわばみだった……


   ○


「ねぇそれで? パパはどんな手紙書いたの?」

 三奈の言葉に禁断の扉が開いてゆく。


「パパはね、ファンレター書いたのよ」

「そうそう、デビュー作だったわね。初めてもらったファンレターだったのよね」


「それでね、住所が近くだって分かってね。ママに頼まれてお礼のお菓子をもってパパを尋ねたの。パパもママも中学生の時よ」


   ○


「へぇ、ハナにファンレター書いてくれたのかい?」とお義父さん。

「はい。書きました」とボク。

 だってその作品にはすごく感動したから。

 だから初めてファンレターというものを書いたのだ。


   ○


 そしたら、その手紙をもってかな子(当時中学生)が現れたのだ。

 そしてボクは勘違いした。

 彼女がハナさんだと思い込んでしまった。

 こんなに若くてかわいくて、才能があるなんてすごいと。


 


   ○


「それでね、しばらくして宛てに、今度はラレターが届いたの、一目ぼれしました。って」

「あれは笑ったわ。ぜったい勘違いしてるって」

 とかな子。


「キミもずいぶん積極的だったんだねぇ」とお義父さん。

「はい……」


   ○


「それから毎週のように、もう一度会いたいって、キミの笑顔はステキだって、あの甘い言葉の数々!」

 とお義母さんがうっとりとささやく。

 いや、それ、あなたに書いたんじゃないから。

 ……とは言いだせない。


   ○


「でもやっぱり、かな子宛てでしょ、ちゃんと渡してたのよ」

「ちゃーんと全部読んでからね。でも、母さんとラブレター共有するとは思わなかったなぁ」

 と二人で楽しそうに笑っている。


   ○


「紙とペンと切手、行きつく先は黒歴史ね」

 と娘の三奈。


 うん。もう黒歴史です。

 中学生だったし、そういう年頃だったし。 

 しかも自分で書いた内容をいまだに覚えているから始末に悪い。


   ○


「そうだ、ひさしぶりに読んでみる?」

 とかな子。


 え? アレ、取ってあるの……?


   ○


「いいわねぇ」

 とお義母さん。

「なんだか、妬けるなぁ、でも興味あるな」

 とお義父さん。

「なんかロマンチックだよね」

 と娘。


   ○


 終わってなかったのか、この悲劇。

 いや、むしろ始まったばかりだったのか!


   ○


 かな子は足取りも軽く、ソレを取りに二階へ上がっていった。


   ○


 ふと眺めたテレビ画面では今週のエンディングテロップが流れていた。


 うん。作戦はすべて失敗した。


   ○


 ボクは静かに自分のグラスにビールを並々と注ぎ足す。


 かくなるうえは……酔いつぶれるしかねぇ、ボクがっ!


 終わり

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